81 神殺し
アリシアが握りしめたブリュンヒルデから黒い紐が伸びていく。
血染めのドレスのソフィアを黒い紐が絡めとっていく。
「う、うう……ユーリ……」
アレは、ソフィアじゃない。
今しゃべっているのはソフィアじゃないんだ。
でも……
――助けて、ユーリ……
でも、本当に大丈夫なのか?
『女神』を仕留める前にソフィアの体がもたないんじゃないのか。
「ソフィア……」
オレは思わずソフィアの名前を口にした。
「このままじゃ体が持たない、助けてユーリ……」
女神はソフィアの表情を悲しみに染め、オレの精神を揺さぶってくる。
やめろ、やめてくれ、頼むからソフィアを傷つけないでくれ……
「顔を上げてくださいよ、ユーリ。
私がソフィアを回復しますから……顔を上げないと私が呪殺しますよ」
神聖魔法の光が遠くから飛んできて、ソフィアの体にしみ込んだ。
見る見るうちに、体の傷がなくなっていく。
【洗浄】
あっという間にドレスもきれいになった。
「誰だ?」
「ふう、あなたを殺したくならずに神聖魔法を届ける位置を探るのに時間がかかりましたよ」
建物の陰からチラッと顔を出した女。
昔とあまり変わらないその容姿は年齢よりも幼く見えた。
オリガ・ベリヤ。
この国一番の癒し手だ。
「助かったよ」
オレは、オリガに礼を言った。
「私もソフィアに死んでほしくはないので」
――あーあ、これじゃあ遠慮なく攻撃されちゃうじゃない
ソフィアの体を奪った女神はブリュンヒルデの黒い紐に絡めとられながらもいまだ余裕を見せている。
「こいつの余裕は何なんだ」
――結局『蛇』も分身体の一つですからね。蛇を殺したとて本体には大した損失ではないのです。それを見越して受肉させようとしたルタも蛇にすらかないませんでした。
アリシアに握られているブリュンヒルデが答えた。
――ですから、私は桃色の『蛇』をソフィアの体から追い出すこと、それができれば十分だと思っていますわ。そうすれば、きっと……ユーリ様が何とかしてくださる。私はそう思っているのです。……あ、あれ。紐が足りませんわ。
ソフィアは口を大きく動かして笑みを浮かべた。
――はは、結局ツメが甘いんだよブリュンヒルデは。
ブリュンヒルデは黒い紐を少しずつほどいていく。
――自由にしてくれるのね。ソフィアを操ってユーリの悔しそうな顔を眺めるのもいいけど、赤竜にでも取り付いて自らあなた達の相手をするのもいいわねえ。
桃色が抜け出ようと赤い蛇がソフィアの肌を這いずりまわっていた。
――そうですね、ですから捕えていた魔法使いを解き放ってみましょうかねえ。私、詰めが甘いらしいですから。
ブリュンヒルデがそうつぶやくと、黒い紐に包まれ亜空間に飲まれていたロランがポンと出てきた。
ソフィアの肌から飛び出してきた桃色の『蛇』に向かってロランが魔導球をぶつける。
――ロラン、あなたごときの魔法など、私に影響などしないわ。
ロランは何事でもないという風に答えた。
「直接魔法でもか?」
――そうよ、ルタの魔法ですら打ち払えるのに……
ロランは笑みを崩さない。
「オレごときの魔法でも、何発も何発もぶちこめば何とかなるんだよ。
ルタがオレに見せてくれたからなあ……」
ロランの魔導球が発動させようとするのを、蛇が相殺した。
――驚いたわ。直接魔法を魔導球に込めるなんて……まあ、発動させなければいいのだけど……
シュバッ
倒れていたクリームが髪を飛ばして魔導球を真っ二つにした。
――な、なんだと!
「受肉しなさい、女神」
息も辛そうなクリームだったが、胸の穴が塞がっていた。
「感謝してもいいですよ、ユーリ」
「オリガの回復魔法か」
オリガは、再び建物の陰に身を隠した。
「これ以上、近くだとユーリを殺したくなっちゃいますからね……さっさとやっちゃってください、ユーリ」
――よくもやってくれたわね……覚悟しなさい!
『蛇』は魔導球からでる光に包まれ、抵抗していた。
「時間の無駄、私がダメ押ししてあげる」
ルタから飛び出した半物質が『蛇』の自由を完全に奪い、半物質が『蛇』の中に完全に入り込んだ。
――私を受肉させたことを……後悔するがいい!
