83 神堕とし
赤竜の死体をソフィアに見せたくなくてルタに隠蔽魔法をかけて認知されないよう細工をしてもらった。
酷いヤケドを背中に負っているソフィアは火を怖がるし、その元凶である赤竜ともなればなおさら怯えてしまうだろうから。
憎い赤竜ではあるが【神堕とし】が終わったら、みんなで盛大に解体して武器や魔道具の部品とさせてもらおう。
赤竜との戦いを終えてヒト型となったハガネと『アイ』をつれて、皆のもとへ戻ることにした。
戻る途中、アイが服を着ていないことに気づいたのでハガネに【共鳴】してもらい、シザーに服を発注した。
ハダカでいる間は、オレの背中にあるハガネの入っていた鞘に剣型となって入っていてもらおう。
皆のもとへ戻って、ブリュンヒルデを見れば瞑想を終え立ち上がるところだった。
「さて、今日もいい魔法陣日和ですわね」
立ち上がると姿勢を正し、ふわりと空中へ跳躍してブリュンヒルデはヒト型から剣型へと変わり、アリシアの手に収まった。
――アリシア、魔法陣を覚えていないでしょうから私があなたを操作しますよ。
「はい」
ブリュンヒルデがアリシアの四肢に金属を接続して操作し、恐ろしい速度でぐるぐる回転しながら巨大魔法陣を構築していく。
「私、目が回るなんて泣きごとはいいませんよ」
アリシアは目に涙をためているが、それを流すことは良しとしない。
だがオレとアリシアの目が合うと、急に涙を流した。
「ユーリ様。
私、こんなに辛いのに頑張ってますからね」
アリシアはうるるとした瞳をパッチリ開いてオレを見つめている。
訂正。
アリシアは男の前で効果的に泣くことしか良しとしない。
涙は打算の産物でなければならない、ということに美学を持っているのがアリシアというメスネコである。
ブリュンヒルデがアリシアを振り回しているその横でクリームが【神堕とし】の道具を準備していた。
「クリーム。依り代にちょうどいいものを持ってるね」
クリームが運び込んでいた氷竜のウロコや魔石、魔鉱石を取り出していたところにルタが近づいて声をかけた。
「ルタ、いいところに来ましたね。
ハガネも手伝ってくれる?」
クリームにハガネが呼ばれた。
「ユーリ、行ってくるね。
あ、イザベラ! 一緒に行こう」
ハガネはオレに手を振りながらクリームのところへ行く。目が合ったイザベラも一緒に連れて行っていた。仲良くなったもんだな。
オレは女神が抜け出た後、横たわったままのソフィアの側へ。
おそるおそる隣へ座る。
良かった。
起こしたりはしなかったようだ。
「すやすやと気持ち良さそうに寝ていますね。
ソフィア、キレイになりましたね」
『アイ』はいつの間にか鞘から出てヒト型となっていた。
オレが初めて握った真剣で鉄の剣である『アイ』はソフィアを懐かしそうに眺めていた。
「ユーリ様も、見違えるほど立派になりましたね。
伝説級の聖剣たちを何人も配下にして……強くなったんですね」
『アイ』は嬉しそうに微笑んでいる。
「私、ユーリ様にはもう会えないかと思ってました」
『アイ』がオレに抱きついてきた。
「ユーリ様、新しい仲間に服をって話だったけど……」
オレを探していたシザーはオレに抱きついているハダカのアイを見て誤解しているようだ。
「ユーリ様、今服を着せてもどうせ脱がせるんだろうから、あと二時間くらい後で来ようか」
「からかうな、この子は今生まれたばかりなんだ。
服を作ってあげてくれ」
「了解、とりあえずローブでも羽織っておいてよ」
アイは受け取ったローブをゆっくりと着た。
オレたちが話している奥ではクリームがみなに説明をしていた。
「氷竜の牙に同じく氷竜の魔石の力を封じ込めて武器と成します。
炎熱と氷結を繰り返し与えながら牙を鍛え強くしていきます。
我々は鍛冶の専門家ではありませんが、我々は武器ですからね。
ルタの直接魔法も合わせれば、女神を封じ込める依り代となる武器を作れると思います」
ルタと一緒にクリームの近くに来ていたイゾルデがため息をついた。
「あーあ、せっかく伝説級の武器づくりに参加できるのに、魔鉱石使うんだったら金属製かあ。
魔力の高い霊樹でもあったら、ボクも一つ武器を作ってあげられたんだけどなあ」
イゾルデは残念そうにしていた。
「女神を封じ込めたものはあげられませんが、氷竜由来のものはありますから氷の魔力を込めた矢でもつくってはどうですか?
