64 古代妖精と賢者の石
オレは手元のハガネと小声で話していた。
『チッ』という声がアリシアとブリュンヒルデのほうから聞こえてきたけど気のせいだな。
オレを翻弄したスピードを持つ魔剣ブリュンヒルデを装備したアリシアでも避けきれない矢か。
「スピード負けするなんてらしくないな、ブリュンヒルデ」
――言い訳はしませんわ。
「私が悪いんです、ブリュンヒルデさまの足を引っ張ってる」
アリシアが悔しそうに言った。
アリシアは剣を握ったばかり。
戦士としての力も、アリシアとブリュンヒルデの魂の結び付きも未熟なのだ。
ブリュンヒルデはヒト型に戻ると、アリシアの手を握った。
「アリシア。
戦士は一朝一夕に育たぬもの。
アリシアはこれから育っていく兵士ですから、あとは歴戦の戦士にお任せして、たくましい背中でも一緒に見ましょう。
アリシア、一緒に強くなってくださいますか?」
「……もちろんです、ブリュンヒルデさま」
ブリュンヒルデは黒傘を畳むと、アリシアの隣に座った。
そばに居てあげるという意思表示だろうか。
アリシアはブリュンヒルデに寄りかかり、零れようとした涙をすぐに拭った。
「こういう時は、涙をすぐに拭うんだな」
アリシアはすぐに泣き顔をやめ、オレに答えた。
「男を落とすための涙以外、流さないと決めてますから」
……平気でぶりッ子するアリシアは、実はかっこいい系の女の子なんだね。
さてと、ルタの身体を守るため領主ヨシフの身は諦めるか。
【隷属紋】の効果でイゾルデが操作されているなら、契約者である領主ヨシフを殺せばいい。
「後はお任せいたします。王国最強の戦士、ユーリ・ストロガノフ様」
「よくやってくれた。
後は任せろ」
オレはアリシアとブリュンヒルデを笑顔でねぎらうと、ハガネに声をかけた。
「全速前進しろ、ハガネ!」
――うん。
オレは力いっぱい跳躍すると、ハガネを握り込み背中から2対の黒翼を生やした。
最近はオレも翼の扱いに慣れてきてうまく飛べるようになってきた。
オレの全力で前進しようとする意思がハガネに伝わり、ハガネがそれに答えてくれる。
通常の矢を超えるスピードで飛翔し、オレはルタと領主に迫った。
「殺せえええええ!」
領主ヨシフの命で、突っ込んでくるオレに目掛けてイゾルデは矢を放った。
ヨシフまであと十数歩の距離といったところで、勢いを殺さずに地面に足をつけ勢いよく踏み込んだ。
「食らうかよッ!」
強く踏み込んだ勢いで前方へ飛び、突っ込んでくる矢とイゾルデたちを飛び越えて交わし、イゾルデの後ろに潜むヨシフを斬りつけようとハガネを振るう。
イゾルデに憑依され、全身を操られているルタは全速力でヨシフに接近し、身を挺してヨシフをかばった。
オレは剣をとめ、後ろに下がった。
一度交わした矢が反転してオレに追撃してくるが、かわすのが面倒で切り刻んだ。
さすがにある程度まで小さくなると矢として認識されないらしい。破片がパラパラと地に落ちた。
イゾルデが憑依するルタは、自分の安全など構わずヨシフを守るよう隷属させられていた。
「ひははははは!」
領主ヨシフは渇いた笑いを響かせた。
「ワシを殺したくば、ルタとイゾルデを粉みじんにしてからするんだなあ。
ユーリ・ストロガノフよ、お前にはできまい?
