68 白いドレス
ネコ族やアレクセイたちとの会食後、ノブドグラード城下町に城下町のみんなに声をかけ、酒や食事を振る舞った。
今回襲撃してきた親玉の顔を一目見てやろうと、ネコ族達だけでなく人間の平民たちも集まってきた。
オレは正直人間相手に口上を述べるのは苦手だし嫌な思い出しかない。
アレクセイは騎士達をうまく丸め込むほどの話術があるのでおまかせだ。
城のバルコニーから城下町中央の広場に向かって、アレクセイは演説をした。
貴族たちの財産を没収し王都へ追放したこと、城下町はネコ族と平民たちで治めていくこと、王都へ攻め上がること、義勇軍ただいま募集中などをアレクセイは抑揚を抑えた語り口で人間たちに伝えた。
平民上がりの騎士たちもこちら側につくこと、義勇軍へ参加すれば騎士への取り立てもあることなどの夢を語って聞かせた。
貴族達に抑圧されていた平民たちには、自治と騎士階級への取り立てという夢はさぞや甘美なものであったらしく、城下町は熱狂に包まれた。
平民たちにとってこれ以降オレ達は襲撃者ではなく、解放者として認知されるのだろうな。
熱狂の中、獣人族を代表してレナトと人間を代表してアレクセイが手を握ると城を揺るがすような拍手が巻き起こった。
次第に弁舌に熱がこもっていくアレクセイは満を持してオレを呼んだ。
「獣人と人間の歴史的な和解を成し遂げることができたのは、この人のお陰だ。
王国最強の戦士、ユーリ・ストロノガノフ」
呼び声に応じてオレはバルコニーにあらかじめ用意された魔法陣の中心に立つ。
火魔法を利用した光に照らされてオレの姿は民衆に浮かび上がった。
オレの姿を見て拍手が巻き起こった。
すぐにアレクセイは話を続けた。
オレはあまり人前に出れないからな。
「そして、王国を追放されし悲運の戦士ユーリ・ストロガノフを失意の底から救った女神、ハガネ!」
オレは、ハガネに右手を差し出す。
ハガネはあまりこういう場はなれていないのか、とことことオレの側までのんびり歩いて来てお辞儀をした。
そのお辞儀に合わせて拍手が巻き起こった。
気のせいではなく、オレのときより大きな拍手。
アレクセイが話を続けた。
「我ら人間と獣人は手をつなぎ、このロシヤに革命を起こす。
その指導者として、ユーリ・ストロガノフ、ハガネ両名を新たな王と王妃として迎えたい。
反対のものはいるか?」
アレクセイはあたりを見渡す。
「賛成のものは拍手で城を揺るがすがいい!」
アレクセイ言葉の終わりを待たずして、拍手はノブドグラードを包み込んだ。
「え? 私、王妃になるの?」
ハガネは目を見開いて驚いていたが、あれ。
オレそう言わなかったっけ?
☆★
「わ、私王妃になるなんて聞いてなかったよ?」
二人でバルコニーであいさつした後、オレとハガネはすぐに奥に引っ込んだ。
ハガネはともかく、オレは長く人前にいられないので、後のことはアレクセイとレナトに任せてハガネと寝室に向かった。
「王妃様!」
廊下を歩くオレ達に向かってシザーが大声でハガネを呼んだ。
ハサミの九十九神シザーは大きなドレスを持ってハガネに近づいてきた。
「ハガネにはドレスを作ってあげたかったけど、こんなに早くチャンスが来るとはね」
シザーはハガネに白を基調としたドレスを渡した。
「これ、私が着るの?
キレイだね!」
ハガネはとても嬉しそうだ。
「はは、喜んでいただけて光栄だよ、王妃様」
「もう、シザー。
シザーはハガネって呼んでよ。
よそよそしく感じるよ」
「はは、からかってるだけさ。
ハガネは、ハガネだろ?」
シザーはハガネに抱きつくと、オレに話しかけた。
「シザー、くすぐったいよ」
シザーはハガネをぎゅっと抱きしめている。
「ユーリ様」
「何だ?」
「ドレスを着せて細かなサイズの調整したいからさ。
寵姫ハガネを借りていってもいいかい?」
シザーはハガネの顎に手を当てながらオレに聞く。
「任せた」
「着せ終わったら、今日は着せたドレスそのままにしておくからさ。
とびっきり美しい王妃様をたっぷりと可愛がってあげるといいよ」
シザーはオレにウインクをした。
「もう、何を言ってるの?」
ハガネはシザーに照れながら怒っている。
「じゃあ、オレは明日の作戦でもクリームと話をしておくよ」
「あまりハガネ様をお待たせすると可哀想だからさ。
ユーリ様、今日は作戦会議は早めに切り上げなよ」
「いいよ、シザー。
ユーリはいろいろ忙しいんだから」
シザーはハガネを気遣っているが、ハガネはオレのことを気遣ってくれている。
なんだか、こそばゆいけど幸せな気分だな。
「シザー、早く片付けて寝室に行くからハガネを頼んだぞ」
「はは、お安い御用さ。
我らの王様、ユーリ様」
シザーはハガネを連れて行った。
「……王様、作戦会議頑張ってね」
ハガネがオレに手を振ってくれた。
割と王様呼ばわりされるのも悪くはない気分だな。
オレは、クリームの居るだろう「軍部」に来た。
小っちゃな部屋なんだが、クリームが嬉しそうに軍部と呼んでいるのでオレもそれに倣う。
