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70 あなたが誉めてくれたから

 領主ガガーリン家の居城だったノブドグラード城にはクリームの指示のもとカンナとキヅチが主導して作った、豪華天蓋付きベッドのある「夜伽の間」と呼ばれる部屋がある。

 何の配慮か知らないが、完全防音で何が起こっているか外からはわからないようになっている。

 

 オレはベッドに腰かけて膝を揺すらせながらクリームが来るのを待っていた。

 クリームは心の準備があると言って自室に戻りたがっていたので許可をした。

 

 遅い……クリームはオレを苦しめていた呪いを解く情報を持っていたのに隠そうとした。

 ルタと会うのさえ、邪魔しようとした。

 

 どうしてだよ、クリーム。

 オレはお前を信頼していたのに……


 感情の持っていき場所がわからず、ベッドを殴りつけた。

 ベッドはへこんだもののしっかりと据え付けられている。

 ハハハ、上等なベッドだ。


 ノックの音。


「入れ」

「……失礼いたします」


 クリームは深々と礼をした後、オレへ近づきひざまずいた。


「顔を上げろ」


 クリームは顔を上げた。

 先ほど着ていたキモノとは違い、洋装。

 

 モノトーンでまとめたジャケットとスカートのスタイル。

 長身のクリームの長い脚を白いタイツとガーターベルトが艶を添えていた。

 全体的に凛とした印象の服装に、胸元にある青い大きなリボンが可憐さを加えていた。


「オレを待たせてお着替えとは、大した女だな」


 クリームは瞳に決意を浮かべていた。


「ユーリ様に歯向かった私ですから、消えろと言われたら消えねばなりません。

 最後にあなたの目に映る私は、せめて美しくありたかったのです」


 何なんだよ、その瞳は……オレを騙そうとしたくせに。

 オレは奥歯を噛むと、クリームに嫌味をぶつけた。


「最初は服なんか興味も持たなかったお前が……随分色気づいたものだな」


 オレの嫌味な口調にこたえた様子もなく、クリームは笑顔を浮かべオレに話しかけた。


「私は戦闘用の武器ですから、服などは不要。

 昔はそう考えていました。


 でも、ユーリ様はみなの服装の変化に気づき、お褒めの言葉をかけていました。

 お褒めの言葉をもらう子たちは皆嬉しそうで……私も次第に着飾ることが多くなっていったのです。

 私が着飾るそのたびに、ユーリ様は褒めてくれました。

 

 私はユーリ様に褒めてもらえることが嬉しくて。

 ……髪のお団子シニョンも、似合っていると褒めてくださいましたね。


 お団子は、はじめアリシアが結ってくれました。

 けれど自分で結えるようになりたくて、私はそれからお団子を練習したのです。


 私はもともと細かいことは苦手ですが、見てください。

 お団子が結えるようになりました」


 クリームの髪のサイドには今もお団子がある。

 九十九神であるカンナとキヅチを作る儀式にも、氷竜の洞窟に冒険に行ったときにもクリームはお団子をしていた。


 今、お団子はとてもキレイに結えていた。

 細かいことはハガネに任せていたクリームのことだ。

 きっと、一生懸命練習したんだろう。

 クリームは混じりっ気のない笑顔をオレに向けていた。


「どうして笑ってるんだ!」


 オレはひざまずいているクリームを掴み、ベッドに放り投げた。


「……ユーリ様」

「クリーム。

 お前はずっとオレの側にいるって言ったな。

 オレを守ってくれるって言ってたじゃないかッ!」


 オレはベッドの上でクリームに馬乗りになった。

 にらむみつけるオレをクリームは見つめ返す。

 クリームがあまりにまっすぐ見つめ返すものだから、オレは思わず目を逸らした。


「……側にいるっていう言葉は嘘だったのか。

 お前はオレがペナルティスキルのせいでずっと苦しんでいるのを知っていた。

 なのにどうして騙すような真似をしたんだ!

