80 女神と竜
宝物庫上部の塔に悠々と鎮座する赤竜を見上げて、ハガネは間の抜けた声を出した。
――ツメの間に剣が刺さってる。ユーリが刺した剣、私の先代さんだね。竜に刺さったまんまなんてかっこいいなあ。
ハガネは、赤竜への恐怖より自分の先輩である元オレの愛刀への敬意が上回っているようだ。
――なつかしいわね、ユーリ。私と一緒に赤竜と戦ったわね。
ソフィアの中に入った桃色が笑いながら、オレに話しかけた。
……オレを赤竜から守り背中に大火傷を負ったソフィアは、火を極端に怖がる。
赤竜に会って笑うわけがないんだ。
「ソフィアから出ていけ。
お前が何者であろうと、ソフィアを傷つけることは許さない」
オレは、ソフィアに剣先を突き付けた。
「アリシア、ブリュンヒルデ!
赤竜を抑えられるか?」
――私の繊細な刃は、竜をぶった斬るようには想定されていませんけれど……
ブリュンヒルデは嫌そうに答え、アリシアの表情は曇っている。
「オレは、ソフィアからコイツを追い出す。
その間赤竜の相手くらい出来るだろう、魔剣ブリュンヒルデ・ダーインスレイブ!
竜の一匹くらい仕留めて見せろ!」
オレはブリュンヒルデを焚き付けた。
――くううう。主人たるユーリ様からの熱い期待を感じましたわ! 女、ブリュンヒルデ! 一世一代の大仕事、務め上げて御覧入れますわ!
ブリュンヒルデを握りしめたアリシアがそびえたつ塔を真横に駆け上がり飛び掛かると、赤竜はアリシア目掛けて火のブレスを吐き、逃走範囲をつぶし翼で討とうとした。
――甘いですわ。
翼で討たれそうなアリシアの四肢にブリュンヒルデから伸びた金属が突き刺さる。
途端に動きの速度が上がり、翼を回避しながら前方へ突撃した。
――アリシア、あなたは成長著しいですが負けられない戦いです。危ないときは私が直接操作しますからね。
「お願いします。ブリュンヒルデ様の動き、頭に叩き込みますから」
アリシアは真剣にうなずいている。
――これからの私の動き覚えておいてくださいね。
ブリュンヒルデに操作されたアリシアが一直線に赤竜の顔目掛けて斬りかかる。
――さすがに、眼球は固く作れはしないでしょう?
赤竜の鼻を踏みつけ、角度を変え瞳へ斬撃を加えた。
ガキィイイイイン
ブリュンヒルデが斬りかかる直前で赤竜は瞳を閉じた。
――眼球は固くなくとも瞼は固いようですわね。ううう、攻撃を食らうことはなさそうですが、昔のユーリ様みたいに赤竜の体の中の柔らかいところを見つけて地道に攻撃するしかなさそうですわね。
とりあえず赤竜はブリュンヒルデにまかせて、オレはソフィアを何とかしなければ……
再び、広場に大きな影ができた。
赤竜が飛んできたのか?