風竜に苦戦していたようですから」
「ハハ、さすがクリーム。
痛いところつくねえ。
確かにその通り、ボクは矢でも作ろうかな」
イゾルデもクリームも何やら張り切っていた。
カアン、カァアンと音がする。
ハガネを装備したイザベラが牙を叩き、ルタが牙を熱し、クリームが牙を冷やす。
それを幾度も繰り返す。
その後ろでは相変わらず物凄い速さで動きながら、アリシアとブリュンヒルデがまるで氷上を滑っているかのように魔法陣をかき上げ続けている。
「ううう、回転が気持ち悪い……」
――アリシア、もう少しの我慢ですわ。
アリシアに優しい声をかけながらも、ブリュンヒルデはスピードを緩めない。
辺りは金属音や炎や氷やアリシアの泣き言等で騒がしい。
なんだか、お祭りみたいだな。
火や氷は幼いカンナやキヅチには危ないので、少し離れた場所でククルに遊んでもらっているようだ。
オレの視線に気付いたククルは手を振ってくれた後顔を真っ赤にしてうつむいた。
――出来た、出来ましたわ! 特大魔法陣の完成ですわ。
ブリュンヒルデは嬉しさのあまりすぐにヒト型に変わり、魔法陣をうっとりしながら眺めていた。
「ああ、さすがに目が回る……」
全速力でブリュンヒルデの手足となって働かされたアリシアが倒れそうになっていてオレは駆け寄って支えた。
「お疲れ様」
「ユーリ様、あ、あたし甘えたいけど、もう無理です……」
アリシアはしなだれかかって気を失った。
「よく頑張ったな」
オレは、アリシアの背中をポンと叩く。
満足そうな笑顔のまま倒れたアリシアをソフィアの横に寝せた。
「さて、こちらの依り代作成も最後の締めですね」
クリームが立ち上がって言った。
「最後は強めの魔法で冷やして締めたいのですが、ロラン手伝ってくれますか?」
遠くでポツンと転がされているロランは横になったまま、クリームに答えた。
「氷魔法ならソフィアの方がよっぽど得意だ。
任せたらいいだろう」
クリームは穏やかな笑顔を見せたまま、ロランに答えた。
「ユーリ様の隣で穏やかに寝息を立てているソフィアを起こせというのですか?」
ロランはめんどくさそうに答えた。
「ソフィアの胸元に、魔導球が入っている。
この国一番の氷魔法使いソフィアのすべてを込めたものだ」
「ユーリ様、取ってください」
オレは子どものように顔を真っ赤にして首を振った。
「胸元だろ、クリームが取ればいいだろ」
「では、そうしましょうか。
ユーリ様が意気地がないみたいですから」
口を尖らせたクリームがソフィアのドレスをまさぐった。
女の胸元に手を入れて道具を取り出すこと自体が恥ずかしいわけではないんだけど……
どうにもソフィア相手だと勝手が違う。
オレとソフィアが友達として接していた12才のころに戻ってしまったようにどぎまぎしてしまう。
クリームがソフィアの胸元から魔導球を取り出した。
「魔導球の色を見るだけで、魔力の凄まじさと強さがわかりますね」
クリームが手の上にのせると、魔導球の透き通った青が光を受けてあちこちに拡散していく。
「これほどの魔法が込められていれば、いい依り代が出来るでしょう」
クリームが皆に命令をした。
「今から、神堕としをはじめます。
皆の者、位置に付きなさい」
九十九神を中心に、皆がアリシアとブリュンヒルデの力作の魔法陣の上に立つ。
遠くから狼煙と勝利を告げる喜びの歌が聞こえてきた。
音が聞こえる方を見つめた後、ブリュンヒルデは傘を放り投げて上空に浮かび、皆へ語りかけた。
「聞こえましたか、皆さま。
我々の勝利の歌が耳に届きましたでしょうか。
レナト達ネコ族が王族の近衛兵を潰し、リンマが騎士団長をひきつけている間にアレクセイが爆殺、抵抗の意思を失った王を皆で縛り上げました。
我々の完全勝利ですわ!」
ネコ族や騎士たちも勝利に沸いた。
「それでは、こちらも最後の仕上げと参りましょうか」
クリームの合図で、女神の四肢達が中央に持ち込まれた。
「ハガネ、あなたとユーリ様で儀式を完成させなさい。
出来ますか?
もちろん、私が代わってもいいですよ」
ハガネは慌てて返事をした。
「代わりません。ユーリの隣は私がつとめます。
ユーリ、それでいい?」
オレは返事をする代わりにハガネの手を握った。
ハガネは微笑んでオレの手をぎゅっとにぎり返したあと宙に浮かび、右手を掲げる。
「我は九十九神ハガネ。
我等を統べる当代ユーリ・ストロガノフの寵姫である。
竜より出ずる6振りの氷剣よ。
女神の肉を割き、その魂を食んで、女神を天から地へと貶めよ!」
熱と氷によって鍛えられた6振りの短い氷剣が布でくるまれた女神の肉体の上に静止した後、ゆっくりと奥深くまで女神に突き刺さっていく。
オレは爪を立て、右手首を斬ってあふれ出る血液を剣と女神にたっぷりと振りかけた。
「クリーム、ソフィアの魔導球を」
「ここに」
オレはクリームからソフィアが作った魔導球を渡してもらうと、魔法陣の中央に投げ、手持ちの硬貨で追撃して破裂させた。
巨大な氷塊が現れ、あたりを次々に取り込んで凍らせていく。
女神の肢体と氷の剣は一つの大きな塊となった。
「ユーリ様、ハガネ、今です。
女神を堕としてください!」
オレが跳躍すると、ハガネはオレの手のひらに吸い付くように飛び込んでくる。
――ユーリの全力にも私はついて行けるからね!
ハガネの声を聴くといつも力がわいてくるのを感じた。
「期待しているぞ、オレの寵姫」
――違うの?
わざと甘ったるい声を出すハガネを愛しく思った。
「その通りだよ。
ついて来いよ、ハガネ!」
――うん!
「てめえも、地を這うニンゲンの気持ちちっとは味わいやがれ!」
人間から嫌われ続けた7年間を一太刀に込める。
オレはただただ全力で思いっきり叩きつけた。
【7年の恨み】
オレの怒りをぶつけられた氷塊は粉々になり、あっという間に蒸発した。
あとには、ふわふわと漂う氷の短剣が6本。
クリームがひざまづいてオレを称えてくれた。
「最強の戦士、ユーリ・ストロガノフ様。
いえ、【神殺し】となったユーリ様」
クリームはとびきりに笑顔をくれた。
「お疲れさまでした」
突如、暗雲がたちこめ、地割れが起き、雷鳴が鳴り響いて辺りには瘴気がうずまきだした。
「後始末……大変そうだな」
口ではそういうものの、オレは晴れ晴れとした気分だった。