 クリーム、お前はずっとオレの側にいるって言ってただろ……」


 オレはクリームの肩を揺らした。

 クリームは肩を揺らすオレの腕を握って微笑んだ。


「……私は、ずっと側にいますよ」

「どうして笑っているんだ!」

「せめて笑顔を覚えていて欲しいから」


 クリームの笑顔の瞳から涙がこぼれた。


「ユーリ様、あなたを裏切った私に泣く権利なんてないと思うから。

 それにユーリ様が泣いているから……だからあなたを泣かせた私は、せめて笑っていたいって思うから」


 何でお前は笑いながら、泣いているんだ。

 どうして教えてくれなかった。

 オレはお前を信頼していたのに。 

 オレは腕で顔を抑えた。


「……どうして、封印の剣のこと黙っていたんだ、隠そうとしたんだ。

 クリーム、教えてくれよ」


 クリームはオレの腕を持ったまま、静かに語り出した。


「……ユーリ様。

 私たちはヒト型になれる剣。

 ユーリ様はそう思っていますね?」

「ああ。

 それがどうかしたのか」


 クリームは話を続けた。


「私たち【九十九神】は、武器がヒト型となっているわけではないのです。

 武器となってヒトに協力することを強制させられている【神】なのです」

「何だと?」


 クリームはオレを見つめ静かに話を続けた。


「ハガネやカンナ、キヅチなどユーリ様が作り出した子たちは違いますが、ブリュンヒルデやイゾルデなど伝説級と呼ばれる武器達はヒト型が本体なのです」

「え?」


 オレはあまりのことに驚いていた。


「とはいっても、本当に長い間武器として過ごしていましたからもう私は自分が何なのかわからなくなっていましたけどね」


 クリームはオレの手を握ったまま、話を続けた。

 オレが冷たいと感じないように小さな声で魔法を詠唱すると、クリームは自身の体を火魔法で暖めた。

 オレの手を握ったクリームの手からじんわりと暖かさが伝わってきた。


「神話の話など退屈でしょうが、お付き合いいただけますか?」

「オレはお前たち九十九神を統べる当代なんだろ?

 オレにはクリームを知る義務があるんだ」

「では、お聞きください。

 私たち、九十九神のことを……」


 オレは、話を続けようとしたクリームをベッドに座らせた。

 そのとなりにオレは隣に座った。

 横の方が話しやすいっていうことだってあるから。


「昔むかし100柱の神がいました。

 混沌の中から出でて世界に秩序を生み出すべく、我々100柱の神は戦いました。

 100柱の女神は混沌の中にも安らげる場所を作ろうと、この世界を作り出しました」


 この世界?


「今、我々がいる世界……簡単にいえば今、ユーリ様と私が話している世界ですね」


 クリームは話を続けた。


「100柱の中で最も強大だった女神は、その寵愛を人間に与えました。

 そして、人間の平和を守るために必要なことを全て行い、この世界が作られたのです。


 まず、女神が行ったことは、我々【九十九の神】の力を奪うこと。

 女神は我々を一人ずつ捕縛し、武器に魂魄こんぱくを押し込みました。

 