聞いたことのない咆哮が聞こえたのち、突風が巻き起こった。
まずい、傷を負ったクリームや元より戦闘向きではないシザー達が巻き込まれる。
「ハガネ!」
――うん。
オレは、ハガネを握りしめクリームやシザーたちの側に駆け寄った。
【防御障壁・風の天蓋】
ハガネが薄く大きくした防御障壁を頭上に展開して突風の勢いを抑えた。
「強くなりましたね、ハガネ」
倒れていたクリームが体を起こしハガネに声をかけた。
――ありがとうございます。
ハガネは尊敬すべき師匠クリームに褒められて声が震えている。
戦いが終わったらオレもいっぱい褒めてやることとしよう。
「風竜の風を耐えきる強さと構造……咄嗟の判断力、魔法の使い方も見事ですよ」
オレは、強くなったハガネを誇らしく思いながらも上空を旋回する巨大な竜に意識を奪われていた。
「あれが、風竜か……」
長い首と銀色に光る巨体が、陽光を反射してきらめていた。
「竜が2体出たというのに、【竜殺し(ドラゴンスレイヤー)】たる私が休んではいられませんね」
クリームは胸に穴の開いた体を無理に起こそうとしていた。
「起き上がるな」
オレはクリームの体を抱きしめ強引に床に寝かしつけた。
「オレとハガネを見くびりすぎだぞ。
さっさと、ソフィアを戦闘不能にして竜2体くらいすぐに倒して見せるさ。
なあ、ハガネ」
オレはハガネを高々と掲げた。
――クリーム様、私たちに任せてください。私とユーリの絆、前より深くなっていますから。
クリームは弱々しく笑った。
「……うらやましいですね。
でも、赤竜はブリュンヒルデが抑えるとして、風竜は誰が……」
「ボクたちが抑えるよ」
イゾルデがそう話すと、ルタは瞬く間に大人の姿へと変化した。桃色の髪はより長くなり、すらっとした肢体があらわになった。
「ルタ、大きめの服を先に来てから変身しなよ。
いちいちスッポンポンになるとユーリ様が困るよ」
イゾルデがあきれ顔をしながらルタに服を着させようとするが、シザーが指をぱちんと鳴らすとあっという間に服が自らをルタに着させていく。
ルタが服を着るのを完了したのを見たのち、イゾルデは木製の弓へと変わった。
――ルタとボクとで風竜の気くらい引いてみせるよ。
「できれば、竜たちと会話したいけど……」
ルタは両手を広げ瞳をつぶったまま竜に向け古語で話しかけているようだ。
少しの後間の後、首を振り目をぱちりとあけた。
「話を聞いてくれない……正気じゃないのかな。
赤竜はヒトを面白半分に襲うけど、風竜はおなかがすいてる時しか食べない。
ヒトと竜の戦いなんて、どちらかに肩入れするモノじゃないけど……」
ルタは、クリームに近づき息を吹きかけた。
柔らかな光がクリームの胸元に集まっていく。
見たことはないが癒しの効果があるのだろう、
「想いを伝え、身を挺し傷ついたクリームが私は好き。
あなたの想いの分くらいは働いてあげる」
「ありがとう、ルタ」
クリームは横たわったまま、答えた。
――じゃあ、ユーリ様。少し戦ってくるけど、そもそもボクたちはそんなに戦闘向きじゃない。時間稼ぎくらいだと思っててね。
「わかった。それでも助かるよ」
「行くよ、イゾルデ」
ルタとイゾルデは上空を旋回する風竜と同じ高さまで飛び上がると、気を引くために矢を放った。
風竜の長い銀色の体に簡単には矢は突き刺さらなかった。
――正直、竜相手は矢も刺さらないし苦手なんだよね。
イゾルデが愚痴をこぼしているが、なんとか頑張ってもらおう。
さて、オレの相手はコイツだ。
ドレスを着たソフィアは先ほどから事の成り行きを見守っていたが、ハガネを握りしめたオレの接近に気づくと、にっこりと微笑んだ。
――まさか、丸腰の女相手にその両手剣で相手をしようって言うの?
「黙れよ、とっととソフィアから出ていけ」
オレは上段で構えソフィアのからだを奪っている桃色ににじり寄る。
――あなたをずっと憎しみ続けたソフィアのこと、とても大事にしているのね、ユーリ。ふふ、私も武器を取り出していいかしら?
「勝手にしろ」
目いっぱいの笑顔を浮かべて、ソフィアは口を動かした。
――じゃあ、そうさせてもらうわ。【封印の剣】よ。出ていらっしゃい!
そう口を動かしたソフィアが空中に浮き、両手両足を広げると白いドレスを突き破って剣の破片が飛び出してきた。
小さな破片はドレスを食い破るだけでなく、ソフィアの腕も食い破っており、白いドレスは真っ赤に染まっていた。ドレスの下のソフィアの体がどうなっているか、考えたくもなかった。
剣の破片は赤く染まりながらも宙にふわふわと漂っていた。
「……殺してやる、殺してやるぞ……」
オレはどうしようもないほどの殺意を覚えたが、ソフィアにぶつけるわけにもいかず噛み締めた唇から血を流し続けた。
「九十九神よ、眷属たる封印の剣の破片よ。
元の体を取り戻せ」
剣の破片は、直ちに合体し一本の剣となった。
――ユーリくっつけてくれてありがとう。こちらにおいで。封印の剣よ。
封印の剣は、ソフィアの元に向かった。
「行くな」
封印の剣は、オレの命令を聞き止まった。
――なにをしているの、こちらへ来なさい。
封印の剣は、相反する命令を受けてウロウロと宙を漂っている。
「お前達を統べる当代はだれだ?