蛇蝎のごとく嫌われながらも、想い人ソフィアを守り続けたお前みたいな甘ちゃんにはなあ」
ああ、そういえばコイツの長男とソフィアが結婚するんだったっけ。
オレは、息子グリゴリーを貫いた硬貨をヨシフの手前に置いた。
「お前の息子が持っていた硬貨だ。
形見として受け取れ」
領主ヨシフは顔を震わせた。
「グリゴリーが死んだのか?」
オレは頷く。
「グリゴリーと騎士ともども皆殺しにしたからまだ情報がお前のところに来てないんだな。
情報がアンタに行ってないお陰で楽勝で城に入り込めたんだけどな」
領主ヨシフは大粒の涙をこぼした。
「貴様ああああああああ」
こんなクソでも自分の子の命は大事か。
オレは、ゆっくりとルタと領主に近づく。
「や、やめろ。ワシを殺そうとしてもルタがワシを守るぞ」
「めんどくさいんだよ、ルタもイゾルデもまとめて斬り倒せばいいだけだろうがッ!」
オレの脅しに領主ヨシフはあとずさり、ルタの陰に隠れた。
「や、やめろ! ルタにはな、体内に【魔導球】と呼ばれる魔道具を仕込んであるんだ。
ワシの魔力でも発動するし、物理衝撃でも発動する」
領主ヨシフはニターっと笑った。
「……魔道具か」
「そうだ、魔道具だ! どうだ、これでお前はルタにもワシにも手出しできまい!」
オレはハガネを地面に置いた。
「そういうことなら、剣で斬るのはよそう」
オレはハガネを地面に置いて、両手を上げた。
ヨシフはほっと安心している様だ。
びくびくしながら剣型のハガネを拾い、振り回した。
「ひひひひ、ワシがこの剣で斬りつけて殺してやろうか」
「……できれば、その【魔導球】とかいう魔道具について教えてくれないか」
「そうだな、ユーリ。
どうせお前はすぐに死ぬんだ。教えてやろう」
ヨシフは上機嫌で教えてくれた。
「ルタの体内に仕込んだ【魔導球】はな、魔法使いロランがグリゴリーに送り付けたものなんだ。
これがもう便利な道具でな、魔法を威力そのままこの【魔導球】に詰めることができる」
ヨシフは楽しそうに笑った。
「部下の魔法使いに土魔法の【岩石積】を詰めさせ、魔法のつまった【魔導球】をルタに飲ませた。
それからはワシのいうことをちっとも聞かなかったイゾルデも従順になってなあ。
自ら魔力を抑え、イゾルデの背中に【隷属紋】を彫らせてくれた。
ただのエルフならいざ知らず、ルタと姉のアイシャは【古代妖精】。
そして、イゾルデはその守り神。
ワシの言うことを聞かなくてもおいそれと殺すわけにもいかずほとほと困っておったのだ。
それがこの魔導球をルタに飲ませた途端、ルタの姉のアイシャなぞ、妹のためにと命まで投げ出しおった」
ヨシフはオレに自分の右手に握りしめた赤い宝石のような石を見せびらかした。
「ほれ、見ろ。
この透き通る赤、きれいじゃろ。
さすが【賢者の石】とまで言われる魔石の最高峰じゃ。
【古代妖精】の死体からすぐに取り出し、定められた秘法で精錬しなければ【賢者の石】とは呼べん。
ワシが作った最高傑作じゃ……ワシは魔力にも、スキルにも恵まれなかったが、この【賢者の石】とルタとイゾルデがいれば……フフフ、この国もワシのモノかのう」
「そんな石ころのために、アイシャを殺し、ルタとイゾルデを傷つけたのか」
オレは領主ヨシフを睨み付けた。
ルタもイゾルデもアイシャもお前が弄んでいいコレクションじゃないんだ。
「なんだ、その目は!
丸腰の戦士が何ができるって言うんだ」
「……オレにスキルは一つしかない。
剣を振るう以外にオレにできるのはこれだけなんだ」
オレは右手を領主ヨシフに向けた。
「九十九神よ、眷属たる賢者の石よ。
オレの元へ来い」
賢者の石はオレの元へ飛んで来た。
「ん、なんじゃと!」
「ほら、見ろ。
偉そうに自慢していたが、ただの道具だ」
オレは賢者の石を領主ヨシフに見せた。
「これがなきゃ、ルタとイゾルデを制御できないんだろう?」
「ち、チクショウ、ま、まだわしには魔導球が……」
領主が魔導球を作動させるより速く、オレは命令を下す。
「九十九神よ、ルタの身体にある魔導球よ。
魔法を決して発動させるな。
ルタの体外に出ろ」
黄色の魔導球は、ルタの口から外に出た。
「ち、ちくしょう、作動しろ!
【岩石積】!
なんで魔法が作動しない! 作動しろおおおお!」
領主ヨシフは大口を開けて叫んだ。
「魔導球よ、大口を開けた男へ飛び込め」
言われたとおりに魔導球はヨシフの口の中へ飛び込んだ。
「へ……あ……」
慌てて口を塞ぐが、既に魔導球は体内に入ってしまっている。
「魔法の発動を禁じて悪かったな、ヨシフ。魔導球。
オレが許す、魔法を発動していいぞ」
領主ヨシフは恐怖に震えた。
「や、やめ……」
「オレの使えるスキルは【九十九神】ただ一つ。
全ての無生物を支配する、だ。
魔導球のことをペラペラ話した時点で、お前は負けてたんだよ」
ドドドドドド、とヨシフの体の内部から音がする。
「ヒギャアア!」
魔導球に込められた魔法が作動し、体内からヨシフの体内を食い破ると、真っ赤に濡れた岩石が積み上がった。
「良かったな、ヨシフ・ガガーリン。
お前の墓標は、お前の血で赤に染まっているぞ」




