66 九十九神の眷属「イザベラ・リューリク」
アレクセイに扇動された騎士たちは、貴族居住区に進撃した際、無茶なことをしなかった。
抵抗した一部の貴族以外は血を流さずに捕縛。
全財産を没収し、着の身着のまま王都への荷馬車に乗せた。
輸送は、馬車自らに担ってもらう。
「小さな大工さん」である木工を司るカンナとキヅチが木製の馬車へ命じた。
「「九十九神カンナとキヅチだよ。
眷属の馬車、王都へ行け! 馬車はこけたらだめだよ」」
貴族たちを乗せた馬車は、御者が動かすより速いスピードで王都へ向かった。
さて、みんな捕縛したため人っ子一人いない貴族居住区。
石造りの豪勢な広い家など、ネコ族が住むには必要ない。
現在オレを慕ってくれている九十九神に石材のスペシャリストはいないため、ここはドーンと破壊することにする。
「頼むぞ、クリーム」
オレは、聖剣バルムンクの異名を持つクリームヒルト・グラムへ声をかけた。
ニヤリと笑い、宙へ飛ぶクリーム。
華麗に空を舞い、ヒト型から剣型へと姿を変えた。
全くもってそんな必要はないのでただの演出だろう。
――ユーリ様のメインウェポン、九十九神筆頭、聖剣クリームヒルト・グラム推参!
「気合十分だな」
――最近、ユーリ様が握ってくれなくて寂しかったんです。
「悪かったよ」
クリームは【竜殺し(ドラゴンスレイヤー)】の名を持つ聖剣であり、竜みたいな巨大な生物と真正面からのガチンコバトルをするのに特化していて屋内戦にはあまり向かない。
クリームを使うと家屋が破壊され、あっという間に屋内が屋外になってしまうからだ。
「じゃあ、今日は思いっきり暴れろよ」
――ああ、ありがとうございます。戦士相手でないのが残念ですが、私の全出力を持って貴族居住区を平たんな更地にしてご覧入れましょう。
「みんな、下がっていろよ。
オレもフルパワーで聖剣を振るったことなんて一度もないからな」
安全圏までみなを下がらせた。
オレは身体を屈伸などしてウォームアップし力を蓄えた。
身体が温まったのを感じた後、跳躍し、全身全霊でもって眼前の石造りの貴族居住区へ聖剣を振るった。
「はあああああああああ!」
――【暴風刃】!
一刃の風が石造りの建物をスパスパと切断した後、竜巻を巻き起こした。
あたりの建築資材は根こそぎ地面からはぎ取られ竜巻の中でミキシングされ破片となり宙を舞った。
破片は遥か彼方まで飛ばされ、あたりには広大かつ平たんな更地が残された。
「キレイな更地だな」
――ふう、全力を出すのは気持ちがいいですね。
避難したネコ族達や降伏した騎士たちは、あっという間に建物が更地と化したことにあっけに取られぽかんとしていた。
カンナとキヅチが騎士やネコ族達の前に現れた。
「ふふふ、ユーリ様とクリーム様は凄いんだ」
「「は、ははあ!」」
ネコ族達と騎士たちが平伏した。
「カンナとキヅチも凄い」
「凄いんだよ」
二人ともふんぞり返っている。
カンナとキヅチは亜人や人間相手だと物凄い威張るのだ。
「あ、あの二人とも、騎士たちに何か伝えることがあるのではないですか?」
いつの間にか二人のお目付け役的なポジションが板についてきたリカルドが話をスムーズにするため、カンナ達を誘導した。
「あ、そうだった」
「そうだった」
二人は息を吸い込み、伝えた。
「ネコ族の家を作るよ、いえーい」
「作る―、いえーい」
カンナとキヅチが騎士たちに呼びかけた。
「私たち、がんばるから騎士たちもネコ族の家作るの手伝うんだよ」
「ネコも騎士もみんな仲間だからね」
カンナとキヅチが手を上げると、大量の木材が集まってきた。
「「な、なんだこれは」」
騎士たちは驚いていた。
「家の材料だよ、ネコ族の村からお引越ししてきたの」
「ふふ、みんないい子。
迷わずにちゃんとついてきたね」
カンナとキヅチの誉め言葉に、木材たちは身体を震わせた。
嬉しがっているみたい。
「よし、組み立て開始!」
「開始!」
わらわらと木材や資材が空を飛び、あっという間に家々が作られていく。
ネコ族は慣れたもので、組み立てられて行く家の内装の手伝いをカンナとキヅチの指示の元行っている。
内装は布類が多いためシザーも張り切って仕事をしていた。
「ユーリ様、王国全土に送るメッセージの草案、見ていただけますでしょうか」
アレクセイがオレの元へ来た。
だいぶ遠くまでしか近づかないけど。
「ハガネ、受け取ってきて」
「うん」
ハガネはアレクセイからメッセージを受け取りオレへ渡した。
ハガネに伝書鳩のまねごとをさせなきゃいけないのも、オレが持つ【生きているだけで殺したくなる程嫌われる】スキルのせいだ。
ハガネから草案を受け取りさっと目を通す。
【貴族制度の廃止・財産全没収、獣人奴隷の解放、人民の受け入れ、義勇兵の募集】
この内容を王国全土に送付し、独立国建国を宣言する。
王国の為政者としてはすべて受け入れられない内容だろうが、獣人・農奴にとっては十分反乱に加担するに足る理由となるはずだ。
一度この国のすべてを、オレがぶち壊す。
その後は、人間、亜人、獣人が手を取って、新たな体制を構築すればいい。
理想論かもしれないけどな。
「アレクセイ、この内容で構わない。
クリームにでも伝えて王国全土にメッセージを発してくれ」
「かしこまりました」
アレクセイは、礼をした。
急に、ハガネが身体を震わせた。
「ユーリ。
今、ブリュンヒルデ様から連絡があってね。
イザベラの体調だいぶ戻ってるみたいなんだ」
イザベラか。
命はとりとめたって言っていたけど。
「私は会いに行くけど、ユーリはどうする?
