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82 竜殺し

 6部に断裂された女神の肢体を丁寧に布でくるみ、縛る。

 アリ1匹通さないように縛っておいたよ、とシザーが言った。


「殺したのか?」


 オレの問いにクリームが首を横に振る。

 女神を分解したことで、クリームやブリュンヒルデ、イゾルデは戒めから解き放たれ、動けるようになっていた。


「これで死ぬような100柱の女神筆頭ではありません。

 総じて神とは不死のもの。

 殺すためには、【神堕とし】を行う必要があります。

 そう、我々が武器へと堕とされたように……」


 クリームはオレの手を握った。


「奪われた真名を握られ、動きを止められた我々に代わり、女神を弑逆しいぎゃくしてくれたこと感謝に堪えません」


 ブリュンヒルデはコツコツと靴音を鳴らして近づき、オレの手を握るクリームの手指を一本一本外した。


「一本一本丁寧に外さないで下さい」

「お姉さま。

 ことあるごとにユーリ様に触れるのは、はしたないと思いますわ」


 ブリュンヒルデが何やら怒っていたので、オレは頭をなでて諫めてやる。


「良くやってくれた、ブリュンヒルデ。

 あとの儀式は任せていいんだな?」


 ブリュンヒルデは満面の笑みを浮かべて答えてくれた。


「はい、ユーリ様。

 私にお任せてくださいませ。

 ほら、お姉さま、『女神』封印しますわよ。

 私の下働きをなさいませ」

 

 ブリュンヒルデは張り切っているようだ。

 

「やる気になっているのならそれでいいですけど……まだ私は胸が痛いんですけどね」


 クリームも文句を言いながらブリュンヒルデに付いて行っていた。


「ちょっと、クリーム様。

 胸に穴が開いてから服の破れを縫ってないよ、丸見えじゃないか」


 シザーが慌ててクリームを呼び止めた。


「え?」


 くるっとクリームがオレとシザーのほうを振り返った。シザーの言葉が聞こえていたので、オレはついクリームを見てしまった。


「……あ……」


 服が破れていることに気づいたのか。

 クリームは顔を真っ赤にして手を胸の前でクロスさせ、後ろを向いた。

 シザーが慌ててクリームの服を修繕し、オレに手を振る。


「……っ……」


 クリームは恥ずかしかったのか、オレの方を振り返らずに走っていった。


――クリーム様、前は裸になっても恥ずかしがらなかったのにねえ。


「そういえば、クリームは前は全裸でウロチョロしていたな」


――私たちは赤竜達でも倒してこようか。


 ハガネがオレに語り掛けた。


「そうだな、これ以上王都で暴れてもらっても困る」

「待って」


 ルタがオレの前をふさぐようにして浮かんでいる。


「どうした、ルタ」

「あの竜たち無理やり連れてこられて操られていたみたい。

 できれば生かしてほしい」


 王都に住む者たちからすれば到底受け入れられない主張だろう。


「嫌だと言ったら?」

「ユーリとソフィアが赤竜と戦ったことは知っている。

 私はユーリの怒りを支持する。

 でも風竜には恨みはないはず」


 ルタは微笑んだ。


「双方の主張の真ん中。折り合うのは美しい」


 ルタの折衷案は明快だ。


「わかった。その代わり、風竜を追い出してくれ。

 できるだけヒトを殺さないように」


 ルタはふわっと飛び上がって笑顔を見せてくれた。


「話が分かる人は好き。

 イゾルデ、行くよ」

「はいはい、行きますってば」


 イゾルデはめんどくさそうに武器と化してルタの手のひらへ。

 

 イゾルデを握ったルタは空中を漂いながら歌を歌うと、すぐに風竜がそばに来て広場に影を作った。

 ルタは、風竜のすぐそばまで行き何やら会話をしているようだ。


 会話が成立したのか、風竜はまっすぐに細長い体を上空に伸ばしていき、あっという間に見えなくなった。


「あとは、ユーリの好きにして」

「わかった」


 オレは、ルタが下りてくるのとすれ違うようにして上空へ浮かぶと赤竜を追った。

 むっとした熱気と肉の焦げた臭いが近づいてきて、おのずと赤竜の位置を知らせてくれる。


「「ギャアアアアア!」」


 ブレスの炎に焼かれた人々の声が響いていた。

 以前顔を見たことがあるせいで、その顔が喜んでいるのだとなんとなくわかった。


 名乗りを上げる必要なんてない。

 笑っているように見える赤竜へ挨拶がてら、気配を消して眼球へ飛び掛かった。

 ブリュンヒルデの攻撃に対し、瞼を閉じた赤竜。

 ここに攻撃されたくはないんだろう?


 グジュッ


 オレは静かにハガネを赤竜の眼球置く深くまでねじ込む。


「ギュアアアアアアア!」


 赤竜は痛みに翼を閉じ、近くの塔へ激突した。


――まだまだ行くよ。


 ハガネは勢いを増し続け、奥へ奥へと突き刺さっていく。


 顔面を突き抜けて、舌へハガネを突き刺した。

 あ、まずい。抜けない……


 スウウウウウウウ

 

 赤竜が口内へ入り込んだ異物を排除しようとブレスを準備している。


――ユーリ、逃げて!


 突き刺さったままのハガネがオレに叫んだ。

 馬鹿野郎、オレがハガネを置いていけるわけないだろうが、溶けたらどうするつもりだ。

 クソ、防御障壁で受け止めきれるか?


 そうだ、ここにはオレとハガネだけではなかった。


「センパイ、聞こえてるだろう。

 後輩のピンチなんだ、さっさとここに来やがれ!」


 オレの呼び掛けに、ツメに刺さったままの剣が答えてくれた。


 爪から飛び出し、あっという間にオレの手のひらへ来た。

 握りこむと思い出す久々の感触。


「全力の一振り、耐えてくれよ!」


 オレは思いっきり、赤竜の舌に斬りかかった。

 

 シュバッ……


 ハガネが刺さっていた舌を斬り落としハガネを引き抜くと、舌をのどへぶち込む。


「ギアアアアアア」


 ブレスを舌で防がれ、逆流して内臓が焼かれてしまったのだろう。

 赤竜は身もだえているようだ。


――私はただの鉄の剣だけどずっとずっとユーリ様の帰りを待っていました。お役に立てて、お話しできてうれしいです。


 オレの汗ばんだ手から離れ、赤竜に突き刺さっていた剣は瞬時にヒト型となった。


「もう、私が出る幕もないですからね」


 にこやかに笑う青いロングの長身の女性。

 

後輩ハガネにすべてを任せます。

 私は鉄の剣(アイアン・ソード)

 『アイ』とでもお呼びください。ユーリ様」


 ぺこりと礼をするアイと久しぶりに会えて、感動してしまった。


「ふふ、12才のオレが赤竜にダメージを与えたんだ。

 アイ。お前は、オレの誇りだぞ」


 オレは赤竜を睨んだ。


「ただ、赤竜には落とし前を付けないとな」


 アイがオレに笑いかけた。


「ユーリ様は立派になられました。

 私では役不足です。

 あなたと歩んできた後輩と共に、赤竜に目にもの見せてあげて下さい」


 アイの言葉にオレはうなずいた。


「ハガネ、このまま全力でぶった斬るぞ、ついてこれるか?」


――先輩に託されたからね、付いて行くよ、ユーリ。


 ハガネの心意気を受け止め、跳躍してからの上から下への大振りを食らわせた。

 

【双頭開き】


 全力での一振りで、赤竜は頭から真っ二つに切り裂かれていった。

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