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71 野戦

 オレが目を覚ましたときにはクリームはベッドには居なかった。

 クリームは寝顔を見られるのを嫌うからだろう。


「お目覚めですか?」


 オレが起きたことに気づいたクリームはオレに近づいてお茶を渡してくれた。

 モノトーンでまとめたジャケットとスカートのスタイルには一点の乱れもない。

 髪のサイドにはお団子シニョンもしっかりと作られていた。


「ありがとう」

「今日から、忙しくなりますからね。

 あと、二日のうちに王都を攻略するのですから」


 あと二日。

 そうか……あと二日でソフィアの結婚式だったな。


「九十九神には私が【共鳴】して、既に封印の剣について伝達を済ませております」


 クリームは、オレに近づいた。


「封印の剣でユーリ様を悩ませる呪い(パッシブスキル)を解呪できる可能性があることに、みな嬉しそうでした」

「そうか」

「私だけがユーリ様が離れていくのではないかと心配していたのです。

 みな、ユーリ様を思って喜んでいました」


 クリームは下を向いていた。


「私は、自分勝手です。

 ユーリ様の幸せをこそ、考えなくてはならないのに」

「顔上げてよ」


 オレはクリームの顎を持ちあげた。


「クリームが九十九神みんなのことを考えていたからだろう。

 オレと離れては生きていけない九十九神達を守りたいからだ」

「……ユーリ様」

「離れたりしないよ……オレにとっても家族だからな。

 お前たちは」


 クリームが元気がない様子なのでワシャワシャと頭を撫でてあげる。


「あー!

 せっかくのお団子が」


 急に慌てた様子のクリームがおかしくて笑った。


「もう、けっこう大変なんですから」


 クリームは口を尖らせている。


「せっかくだからさ、お団子シニョン作るの見せてよ」

「そうですね、見ててください。

 うまくなったんですよ、私」


 クリームは結っているのが良く見えるようにオレに背を向け、軽やかな手つきで髪を結い始めた。

 オレはクリームが髪を結い終わるのをずっと眺めていた。


 ☆★


「報告です。

 眼前に見えるは、5万を超える大軍。

 大してこちらは千を少し超す程度」


 アレクセイが偵察結果を報告した。

 オレ達が領主に反逆し、独立を宣言したことに対して王国は大軍を送り付けた。

 王国にしては対処が速い。


「彼らにとっても一大事ですからね。

 我らは農奴と獣人の解放を掲げて反旗を翻しました。

 レナトの声掛けにより他種族の獣人も続々と我々の元へ駆けつけております。

 我々の反乱を許してしまえば、王国は農奴と獣人という二つの奴隷を手放すことになりますから」


 王国はここで我々を殲滅するつもりなのだろう。

 ノブドグラードから王都へ向かう際には、ここ【チェルーシ平原】を通らねばならない。

 数に勝る王国軍は峡谷などの地形が複雑なところでの奇策を警戒し、正面から数で叩き潰すつもりなのだろう。


「敵軍は正確には、52,435人です。

 そのうち、獣人が985人。

 人間は、騎兵が102名。

 残り51,348人が歩兵です」


 ブリュンヒルデが歩きながら近づき、偵察結果を伝えてくる。

 概算とかいう概念はブリュンヒルデの偵察にはない。


「ははは、さすがブリュンヒルデ様。

 人数把握の正確性が違いますね、私の式神とは」


 アレクセイの周りに式神が鳥のように舞い戻り、また命を与えられて飛んでいく。


「ふふふふ、アレクセイ、謙遜が上手ですこと。

 私はあなたの式神のようにステータス鑑定まではできませんわ」

「はははは」

「うふふふ」


 アレクセイとブリュンヒルデの薄ら笑いが続いている。

 二人の会話は謙遜しているようで、競っているようで、それでいて仲はいいみたいだ。

 裏方仕事をする同類だもんな。

 二人とも目が笑っていないので、傍から見るとちょっと怖い。


「アレクセイ、ステータス鑑定で注意すべき人物はいたか?」


 アレクセイはひざまずいて答えた。


「ユーリ様、騎士や獣人の中に歴戦の猛者やレベルの高いものはおりますが……」

 

 アレクセイは、こちらをまっすぐに見据えた。


「聖剣を装備したユーリ様と比べるのが馬鹿らしくなってきますね」


 オレは今日はクリームを装備している。

 王都襲撃に向けて、クリームの力を借りなくてはならないこともあるだろうから身体を慣らしておかないとな。

 

