69 愛憎反転
ドレスを着ていたハガネと話していたが、ハガネは疲れていたのか寝てしまった。
シザーを呼んで着替えさせて寝室へと連れていく。
オレは夜はいつも魔力供給のため、オレが作り出した【九十九神】カンナやキヅチ、シザーやククルの近くで寝るようにしている。
ハガネももちろんオレから魔力を得ないと生命を維持できない。
一日中は無理だが、夜の間はなるべく【九十九神】であるみんなから離れないようにしている。
みなが寝ている部屋までハガネを連れていき、寝たのを確認して部屋から出た。
夜も遅いので、みんな寝ていたから起こさないようにしないとな。
オレはルタの話が気になっていた。
スキルの話……九十九神を生成・使役する【九十九神】のことだろうか。
それとも、生きているだけで殺したい程人間から嫌われる【ゴキブリ】のことだろうか。
オレはこの二つのスキルしか持っていない。
ルタは起きているだろうか。
ルタの部屋を目指して歩く。
クリームがルタの部屋の前にいた。
「ユーリ様」
クリームはオレを見たが、すぐ視線を下に外した。
夜にも関わらず、青地に扇の柄のキモノを着ており黒髪を編み込んでサイドにお団子を作っていた。
「夜なのにめかし込んでいるな」
「ユーリ様がここに来ると思っていましたから」
「ルタと話がしたい」
クリームは、下を向いていた顔を上げた。
「私はユーリ様にルタと話して欲しくありません」
「……なぜだ」
「……答えたくありません」
クリームはまっすぐオレを見つめた。
「せめて理由を教えてくれないか」
「……それは出来ません」
クリームは部屋の前から動こうとしなかった。
「通るぞ」
クリームはオレに縋ろうとしたが、オレも理由もなしに帰れない。
「動くな」
「う……」
オレはクリームに命令を発した。
すると途端にクリームは動けなくなった。
「……ユーリ、様」
動けないクリームの目の前を通過しルタの部屋の前に立つ。
「【九十九神】を統べるオレに逆らうことの無意味さを知らないわけでもないのに、かたくなに逆らう理由は何だ?」
「……言えません」
オレはルタの部屋を開け、中に入った。
「クリーム、お前も中に入れ。
ただし、邪魔をするな」
クリームはオレの言うとおりにした。
オレは普段九十九神に命令系では話しかけないようにしている。
彼女たちにとってオレの命令は強制であり意思とは関係なく言うことを聞かせしまうからだ。
中に入るとルタとイゾルデが寝ずに待っていた。
「ユーリ様、ルタの話を聞きに来たんだね」
イゾルデが礼をして、椅子に案内してくれた。
「ルタがね、今日はユーリ様が来るからまだ寝ないんだって言ってたんだ。
たぶん、ユーリ様が今日来ることが見えていたんだろうね」
ルタは古代妖精であり、神秘的な能力をいくつも持っている。
予言、予知など、見えてしまうことがあるそうだ。
「ユーリ。
クリームはウソツキだ。
私は、秘密がキライ。
ウソがキライ。
ほら、世界が汚れてしまった」
ルタは、空気中から濁ったジェル状のものを生成した。
魔法なんだろうが、呪文を詠唱したり、魔法陣を使用したりはしない。
ルタは古代妖精で直接魔法が使えるのだろう。
「でも、クリームの魂はキレイ。
きっと理由がある。
けど、私は秘密がキライ」
ルタはオレのところにきた。
「ユーリ。
ルタとイゾルデをクリームが回復してくれた。
きっとユーリはクリームに怒る。
クリームを許してあげてね」
「ルタ。
そこまでわかるならユーリ様に話さないで、お願い」
クリームはルタに懇願した。
「ムリよ。
クリームは秘密を持つのに向いてない、だから世界を汚してしまう」
ルタはオレを見つめて話し始めた。
「クリームは私といろんな話をした。
