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60 領主の間での攻防

 ガガーリン侯爵家に真夜中を告げる鐘が鳴ると、石畳を踏みしめる無数の音が響き渡った。

 鐘を待ちわびていたネコ族が力一杯に咆哮しながら場内へ潜入したのだろう。

 ここまでは計画通り。


「クリームが城門を開いてくれたみたいだな」


 オレはハガネに話しかけた。

 侯爵家の城門と言えど、木と鉄でできている。

 鉄であれば、クリームの眷属であるし、木であればカンナとハガネの眷属だ。

 命じるだけで城門は開く。

 その後、ネコ族が内部の騎士たちを蹂躙するという筋書きだ。


「あの一番大きい鳴き声はレナトだね。

 張り切ってたもんね」


 ハガネはニヤッと口角を上げて笑う。

 優しい気持ちを持ったハガネだが、どうしても武器である性質たちには逆らえず気持ちが高ぶっているらしく、赤い瞳がうるんで頬が紅潮している。

 

 月夜に照らされたハガネの横顔の美しさに、オレは見とれていた。


「ユーリ、クリーム様から連絡が来たよ。

 『我ら突入に成功せり』だって」

「あ、ああ」


 ハガネがオレの顔を覗き込んだ。


「ぼーっとしてどうしたの?」

「……オレの装備とほとんど同じなのに、可愛いよな、シザーが作ってくれた装備」


 ハガネの装備はオレの鎧姿をモチーフにしているが、シザーがところどころ凝った意匠で飾り付けていてハガネの少女らしい可憐さに華を添えていた。


「ふふ。見とれたんだね、ユーリ」


 ハガネは一回転してオレに鎧姿を見せつけた。

 ズボンじゃなくてスカートだったり、太ももが割と見えてたりオレの装備より女の子らしいんだからあんまり激しく動かないほうがいいと思うけどな。

 目のやり場に困る。


「ねえ、ユーリ。

 私、政治のことはあまりわからないんだけど、ネコ族に参戦させて良かったのかな」


 ハガネは不安そうにオレに尋ねた。


 オレは最低限の流血ですませるためごく少数での領主暗殺を主張したが、ネコ族の反乱を強く印象付けた方がいいというクリーム、アレクセイ両名の進言に従い、ネコ族を襲撃に参加させることにした。

 

 暗殺では民意が得られないというアレクセイの主張だ。

 オレは領主の城攻略という観点から暗殺を主張したんだが、アレクセイはロシヤという国を転覆させる絵を描き切っており、クリームがそれに諸手をあげて賛成したのだ。


 ロシヤは貴族を頂点とし、その次に農奴等平民、その下に獣人、亜人の類いという強固な身分階層性ヒエラルキーを堅持している。

 アレクセイは、獣人がロシヤに反乱することが『農奴にとってメリットがある』と理解させることが重要だと説いた。


 なぜ、身分制が世界から無くならないかという答えでもあるのだが――農奴、獣人は決して手を組んで反乱など起こさないよう、互いに憎みあうことを為政者から決定づけられていて互いに没交渉である。


 勇者パーティーだった時、付き合いで出席した晩餐会で出会った貴族が平民の出で学のないオレに自慢気に話していたことを思い出していた。

 互いに農奴と獣人を憎み合わせ、貴族へ目が向かないようにする【分断統治】という帝王学の優れた統治手法なんだと、誇らしげに語ってくれた。


 反吐が出る程、オレはその話が嫌いだったので逆に覚えていた。


 ただ、今となっては感謝しなければならないな。

 貴族が教えてくれた【分断統治】の逆――農奴と獣人の結託を、為政者は嫌がるのだと教えてくれたのだから。


 さて、獣人達の咆哮と剣戟の音が絶えず聞こえている中、いつまでもハガネに見とれているわけにも行かない。


「ハガネ、この城の中に九十九神がいるのは間違いないんだな?」


 ハガネは力強くうなずく。


「クリーム様も、ブリュンヒルデ様もこの城にいることまでは確認できたみたい。

 でも、ブリュンヒルデ様をもってしても細かい場所がわからないみたいだし、アレクセイの言う通り、魔法をかけられた隠し部屋があるのは間違いないみたいだよ」


 じゃあ、予定通りのシナリオでもって領主自身に開けてもらうとしようか。


「行くぞ」


 ハガネはあっという間に剣型へ戻った。


――本当に私、鞘に入ってていいんだよね?