半物質が蛇に入り込み、あたりはまばゆい光に包まれた。
「受肉したらどうなるんだ?」
オレはクリームに尋ねた。
「自分の正体を現し、強くなる反面、殺されてしまうというリスクを負います。
心配性な彼女は、滅多なことでは正体を現しません。
ここしかないという好機なのです」
「仮にも女神だ。殺して大丈夫か?」
オレは不安げに尋ねた。
「殺しはしません。
封神するだけです」
「どうやるんだ?」
クリームは体はまだ苦しいだろうにオレに笑いかけながら答えた。
「ユーリ様は、ただひたすらに女神の打倒を考えていてください。
封神とは、儀式ですから詰めは私たちが必ず務めて見せます。
そうでしょう、ブリュンヒルデ、ルタ」
――期待してください、ユーリ様。必ずや結果をお持ちしますわ。
――ユーリの選択。ルタは嫌いじゃない。世界の出来事に立ち入りする気はするけど、今回だけなら付き合ってあげる。
「はは、頼もしいな」
オレたちは、今受肉を終えようとしている女神を見つめていた。
「女神って名前はないの?」
「真名を知られると支配されてしまいますので、彼女は私たちから名前を奪いました。
二度と真名が知られることのない様に」
クリームはオレに微笑みかけた。
「私たちは、ユーリ様に逆らえないのと同様に女神である彼女にも逆らえないのです。
真名を知られていますから。
だから……ハガネ。
あなたがユーリ様をお守りするのです」
オレは封印の剣を鞘に納め、ハガネを握りしめた。
――わかりました。クリーム様。必ず、倒して見せます。
「いい返事ですよ、ハガネ」
そういうとクリームは動かなくなった。
ブリュンヒルデもアリシアの手から滑り落ちた。
女神が古代語をなにやら話していたから、真名を使い動きを止めたのだろうか。
――クリーム様!
ハガネがクリーム達を心配していた。
「ははははは、久しぶりの受肉ねえ。
温度って言うのは、体を火照らせるものねえ、ユーリ」
腰まで伸びた銀色の髪と赤い目をした女が、羽衣を着てその場に立っていた。
――わ、私と似ている?
「似てないよ」
オレは動揺するハガネに声をかけた。
確かに長い銀髪と、赤い目をしているが……
「フフ、ハガネに似ているわよね。
受肉した私も、ハガネも魔力で動くゴーレムだからね、同じようなもんだから。
強く魔力の影響を受けるとこうなるのよ」
受肉した女神は笑顔を称えてその場に立っていた。
オレは、ハガネを強く握りしめ構えた。
「受肉した私に勝てるとでも思っているの?」
女神は満足げに笑う。
「【火球】」
ロランは一番得意の魔法を女神にぶつけた。
「残念ねえ」
女神は棒立ちのまま、火球の直撃を受けるが、火球は女神の体に当たる直前踵を返してロラン目掛けて飛んで行った。
「ち、ちくしょう!」
ロランは慌てて氷の壁を出して応戦するが、ロラン自体が炎の方が得意なため対処できず、体を焼かれた。
「グアアアアア」
ロランは体を焼かれながらも詠唱で魔法を行使し、体を冷やし続けた。
「ユーリ、あなたが勝てるわけないわ。
私はこの羽衣によって、魔法効果をすべてカットし反射することができるわ。
すべての魔法を反射できるのよ。
それに、この羽衣はどんな攻撃にも耐えることができる」
オレはつい、笑ってしまった。
「何がおかしいのよ?」
「オレの目の前になんで魔法を反射する服を着て立ってるんだろうなあって思ってさ」
オレは右手を構え、羽衣に命令を下した。
「名前を教えろ」
――天女の羽衣
羽衣は命令に従った。
「わかった。九十九神よ、天女の羽衣よ、お前達すべてを統べる当代ユーリ・ストロガノフが命じる。女神を縛り、辱めよ!」
「な、私の服に効果があるわけないじゃない。
それに魔力を通せば、ユーリは干渉できないわ。
……しまったあああああ!」
「すべての魔力を反射するんだったよなあ」
「や、やめなさい」
「九十九神よ、女神を縛り上げろ!」
羽衣がすべて脱げると女神の顔を覆いつくし、口をふさいだ。
「いい格好だな、女神よ。
オレとソフィアの苦悩を思い知れ!」
オレはハガネを握りしめた。
「相手は女神だ、一瞬で命を奪うぞ」
――わかった。全力で受け止めるから、動いて。
「頼もしいな」
オレは、女神目掛けて斬りかかった。
【五首落とし】
少しでも再生の芽を摘むためハガネを手早く振り、胴体から頭と両の手足を切り落とした。