 もし、あちら側に伝説級の九十九神がいた場合、ハガネ装備でも勝てなくはないだろうが、刀身同士をぶつけられないので全て回避することになる。

 ハガネを傷つけないためにもクリームと身体をなじませねばならない。

 しかし、これは……


「お姉さま。

 私と戦った時とは違い、随分強くなりましたようで」


 そう、この前クリームを握った時より明らかに力が湧いてきている。


――そうですか。変わらないとおも、お、思いますよ……


 噛んでるんじゃないよ。

 ヒト型じゃないから表情はわからないけど、声がうわずっているぞ。


――昨日、ユーリ様と封印の剣奪還作戦について激論を交わしたのです。それで、私とユーリ様の心の絆が高まったのでしょう。


「そっか。

 今日クリーム様がなんだかいつもよりキレイだなあと思ったんだよね」


 ハガネはオレを見て笑っていた。


「仲良くなれて良かったね、ユーリ」

「ああ、そうだな」

「私も、もっとユーリと一緒に強くならないとね」


 ハガネはぐっと両の拳を握り込んでいる。

 一層決意を固めたようだ。


「そうだな。

 でも、ハガネは今日はイザベラとの初陣だからな、ケガしないように気を付けろよ」

「うん、わかってる。

 昨日練習したけど、悪くはなかったよ」


 イザベラは紫色を基調としたドレスを戦闘用に防御力を高めたものを着ていた。

 シザーが作ってくれたもので、シザーはハガネの服も本来このようにしたかったらしい。

 ハガネは、オレと同じ戦士っぽいヨロイを望んだので少し武骨なスタイルだ。


「剣術は護身術程度ですけどね」


 イザベラがハガネの側に立つ。


「良く似合っているな、その戦闘服」

「……動きやすいのに可愛らしいですからね。

 シザー様に感謝です」


 イザベラは耳をぷるぷると動かして笑っていた。

 

 ハガネと眷属となったイザベラには、オレが他の剣を使うときのハガネの使い手となってもらうことにした。

 眷属だけあって相性がいいらしい。


「ねえ、ユーリ。

 ここ、見てよ。

 シザーがね、私とお揃いの浮き彫り(レリーフ)を入れてくれているんだよ。あ、私も手伝ったよ」


 ハガネがイザベラを連れてきた。

 確かにドレスの胸元にプレートにアネモネの浮き彫り(レリーフ)がある。

 金属の扱いはハガネも慣れたものなので今回はシザーを手伝ってあげたらしい。


「可愛らしく出来てるな」

「ありがとうございます」


 イザベラは笑顔で深く礼をした。

 ハガネはそれを見て得意そう。


「それにしても、無理して近くに来なくていいんだぞ」

「イザベラのこと? あ、そうか。

 ユーリは知らないんだね」

「ハ、ハガネ様!」


 イザベラがハガネの手を引いて後ろに下がっていった。


「イザベラは血が抜けたからね」

「ハガネ様、ユーリ様には秘密って言ったじゃないですか!」


 イザベラが妙に怒っている。

 ハガネはニヤニヤ笑っていた。

 ふふ、ネコ族の村では険悪だった二人が仲良くなったものだな。


――ふう、私は気合い入れていますが、みなはたるんでいますね。私みたいに気合いを入れないと。


「クリーム。気合いたっぷりなのはいいが、勢い余って皆殺しにするなよ」


――気を付けますよ。しかし、ユーリ様に握られての戦闘、興奮しますね!