 背丈ほどある両手剣となったハガネは不安そうにオレの周りをフワフワと漂いながら尋ねた。

 ハガネを持つと黒翼が生えて魔族の疑いをかけられ対話が難しくなるからね。

 

「大丈夫だ、危なくなったらすぐに呼ぶ」


――頑張ってね、ユーリ。


 ハガネはいそいそとオレの背中の鞘に納まった。

 ハガネに元気が出る応援をもらったからオレは大丈夫だよ。

 やり遂げて見せるさ。

 

 オレは両の手に何も持たず、領主の間の扉を開いた。

 

「「何奴!」」


 扉の開閉の音に気づき領主の場にいる全員がオレを見た。


 人間の戦士が5人、獣人が3人と領主。


「反逆者ってことになると思う。

 ヨシフ・ガガーリン、アンタの返答次第だけど」


 オレは領主を呼び捨てにした。


「曲者が!

 お前たち、ヨシフ様をお守りしろ!」


 人間の中でリーダーらしき貫禄の太った男が獣人達に命令をした。

 獣人達は領主をかばうように前に出た。

 その時、ひときわ大きな咆哮が轟いた。

 ……レナト、気合十分じゃないか。


「この声が聞こえるか、新しいネコ族の族長レナトの咆哮だ。

 オレと同じ若輩者だが、ネコ族の村を襲撃されたため、立ち上がった」


 獣人達は、表情に驚きを浮かべた。


「何があった?

 オレはネコ族だ、村が襲撃されただと!」


 ネコ族と名乗った男は領主につかみかかろうとしたが、数歩歩いたところで背中から光を発した後膝から崩れ落ちた。

 太った男が、手に魔石を握りしめていた。


「ぐあああああああ!」


 崩れ落ち痛みに苦しんでいるネコ族の男の顔面を、太った男が蹴りつけた。


「ぐうううう……」

「隷属紋か……」


 人間が獣人を隷属させるときの常とう手段。

 魔法陣を体表に彫り、反抗的な態度を取った時、耐え難い痛みを与え、支配するためのものだ。

 太った男が握っている魔石で発動させたのだろう。


「ヨシフ・ガガーリンッ!

 あんたは、オレが、オレ達が隷属するならば、獣人の村の安全は保障するって言ったな。

 アンタが村以外の場所で、獣人を狩っているのは泣く泣く見逃してきた。

 その犠牲で村の安寧が買えるならと、誇りを捨ててアンタにつき従ってきた報いが村への襲撃か!

 答えろ!」


 ネコ族の男の叫びが領主の間にこだまする。

 領主は、顎で太った男に合図をした。


「はははははは!

 獣人風情が、領主様に口答えするんじゃないよ」


 太った男は、ネコ族の男の顔面を――その誇りを踏みつけた。

 