忙しい?」
たぶんすることは山のようにある。
「行こう、オレも心配だったんだ」
「うん、イザベラも喜ぶよ」
☆★
イザベラの側には、ブリュンヒルデが控えていた。
大きく回復の魔法陣を書き、その上にイザベラは座っていた。
クリームかブリュンヒルデ以外はあまり魔法を使えないため、ブリュンヒルデが魔法陣の管理のために残ってくれていた。
「ユーリ様」
椅子に座ってオレの到着を待っていたであろうイザベラは義理堅く立とうとしたが、ハガネが駆け寄ってそれを制してゆっくりともう一度座らせた。
「イザベラ、無理しないでね。
ユーリは座ってても許してくれるから。
椅子の上のまんまでいいんだよ?」
ハガネは立とうとして腰をあげたイザベラの支えとなって座るのを手伝っていた。
「ありがとうございます、ハガネ様」
イザベラはゆっくりと座る。
オレは、イザベラの顔も見れたしもう出ようかな。
昔から人間とは長く話せたことがない。
まあ、イザベラは半獣なんだけどさ。
「じゃあ、イザベラの顔も見れたし帰るよ」
「あ……うん」
ハガネは、引き留めようとしたけどオレのスキルのことが思い当って引き留めるのをやめたって感じだな。
ハガネは顔に出やすいからすぐわかる。
「もう少しだけ、話をしていただけませんか。
ユーリ様」
イザベラがオレを引き留めた。
「オレのスキルの効果わかってるだろ?」
「私は、半獣ですからね。
人間よりは少しだけ平気なんです」
イザベラは微笑みを浮かべていた。
オレはこんなふうに笑うイザベラの顔を見たことがなかった。
そして、こうも思う。
オレは、イザベラにちゃんと向き合ったことがあっただろうか。
婚約者であったときよりもネコ族の村に来てからの方が、イザベラときちんと話をした気がする。
それほどまでにオレとイザベラの婚約は空虚なものであったのだ。
オレは会話の始め方がわからず、椅子に座ったイザベラを眺めていた。
まだ体調が万全でないだろうに、オレと会うためなのか、イザベラはかっちりとしたコルセットドレスを着ている。
髪も整え口には紅も引いて、きちんとした装いをしていた。
ネコ族の村に若者たちといた時は、ネコ族が着る体のラインの良く出る薄手の服を着ていたが。
「今日はドレスなんだな」
「……貴族であった半獣の私。
どちらも私なんです。
ほら、手袋はしていませんし、耳も隠していません」
イザベラの耳は髪をかき分けてピンと立っているし、オレの方に向けた手には可愛らしい肉球がついている。
「私はこの服と、この耳で生きていくんです」
育ちがいいため姿勢のいいイザベラをオレは美しいと思った。
「ユーリ様、プリシラを引き取ることにしました」
「そうか」
「フィトがいない今、半獣のプリシラには誰も引き取り手はありませんでした」
フィトの名前を口に出すときに少し表情が曇ったが、イザベラは声色は変えず話を続けた。
「それに、私はあの子の気持ちがわかりますから」
イザベラの口調に決意が込められているのを感じた。
「……オレが居場所をつくるから」
「ユーリ様」
「もう少しだけ、騒がしくするのを許してくれ。
プリシラとイザベラが笑って暮らせる世界をオレが作って見せるから」
オレはイザベラに想いを伝えた。
「……では、そのために私も出来ることをしなければなりませんね」
イザベラが立ち上がった。
少し、よろめいたが駆け寄ってくるハガネを手で制して自分の足でしっかりと立った。
「九十九神の眷属として、ユーリ様の傍らに立つハガネ様を支えていきます」
イザベラはハガネの側にひざまづいた。
「それがハガネ様に命を救われた、これからの私の生き方ですから」
「いや、私にそんなにかしこまられると困るんだよ。
イザベラとは、友達になりたかったんだから」
ハガネは腰を落としてイザベラと目線を合わせた。
「ハガネ様は、ほんっとに可愛らしいお方ですね」
イザベラはぎゅっとハガネを抱きしめた。
「え? え、何?」
「私は、ハガネ様の味方ですからね」
「う、うん。
良くわからないけど、ありがとうイザベラ」
二人はぎゅっと抱きしめあっていた。
抱き合ったまま、イザベラはオレを見つめた。
「ユーリ様、ハガネ様をきちんと見てあげてくださいね」
「え? ……うん」
「想いを寄せる人が、自分のことを見ていないって知るのは……とても辛いものなのですよ」
イザベラは、笑いながら話していた。
「どういう意味だ?」
「……ユーリ様、あなたにだけは教えてあげません」
イザベラは、ニヤッといたずらっ子のように笑っていた。




