バレンタインss サキュバスの涙(2)
数時間、愚かな私は廊下で待ちぼうけ。
ユーリ様が部屋から出てくるのを待っていた。
「ウガアアアアアアアア!」
突如、ユーリ様の部屋から叫び声がした。
ドッガーン
部屋の扉を蹴破ったユーリ様は上半身の服を引きちぎり、まるで野獣のように口から唾液を滴らせている。
この変貌ぶり、なにか悪いものでも食べたの?
ふと、私はアヤシイ二人組のことを思い出す。
ブリュンヒルデさまとアリシア。
二人はユーリ様にお菓子をあげていた。
一つで十分効果のある媚薬。
もしかして、ユーリ様が二つとも一気に食べてしまったとしたら……
私は、自分のしでかしたことが怖くなった。
目の前を徘徊するユーリ様は知性のかけらもない様子でよだれをたらしあたりを徘徊していた。
わ、私はなんてことをしてしまったんだ……。
後悔しきりの私の前には、まだまだ子どもの九十九神、カンナとキヅチ。
大人の半分ほどの背丈のカンナとキヅチは九十九神みんなのアイドル。
そんなカンナとキヅチを見て、ユーリ様は力いっぱい叫び声をあげた。
「女ーーーーーーー」
なんということ。
媚薬がキマッてしまったユーリ様には、てくてく歩くカンナとキヅチですら女に見えてしまったのかな。
私は、カンナとキヅチを逃がすべく、叫んだよ。
「カンナ、キヅチ、お菓子があるよー」
カンナとキヅチは私のお菓子に目がないんだ。
くるりと私の方を振り返り、駆け寄ってきた。
「それええええ」
私は、何かに取り付かれたモンスター、ユーリ様からカンナとキヅチを逃すべく、紙に包まれた砂糖菓子をユーリ様の真反対に放り投げた。
「「お菓子だああああああ」」
二人はお菓子に夢中。
私は、そんな二人目掛けて走り寄るユーリ様の手をぎゅっと握って、走った。
ユーリ様にカンナとキヅチを襲わせるわけにはいかない。
そんなことになったら、ユーリ様がみんなから嫌われてしまう。
そうなったら、私のせいだ。
私は無我夢中でユーリ様の手を握って夜伽の間を目指した。
バアアアアン。
豪華な扉を開けて、私とユーリ様は夜伽の間に入った。
私は内側から鍵をかけた。
すると、ユーリ様は私に飛び掛かって強く抱き締めると、私をベッドに向かって放り投げた。
口からよだれを垂らしているユーリ様。
目はうつろで、息は荒い。
いつもの優しいユーリ様はどこにもいなかった。
ユーリ様、ごめんなさい、ごめんなさい……
私は目の血走ったユーリ様に袴を乱暴に脱がされながら、ずっと心の中で謝っていた。
だって私が悪いんだ。
そのせいで、ユーリ様をオカシクしてしまった。
「ごめんなさい、ユーリ様……私が悪い……許して……」
私は、嗚咽を漏らしてしまった。
お優しいユーリ様は皆からもらったお菓子をすべて食べたのだ。
そのせいで、おかしくなってしまった。
媚薬入りのお菓子を作った私のせいなんだ。
「ごめんね、ごめんね」
全て脱がされた私は、ずっと泣いていた。
「んがああああああああ」
ユーリさまは、そんな私を見て壁に飛んでいき、頭突きを108回した。
ブシャアアアアアアアアアアアア。
鮮血がほとばしる。
流血によって正気を取り戻したユーリ様が、私に向かって謝ってくれた。
「ごめんな、ククル。
ひどいことはしないから、泣き止んでよ」
ユーリ様は、頭から血を噴出させながら私に謝ってくれた。
「ごめんね……ユーリ様」
「何がだ?」
「私がね……媚薬入りのお菓子を作ったの」
ユーリ様は泣いている私の頭を血まみれの手で撫でてくれる。
「ああ、カンナとキヅチに襲い掛かるところだった。
止めてくれてありがとうな、ククル」
「ごめんね……ごめんね……」
私は、流れる涙を止められなかった。
「いいよ、泣くなよ」
そんな変なお菓子じゃなくて、私があげられる最高のお菓子を食べてもらえば良かった。
私は、手に持ったオレンジピールの入った『ちょこれーと』を口に含んだ。
「ユーリ様……勇気がなくてごめんね」
私は『ちょこれーと』を口に含んでユーリ様に口づけをした。
ぎゅっと抱きしめると、素肌が触れあって心臓の音が大きくなった。
私の口の中から、ユーリさまの中へ甘酸っぱいチョコレートを移した。
「一生懸命、作ったよ。
食べて……くれないかな」
ようやく、私はユーリ様に『ちょこれーと』をプレゼントすることができたんだ。
「私、『ヴァレンティーンカ』に……うまく気持ちが書けなかった。
だから、これが私の気持ちだよ……受け取ってね……ユーリ……様」
私はもう一つ『ちょこれーと』を口に含み、唇をユーリ様の唇に合わせた。
☆★
一か月後、私はユーリ様からオレンジ色の口紅をもらった。
キレイな陶器のケースに入った口紅を小指で伸ばし、唇に塗る。
これからの春の季節にふさわしい明るい色。
ふふ、女心をわかってるね、ユーリ様。
私は、オレンジ色の口紅を付けてユーリ様に朝ごはんを持ってきた。
ユーリ様は私を見ると笑いかけてくれた。
「美味しそうな唇だな、ククル」
ユーリ様は、あの日のことを忘れてはいなかったのだ。
「美味しいよ……食べて。
オレンジの……味がするから」