 【九十九の神】がいたずらに人間界に影響を及ぼさないよう、力を奪い人間に力を与える。

 我々【九十九の神】は利用されたのです。

 人間の平和を守るために」


 クリームは隣にいるオレの手を強く握った。


「この世界は、女神が人間を守るために作ったのです。

 世界の外側には混沌が広がっていて、とても人間や亜人は生きていけないでしょう。


 100柱の神でも最も力を持つ女神ですら、手を焼く魔の者たちが混沌から生まれいずる……混沌からの厄災に対抗すべく女神から力を与えられたのが、ユーリ様あなたです」

「オレが持っている力、か」


 クリームは頷いた。


「ですが、女神は自らの手駒であるユーリ様たちにすら制限をかけました。

 強大な力を持つ【九十九神】スキル保持者が、女神に反抗できないように呪いをかけたました。

 ユーリ様。

 あなたが貰った力も、受けた呪いも、すべて女神の手のひらの上」

「オレの力も呪いもすべて、女神からのモノだと?」


 クリームは瞳に力を込めて頷いた。


「最も力を持つ女神と言えど、九十九の神が一致団結すれば負けてしまう。

 その抑えとして、【九十九神】スキルの保持者を女神は作ったのです。

 ユーリ様、あなたに我々が逆らえないのもすべて女神の意思。


 そして、【九十九の神】をこの世界のばらばらに配置し、有事の際には集められるよう【九十九神】スキルを生み出しました。

 【九十九神】スキルの保持者が強大な力を持ち過ぎないように呪いまでかけて女神は自分の身を守ろうとしました。

 これがユーリ様につけられたスキルと呪い(ペナルティスキル)の構造です」


 クリームは大きく息を吸い込むと話を続けた。


「私ははじめユーリ様を手玉に取って我々九十九神に隷従させ、女神を殺すつもりでした」


 だからクリームはオレの精神を追い詰めたのか。


「私のたくらみはハガネに邪魔されましたけどね」


 クリームは笑っていた。


「私はあなたを騙し、全ての九十九の神を結集して女神を弑逆しいぎゃくするつもりでした。


 ですが、ユーリ様は九十九神をとても大事にしてくれました。

 カンナやキヅチなどに対していつも遊んでくれて、一緒にごはんを食べてくれて……。

 

 いつしかネコ族の村は私の大切な場所になりました。

 私は、人が子を持つということがどういう意味をもつのかわかりませんでした。

 

 だって、私たちは子どもを作れないのです。

 魂魄を武器に押し込められてしまったのですから。


 それでも、生まれてくるカンナやキヅチ達はとても可愛くて、ハガネは私を慕ってくれて……私はあの子たち九十九神と家族になったような気持ちでおりました」


 オレはクリームが九十九神を見守る視線の温かさを思い出していた。

 クリームは母になったような気持ちでいたのだろう。


「そして、あの子たちを可愛がってくれ、私の服装を誉めてくれるユーリ様に……私は次第に心惹かれていきました」


 クリームは顔を手で隠した。


「ネコ族の村で……私は当初ユーリ様を手玉に取ろうとしていたことなど忘れ、幸せを感じていたのです。

 ずっとこのまま居られればいいと、そう思ってすらおりました。

 

 もう、他の九十九の神などどうでもいい。

 ユーリ様とあの子たちさえいれば、私は何もいらない……


 そう思っていたころに、ルタから封印の剣の話と愛憎反転の話を聞きました。


 私は勇者ソフィアの持ち物でした。

 どれだけユーリ様とソフィアが想い合っていたのか。

 私は知っているのです。


 だから……私は、怖くなりました。

 ユーリ様が私たちを捨ててソフィアの元へ行ってしまうのではないかと。

 

 私は、あの子たちを守りたかった。

 そう心の中で言い訳をして、あなたへ封印の剣のことを黙っておくことにしました。

 

 でも、それすら……自分のための方便なのです。

 ……恋い慕うユーリ様に、ずっと私のことを見て欲しかった。


 この服はあなたの側にふさわしい私でいるためにシザーと相談して作ったものです。

 ユーリ様の隣にいられないならば、この服など何の意味もないのです。

 スカートが短いのも、全てユーリ様に見てもらうためのなのです」


 クリームは顔を伏せながら話を続けた。

 

「だから……私は、あなたに封印の剣のことを伝えたくなかった。

 私はあなたを裏切りました。

 だから、如何様にも私を罰してください。

 私は九十九神のリーダーのふりをして……ただ、ユーリ様の側にいたかっただけなのです」


 切々と語るクリームの言葉にオレはいつしか怒りが収まっていて、代わりに瞳と頬が熱くなっていた。


「クリーム、お前はオレを裏切ったわけじゃないんだな。

 分かった、許すよ」


 オレは安心して、ボロボロと涙を流した。


「許してくれたのにどうして泣くんですか」


 クリームがオレを抱きしめた。


「側にいたいって言葉にウソはないな。

 絶対だぞ」

「はい、離れたくありませんから」


 微笑みを浮かべて離れたくないっていうクリームの言葉にオレは安心したんだ。


「……あなたの心に誰がいるのか、私は知っています。

 でも、今だけ……私を見てください」


 クリームはオレを見つめた。


「この服も、お団子も……ユーリ様。

 あなたが褒めてくれたから」


 クリームはオレの唇にそっと唇を合わせた。

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