まずは、世界に散らばった九十九神の話。
イゾルデみたいな伝説級の武器、各地に散らばってる。
女神が人間のために残したけれど、人間以外が手にしているものもある。
クリームは【共鳴】で【九十九神】の大まかな位置がわかっている様だけど、私は位置や情報が見えたものをクリームに教えた」
ルタは宙をみながら、話し続けた。
「クリームは、全ての武器をユーリの手に収めるために動かねばならない時が来るだろうって言ってた。
その中でも【封印の剣】の場所を探していた。
クリームは【共鳴】ができるから、【封印の剣】がこのロシヤ内にあることはわかっていたようだけど、隠ぺい魔法で隠されていたら場所がわからなくなるのはユーリも知っているよね。
イゾルデや私にも隠ぺい魔法が使われていたから。
クリームはユーリのために封印の剣を探してるんだって言ってた。
ロシヤ王宮の宝物庫にあるって教えたら、飛び上がって喜んでいたよ。
これで、ユーリが持つ生きているだけで殺したい程人間から嫌われる【ゴキブリ】スキルが封印できるんじゃないかって」
「本当か!」
オレを今まで苦しめていたこのスキルから解放されるのか!
オレは飛び上がってルタの肩を揺らした。
「スキルや能力、そして存在すら封印してしまう力を持った武器。
封印の剣はそう伝承されている。
ルタも見たことないから、細かいことはわからないけど、可能性あるわ」
「可能性だけでもいい、いままで調べても何も解決法はわからなかったんだから」
「そして、ユーリを見たときにスキル、詳しく見させてもらった。【ゴキブリ】スキル……ユーリ、人によって効果が違うことを疑問に思わなかった?」
ルタがオレに問いかけた。
「アレクセイはオレに襲い掛かっては来なかったな。
子どもは強く反応が出るんだよな。
いつか助けた子どもも、半獣のプリシラもそうだった。
殺しにきたしな。
半獣は人間の血が薄い分、人間よりは反応が薄いみたいだけど……」
オレは、自分に対する人間の関わり方を思い出していた。
ツバを吐きかけてくる人、露骨に避ける人、そして殺しに掛かってくる人……。
「ユーリ。
あなたが受けた呪い(ペナルティスキル)の正体は、【愛憎反転】。
あなたに向ける愛情を憎悪、殺意に変える呪い」
「え?」
愛憎反転……愛情を、殺意に変える?
「ユーリに襲い掛かって来た人、殺しに来た人、危害を加えてきた人。
……これらの人々は、スキルの効果がなければ、あなたを一番愛してくれた人よ」
「何だと……」
今まであった人を思い出していた。
オレを殺しに来たプリシラ。
助けた後にウンコを投げつけてきた子ども。
オレをいつも本気で殺しにかかってきたロラン。
そして……
オレの首を、執拗に欲しがったソフィア。
「……オレの首を欲しがっていた奴がいたんだ」
「ルタは聞いたことがある。
おとぎ話を。
恋願う人を求めて叶わずに……その首を欲し、物言わぬ首に口づけした少女」
オレは、崩れ落ち床を殴りつけた。
「チクショウ、何でなんだよ……クリーム、なぜすぐに言わなかった!」
オレはクリームにつかみかかった。
「愛憎反転のこと、封印の剣のこと……お前はソフィアの聖剣だった。
オレがずっと苦しんできたことを、お前は知ってくれていると思っていた。
お前は苦しんでいるオレを見て笑っていたのか!」
つるし上げたクリームを乱暴に床に叩きつけた。
「違います、違います。
ユーリ様」
オレは怒りが収まらなかった。
「クリーム、夜伽の間へ来い。
あそこが一番周りに声が聞こえない。
お前がそう作ったんだ。
なぜ黙っていたのか、返答によっては懲罰も覚悟してもらうぞ」
「はい」
クリームはうなだれながら、オレの後をついてきた。




