バレンタインss サキュバスの涙(1)
ガガーリン家が所有していたノブドグラード城。
私の領域である厨房は、上等な設備がしつらえてあって使いやすいよ。
今日は、『ヴァレンタインデー』に向けてみんなでお菓子作りをするよ。
私、ククルは【包丁の九十九神】で料理を司っているから、お菓子づくりを教えてって頼まれたんだ。
私が『ちょこれーとけーき』や『くっきー』を作っていると、ブリュンヒルデ様がなにやら怪しいものを持ってきたよ。
ブリュンヒルデ様とアリシアが、私にお菓子作りを教えてって言うから一緒に作ってるよ。
とりあえず、みんなで『ちょこれーとけーき』を一緒に作ったよ。
みんなで味見したんだ。
「さすが、包丁の【九十九神】ククルですわね。
この『けーき』本当にしっとりとして美味しいですわ」
ブリュンヒルデ様が食べながらうっとりしてる。
良かった、うまく作れたみたいだね。
「美味しいなら……良かった」
私はみんなの喜ぶ顔を見るのが好き。
「これで、私もユーリ様にあげるものが作れそう」
アリシアも喜んでいたけど、アリシアは料理上手だから私から教わる必要ないと思うんだけど。
いつも思うけど、アリシアって完璧主義だよね。
私も残った自分の分を味わおう。
『けーき』はあまり保存が聞かないから早めに食べないとね。
ゆっくりとフォークでさして口のなかへ入れた。
しっかりミルクの染みた生地をカカオの香りが甘さを引き立てている。
うん、ちゃんとヒトにあげていい出来だね、美味しい。
私が味わって食べているところにブリュンヒルデ様が近づいてきた。
「ククル、相談があるのですが……」
ブリュンヒルデ様が懐から小瓶を取り出した。
「これが私の持ってる秘宝、【サキュバスの涙】よ」
キレイなガラス製の小瓶に入っている透明な液体だ。
「これを飲むと興奮してしまうという一種の媚薬ですわ。
これを入れたお菓子を作って欲しいんです」
ブリュンヒルデ様が私に向かって迫ってきた。
「だ、誰に媚薬入りのお菓子をあげるの?
まさか……ユーリ様……じゃない……よね?」
私はブリュンヒルデさまに問いかけた。
「ち、違いますわ」
ブリュンヒルデさまの目は泳いでいた。
ブリュンヒルデさまは基本あたまおかしいので何をしでかすかわからない。
「私は、絶対ユーリ様には使わないよ」
アリシアは一点の曇りもない目で私に告げた。
でも、アリシアは目的のためなら手段を選ばないえげつないメスネコだ。
そして、目的はいい男をゲットすること。
目下、ユーリ様にもうアプローチしているけど、袖にされ続けているらしい。
「主人であるユーリさまに薬盛ったら厳罰だよ……知ってるよね」
私は二人に再度確認した。
私は、九十九神を統べる当代様を守らなければ……
「絶対に使いません」
「絶対に使わないよ」
でも、私はどう考えてもアヤシイ頭のおかしい二人組の言うとおりにサキュバスの涙入りの『くっきー』を作ってしまったんだ。
私はもしかすると……媚薬で、目がトロンとしたユーリ様が見たかったのかなあ。
☆★
『ヴァレンタインデー』当日。
この日は、『ヴァレンティーンカ』と呼ばれるメッセージカードを添えてお菓子をプレゼントする日なんだ。
もちろん、大好きな人にあげるんだよ。
私は、つくった『ちょこれーとけーき』をユーリ様にあげようかどうか、廊下で悩んでいたんだ。
ユーリ様にあげることは決めていたんだけど、勇気が出ないだけなんだけどね。
そうこう右往左往しながら思案していると、向こうからユーリ様。
声をかけようかなと思ったら、ハガネに先を越されてしまった。
ハガネは重そうなドレスを着て、ユーリ様に『ちょこれーと』をプレゼントしている。
あのドレスもきっと、ユーリ様に見せるために着たんだろうね。
私はと言えば、モノトーンの袴姿だよ。
少し地味かなあ。
一応、髪留めだけは可愛らしいものにしてるんだけどね。
ハガネはね、いつも一生懸命なんだ。
『ちょこれーと』の作り方だって、私に随分前に聞いてきた。
飲み込みも早かったけど、ユーリ様にあげる前に、きっと何回も作り直したんだろうね。
ハガネはユーリ様にラッピングされたお菓子と『ヴァレンティーンカ』をプレゼントして、ドレスの裾を持ちノロノロと自室へ戻っていった。
ユーリ様はドレスの端を持ってエスコートしてあげている。
ハガネは性格はふわりとしているんだけど、顔立ちは端正だから似合うんだよね、純白のドレス。
でも、あのドレスは普段使いに向かないよね。こけちゃいそう。
さて、私もユーリ様にあげようと近づいたら、今度はクリーム様に先を越されてしまった。
クリーム様はいつものジャケットとスカートのスタイル。
いつものようにサイドにお団子を作っている。
胸元の大きな青いリボンが可愛らしい。
あと、足が長いのにスカートは短くしてガーターベルトにタイツが色っぽい。
クリーム様は背が高いのもあって、羨ましいスタイルをしている。
それでいて、出るとこはけっこー出てるんだ。うらやましいね。
クリーム様は、あまり器用な方ではないらしくて『ヴァレンティーンカ』と共にとても小さな『くっきー』をユーリ様にプレゼントしていた。
クリーム様はお菓子が小さな『くっきー』1つなことに申し訳なさそうだったけど、ユーリ様は笑って受け取っていた。
ユーリ様を見つめるクリーム様の黒い瞳に熱がこもっていることをたぶんみんな知っている。
クリーム様は名残惜しそうにしていたが、覚悟を決めたのか。
ユーリ様に駆け寄り、背伸びをして両手で頬に手を添え……
顔が重なり合ったと思ったら、すぐに離れてクリーム様は走り去った。
顔と手が真っ赤になっていて、見てるこっちも赤面してしまった。
その後、アリシアとブリュンヒルデ様や他の子もユーリ様に『ヴァレンティーンカ』をあげていた。
私は、ついに渡せなかったんだ。
どうしてなんだろ。
話すことが浮かばないから?
ううん、ユーリ様は私のとってもゆっくりな話をじっと待ってくれる。
浮かばないなら、浮かぶまで待ってくれるんだ。
きっと、今日会ったら私は想いを伝えたいんだ。
だから、足踏みしている。
だからこそ、今日渡すんだ。
でも……廊下で足踏みしたまま時間だけが過ぎてゆく。