 気合十分だな。


「ユーリ様、王国軍動きました!」


 式神で偵察していたアレクセイが声を上げた。


 オレの側に控えるレナト、リカルドが咆哮で答える。

 レナト達ネコ族の蜂起に合わせて国内から獣人達が続々集まって来ていた。

 集まった獣人達がレナト達に呼応して叫ぶと平原が揺れた。


 獣人の咆哮は味方だととてもありがたいものだ。

 心の奥の闘争心が掻き立てられる。

 オレだって戦士だから獣人達の叫びを聞いて聖剣を持ち力がみなぎってくるのを感じると、5万の兵相手に大立ち回りを行いたくもなる。


 でも、兵士にだって家族はいるだろうからな。

 むやみに殺しはしたくない。


 オレはオレのやり方で5万の兵を制圧してみせるさ。


「さて、準備はできたか」

「はい! ふう、それにしてもお姉さまはユーリ様に握られているというのに、私はちまちまと魔法陣の構築ですわ。

 ただでさえ、お姉さまとユーリ様は昨日夜遅くまで何やらお話とかをされていらっしゃったようですし。

 うらやましいですわ」


 ブリュンヒルデが魔法陣を構築してくれていたのだが不満げにブツブツ言っている。


――ブリュンヒルデ、あなたねえ。私なりに夜伽の間には隠ぺい魔法をかけていたのに、わざわざ解除するようなやからに文句を言われたくないですね。


 クリームは隠ぺい魔法をかけてたのか。


「あら、暗殺者が隠ぺい魔法をかけていたのかと思って必死で魔法陣を探して壊した護衛隊長にそんなことを言うのですか?」


 ブリュンヒルデは勝手にオレの護衛をしているだけでそんな役職など無い。


「ブリュンヒルデ。

 王国軍向かってきてるからとりあえず魔法陣の中に立てよ」

「は、はい! まったくお姉さまのせいでユーリ様に怒られたではないですか……」


 ブリュンヒルデはすぐに魔法陣に入った。

 かまってほしいのか今日は不満ばっかり言ってるな。


「ハガネ……はちゃんと魔法陣の中にいるな」


 ハガネは魔法陣の中ですまし顔で待っていた。


「私はちゃんと待ってたよ。

 クリーム様とブリュンヒルデ様はずっと無駄話してたけどね」


――ハガネ。私にそんな口をきくなんて……成長しましたね。


 クリームはなぜか嬉しそうだ。


「シザー、準備できているか。

 今回の主役はお前なんだからな」

「はーい。ユーリ様」


 シザーが出て来た。

 いつものようにカンナとキヅチが手伝わされている。


「シザー、砂糖菓子」

「一個じゃない、2個よ」


 カンナとキヅチはお菓子をねだっている。


「……カンナ……キヅチ……揚げドーナツあげる」


 ククルがカンナとキヅチにおやつをサービスしていた。


「「え? いいの?」」


 二人とも嬉しそう。


「……うん……シザーがね……ユーリ様のため……頑張るって言ってた……

 私、戦えない……カンナ、キヅチ……偉いよ……頑張って」


 ククルは戦えないので、カンナとキヅチにおやつを上げて応援してくれるらしい。


「フフ、私のご主人様、当代様、王様、ユーリ様。

 私の力作【レインボーテープ】が出来たよ。

 ふふ、引っ張ってみてよ、ユーリ様

 横の力にはめっぽう強いよ」

 

 オレは細い布を大量に用意してくれと言ったが生地まで開発してくれ、しかもキレイに染めてある。


「レナト、ちぎってみてくれ」


 オレは力のあるレナトに頼むが、レナトですらちぎれなかった。


「手が痛いぞ」

「へー、大したものだな」


 これで準備は出来た。

 あとは、戦うだけだが……一応降伏を勧めておくか。


「クリーム、オレを空中に運んでくれ」


――はい、風魔法ならお任せですよ。


 クリームはオレを上空に浮かばせると、空中に足場を作った。


「「な、何だあれは? 浮いている!」」


 進軍中の王国軍が飛んでいるオレを発見し、動揺していた。


「声の増幅も頼めるか」


――空気の振動ですからね、それも風魔法の範疇です。お任せください。


 剣型のクリームが光を発し、オレに声量増幅魔法をかけた。


「ロシヤ王国の騎士達、兵士たちよ。

 我は王国最強の戦士、ユーリ・ストロガノフ。

 我は5万の兵を一刀両断にするすべを持っている。

 命が惜しくば、ここから去れ!」


 兵士はざわざわしている。


「何をしておる! 全軍、進め!」


 指揮官の命令が飛び、兵士は否応なくそれにこたえ前進した。

 分かってはいたけど、言葉だけじゃ止まらないよな。


「クリーム、一振りお前の力を借りるぞ。

 このまま空中で一閃しろ。そうだな、向こうの山を切断するくらいで頼む」


――ふふ、お安い御用です。


「行くぞ、はあああああああああ!」


 オレは空中高く飛び上がって回転しながら力任せに横に薙いだ。


【突風刃】!


 巨大な風の刃は大気を揺るがしながら兵士たちの頭の上を越えていき、背後にある山を真っ二つに切断した。


 ズズズズズズズ

 切断された山が崩れていった。


「「何が起こったーーーーー!」」


 兵士たちはあまりの出来事に慌てふためいている。


 山がすっぱりと切断され見晴らしが良くなったので王宮が見えた。


 あ。


 山を斬った風が勢いを殺しきれず王宮まで届いたのだろう。

 王宮の一部の塔もすっぱりと斬れた。


「おい、クリーム」


 クリームはヒト型に戻った。


「おかしいですね、私の計算が合いませんでした。

 私とユーリ様の絆がこんなに強くなっていたとは……」


 クリームはオレに笑いかけた。


「私を側に置いておくと色々役に立ちますよ。

 魔法も使えますし、武器としてもとても強いんです」

「知ってるよ。お前は【戦士の剣】だ。これからもよろしくな」

「はい!」


 クリームは満足したように笑顔で頷くと、剣型に戻ってオレの手のひらに握られた。

 聖剣が前よりオレの手にしっくりきている気がした 

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