さっさと来い!」
封印の剣は、怯えたようにこちらへ来てオレの手のひらに収まった。
――私の命令を聞かないなんて……
ソフィアを奪った桃色は動揺していた。このリアクション……こいつは、九十九神スキル所持者と戦ったことがないのか?
オレは、ハガネを鞘に納めると封印の剣を握る。
――あなたが封印の剣を使ってどうするつもり? あなたの体に食い込んだ私の呪い――ペナルティスキル【ゴキブリ】は【九十九神】と不可分よ。ユーリ、あなたが自分に食い込んだペナルティスキルを封印したければすればいい。ただし、【九十九神】スキルも封印されてあなたの可愛いハガネたちは死ぬことになるわよ。
ソフィアを奪っている桃色の言うことは本当だろう。
オレは九十九神スキルの能力により、その道具の力を100%発揮することができる。オレの手から封印の剣の能力の詳細が伝わってきた。
「一つはっきりしたことがある。お前が九十九神を制御できないことだ」
オレは、封印の剣を片手ににじり寄った。
――な、なにをする気なの?
オレは歩みを止めない。ソフィアはそれに合わせて後退する。
――私を殺す気かしら。いいの? 私を殺したら、この世界を支えている結界が崩壊して外から尋常ではない瘴気とモンスターと魔の者たちが大挙して押し寄せるわ。
「ユーリさま、その者――『女神』のいうことは本当です。
最も力を持った『女神』の結界の庇護を受けて人間たちは繁栄してきました」
イザベラに背負われてクリームが近寄ってきた。
――そうよ、クリームヒルト。あなたは知っているでしょう? 私を殺せば結界が壊れることを。
「ええ。だから、九十九神を統べる初代は天の半分を味方につけながらも、その事実を知ってあなたの前に膝を屈したのです」
――そうよ。全部私の手柄。ユーリ、ニンゲン達は私に感謝すべきなのよ。私のおかげで生きていけるんだから。
ソフィアは満面の笑みを浮かべていた。
「瘴気もモンスターも魔族も魔の者も要は倒せばいいんだろ?」
オレはソフィアの目の前に剣を突き付けた。
――わ、私を殺せば、ニンゲン達は半分はモンスターや魔族に殺されるわよ!
「だから?」
オレは平然と言い放つ。
「オレにとっては九十九神と、ソフィアの方が大事だ」
――わ、私を殺せば九十九神スキルもなくなるわよ! ハガネたちはスキルがなければ生きていけないわよ。
ソフィアは口を大きく動かした。
「それは、さっき確認したよ。
お前は、自分が生み出したスキルでありながら九十九神スキルを制御できなかった。
お前が死んでも、オレの体にスキルは残る。違うか?」
――知らないわよ、死んだことないから。
ソフィアのいうことはある意味正論だ。
「ルタがユーリに教える」
ルタが、オレに近づき話しかけた。
「九十九神とソフィアへの愛を選択したユーリに祝福をあげる。
予知で見えた。『女神』を殺せば、呪いは解ける。スキルは残る。結界は消える」
――ルタ、おまえは風竜の相手をしていたんじゃなかったの?
風竜と戦ったルタの登場に女神が驚いていた。
「うん、無視しておいてきた」
「私たちも来ていますよ」
アリシアがブリュンヒルデを握りしめ駆け寄ってきた。
残りの獣人、騎士すべてでソフィアを取り囲んだ。
「逃げ場はないぞ、『女神』」
――どうしてよ、竜たちの相手をしなければ竜たちが王都を荒らしまわって多数の人間たちが死ぬわよ。
遠くで竜の咆哮と、ブレスを吐く音が聞こえている。たぶん、虐殺の真っ最中だ。
「そうだな、今刻一刻と人間が死んでるだろうな」
――可愛そうだと思わないの?
「そうだな、きっとソフィアがいれば許さないだろうな。
アイツは本当に優しいんだ。きっと、今だって率先して竜の相手をしているはずだ」
――だったら、早く助けに行きなさいよ……
「そうして欲しけりゃ、とっととソフィアから出て行け」
オレは封印の剣を構え、号令を発した。
「女神を殺すぞ、絶対に逃がすな!」
九十九神たちは、一斉に女神に襲い掛かった。