部屋の中から何やら声がしていた。
ん? 珍しい声がする。
ルタだ。
オレは嬉しくなって軍部の扉をいきなり開けた。
「ルタ、良くなったのか?」
「ユ、ユーリ様」
クリームは驚いた様子で話続けるルタを制した。
「ええ、イゾルデもそちらにいますよ」
クリームがイゾルデの場所を教えてくれた。
イゾルデはオレに近づくと深々と礼をした。
「ユーリ様がいなかったら、ボクはルタを守れなかった。
ありがとう」
イゾルデは深々と礼をした。
「二人とも、体は大丈夫なのか?」
「大丈夫」
「……ははは。
古代妖精は答えがシンプルなのさ」
イソルデは笑っていた。
「言葉が足らない我らが妖精姫ルタの翻訳家を、彼らの守り神であるボクが務めるよ。
そもそも、ユーリ様は九十九神の当代様なんだからボクも最上級の礼を尽くすつもりだよ」
イゾルデは笑顔で話を続けた。
「古代妖精は肉体と精神の差があいまいなのさ。
ユーリ様、アイシャを持っているよね」
アイシャ? ああ、ルタの姉か。
死んで賢者の石と呼ばれる魔石になった。
オレが懐にしまっていたんだった。
「これのことか」
「そうそう」
イゾルデは、オレの手から紅に光る賢者の石を手に取り、話しかけた。
「さ、アイシャ。
挨拶してごらん」
イゾルデの呼びかけに応じて賢者の石と呼ばれる魔石は光を発した。
「ひ、光った!」
「ひとりでに発光したように思えましたが……」
目の前の現象にクリームも不思議そうにしている。
「アイシャは魔石に戻っただけなんだ。
直にすぐ古代妖精に戻れるさ」
イゾルデは魔石をオレの手に戻した。
「それに、ユーリ様が当代様なんだから近くにいてあげたら1か月くらいで目を覚ますはずだよ。
それほどに、古代妖精は身体と精神があいまいなんだ。
だから肉体を傷つけられたルタは特に何も気にしてないんだよ。
まあ、傷つけたボクが言うようなことじゃないんだけどね」
イゾルデの言葉にオレはほっとしていた。
「そうか。
ルタがお姉さんと会えないわけじゃないんだな」
オレはイゾルデに聞いた。
「うん。直に目を覚ますよ。
ユーリ様の魔力をもらった方が目覚めは早いだろうから懐にしまっておいてあげて」
オレは懐にアイシャであった魔石をしまった。
「ねえ、クリームヒルト・グラム」
ルタはクリームのフルネームを呼んだ。
「何かしら」
「ユーリに話をしなくていいの?
九十九神の話と、スキルの話」
ルタは首をかしげてクリームに問うた。
「え? ……いや、今はいいの。
いいのよ、ルタ」
クリームは目を泳がせながらルタに返事をした。
「おい、クリーム。
目が泳いでいるぞ」
クリームはオレから目を逸らし、ルタに話しかけた。
「明日は、大事な決戦の日だから、早めに寝ましょう。
ああ、そうしましょうったらそうしましょう。
ねえ、ルタ」
「クリーム、あなたからウソツキの匂いがする」
ルタは身をよじらせてクリームに抗議をした。
「やはり、ルタは森の中じゃなきゃ嫌だ。
人の世界は汚れやすいもの。
だってクリーム、あなたはウソツキだもの。
ウソツキは世界の空気を汚すの。
私、ウソツキと一緒の空気では生きていけないの」
ルタは、空気中から濁ったジェル状のものを生成した。
「汚いわ。
クリーム、これがあなたが汚した空気よ」
ルタはジェル状の黒く濁ったものを指し示した。
「ユーリ、あなたも汚れているならルタと一緒に居れないわ」
ルタはオレを見据えた。
「ルタは瞳の観察者。
どれだけ、口を動かしてもすべて見えるの。
ユーリ、あなたの魂を見せてね」
ルタは大きく目を見開いた。
「ユーリ。
ユーリが抱えているもの、ルタは見たからね。
大事なものをずっと抱えていたんだね」
ルタは、オレの方に手を置き、話を続けた。
「真心は、真言にやどるからね。
だれが聞いていなくても、ルタは聞いてるからね。
真実を私に教えてね」
ルタは微笑を浮かべていた。
「ああ、もう寝る時間です!」
クリームはルタを遮り、強引にオレから引きはがし、ルタの部屋へと連れて行った。
「もう少しだけいいだろ」
「ダメです、ダメです。
ダメなんです!
ルタは小さいので寝る時間です!」
「ルタ、500歳。
ユーリより年上。
偉いから、褒めるといい」
ルタは頭を差し出してきたので、オレはとりあえず撫でることにした。
「さ、ユーリ様。
寝ましょう、寝ましょう」
クリームに部屋を追い出されたので、オレの寝室へ向かった。
「王様、お仕事お疲れさまでした」
きらびやかな純白のドレスに包まれたハガネがオレを出迎えてくれた。
「王妃様、素敵なドレスだね」
ハガネはその場で一回転した。
うん、どっから見ても素敵だよ。
「シザーがね、お披露目が鎧だったからってドレスを一生懸命作ってくれたんだ」
「……似合ってるぞ」
「ありがと」
ハガネは、ドレスを着て見せびらかしてくる。
「ドレスに負けない王妃様にならなきゃね」
ハガネは決意を新たにしていた。