 オレは太った男に近づいてハガネを抜き放ち、すぐに鞘に納刀した。


「へ……ギャアアアアアア!」


 太った男は頭から腰まで真っ二つになった。

 人を殺すのには躊躇するオレだが、魔物以下の存在であれば別段躊躇することなど無い。


「「貴様アアア!」


 戦士たちは後ずさりながらも武器を持ち構えた。


「自分の村の安全のために屈辱に耐えてきた男の誇りがわからないならば、オレが戦士として引導を渡してやる。

 死にたくなければ武器を置け!」


 戦士たちに、武器を納める様子はなかった。


「ハガネ!」


――わかった。


 ハガネはあっという間にヒト型となり眷属に命令した。


「我は九十九神、鎧の子らよ。

 戦士の誇りを忘れた恥ずべき主人を圧搾し、我の元へ参集せよ!」


 人間の男達は鎧に押しつぶされ断末魔の叫びを上げた。


「ウギャアアアアアアア!」


 鎧は人間たちをぺしゃんこにした後、ハガネの元へ集う。

 人間の戦士は死に絶え、領主と獣人だけがその場に残った。


「……わ、私を誰だと思っている。侯爵ヨシフ・ガガーリンであるぞ」


 侯爵は椅子に座ったまま、威厳を保とうとしているようだ。


「だから、何なんだ?」


 オレは右手を前に出し命令を下す。


「九十九神シザー、力を貸せ。

 眷属たる衣服よ、真綿のようにヨシフ・ガガーリンを締め上げろ」


 衣服が領主ヨシフ・ガガーリンを徐々に締め上げていく。


「な、なんだこれは、服がまとわりつく!」


 ヨシフは、ゆっくりと自分に迫ってくる服に怯えていた。


「戦士の誇りを汚したお前に残す誇りなどありはしない。

 自分の命を守りたくば、全て脱ぎ捨て無様に逃走しろ!」

「ち、ちくしょおおおおおおおおおお!」


 ヨシフは背に腹は代えられないとばかりに全ての服を脱ぎ捨て、領主の椅子の後ろをなにやら操作した。

 すると、椅子の後ろの壁面が光り出し、隠し通路の入り口となった。

 領主が隠し通路に飛び込むと、入り口は塞がった。


「ははは、役者が踊ってくれたな。

 隠し通路はそこか」

「ユーリ様!」


 獣化したレナトが領主の間へ駆けつけ、オレを見つけて獣化を解くと、4つ足から2足歩行へ戻った。


「レナト、早かったな」

「領主はどこに」


 レナトがあたりを見渡す。


「領主はオレが追う。

 それより、そこのネコ族の男、知り合いじゃないのか?」


 レナトはオレが示したネコ族の男を見た。


「ダリオ様!」

「レナト、レナトか!」


 レナトはダリオの元へ駆け寄ると、ダリオの背中に刻まれた隷属紋を見て奥歯を噛み締めた。


「隷属紋! 畜生!」


「すまない、領主の子飼いになっていた私はお前に何と詫びればいいかわからない」


 ダリオは、レナトに膝をついて謝った。


「ユーリ様!」


 別動隊のアリシアが領主の間に獣人の子どもたちを連れて現れた。


「どうだ、初陣は?」


 オレはアリシアに尋ねた。


「……これが、戦なんですね。

 騎士たちを手にかけた感触がまだ残っています」


 アリシアは自分の手を見ると、オレに抱きついてきた。


「アリシア」

「……ユーリ様。魔剣を握り、命を奪うことが怖くてたまりません……」


 アリシアはすぐに大粒の涙を流した。


「ユーリ様、私怖いの!

 命を奪うたびに心が壊れてしまいそうで……」

「アリシア」


 オレは同じく魔剣を握った身として、心が壊れていく感覚がわかる。

 アリシアも怖かったのだな。

 オレは、震えるアリシアを強く抱きしめた。

 アリシアはオレの顔に両手で触れ、唇を奪おうとした。


「はい、そこまでよ」


 いつの間にか人型に戻ったブリュンヒルデがアリシアをひっぺがした。


「何するんですか、ブリュンヒルデ様。

 キスまであともう少しだったのに」


 アリシアはブリュンヒルデに元気よく抗議をした。

 それを無視して、ブリュンヒルデはオレに耳打ちした。


「ユーリ様、アリシアの魔剣使いの才能はとんでもないですわ。

 動きも俊敏ですし、何より人を殺しても露ほどにも良心の痛みを感じていないようです」

「え? でも、さっき怖がっていたよ?」


 アリシアを見れば、今はとても元気なように見える。


「ユーリ様の気を引くための演技だったのでしょう。

 アリシアであれば、私を振り続けても心が壊れなくて済むかもしれませんわ」

「……大した女だなあ、全く」


 今、アリシアは子ども達と話していてその目は穏やかだ。

 その穏やかな目までウソではないだろう。

 ただ、手段を選ばないってだけで。

 

 とはいえ、コロッと騙されて抱きしめてしまったオレも反省したほうがいいな。

 

「さ、恥ずかしがってないでお父さんと話しておいで」

「お父さん!」


 アリシアに促された獣人の子ども達は、獣人たちの元へ駆け寄った。


「お前たち、生きていたんだな……」


 親子は再会を喜び合い、涙していた。

 レナトがダリオに涙を浮かべて話しかけた。


「ダリオ様。私があなたの立場でも、きっと同じことをします。

 だから、自分を責めないでください」


 獣人達を救えたことに安堵しながら、オレは領主の元へ急いだ。

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