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59 ノブドグラード城夜襲

三人称で始まります。


 獣人の咆哮が闇夜を切り裂いた。

 

「何者だッ!」

「獣人が反乱だと!」


 咆哮に反応した騎士たちが眠い目をこすりながら周囲を哨戒する。

 人っ子一人発見できないが、獣人たちの咆哮は止むことなく続いていた。

 

 突然の咆哮、奇襲にも関わらず騎士たちの反応は鈍かった。

 侯爵家たるガガーリン家に面と向かって反旗を翻すものなど、今まで存在しなかった。

 大方金に困った夜盗だろうとタカをくくり、もう一度寝直す騎士すらいた。

 

 生真面目に警戒している騎士たちにも大した危機感はない。

 哨戒の途中、見つかれば捕まえればいいし、取り逃がしたとて多少の金品を奪われるだけ――内心そう思っているからだ。


 中庭には騎士たちが集まり、部隊長が指示をしていた。


「この鳴き声はネコ族か!

 夜目が利くことだけ気を付ければいいだろう。

 たいまつを持て。

 奴らは魔法が使えないから、正攻法で集団であたることだけ意識すれば被害は軽微で済む。

 集団で事に当たれ、散開せよ!」

「「了解しました!」」


 全身鎧の騎士たちの訓練された返答。

 ただ、その後散開して松明を準備しに行く様は到底訓練したものとは思えない。

 漫然と儀礼的な訓練を繰り返しているだけの騎士たちに夜襲への備えなどありはしない。

 

 騎士階級の生まれで昇進が約束されている部隊長の指示は的確なものであったが、一つだけ過ちを犯していた。

 部下たちに集団で事にあたるよう指示を与えながら、単独でその場に立っていたのだ。


「ヨシフ・ガガーリンは寝室にいるか?」


 いつのまにか中庭に現れた金髪碧眼の美丈夫が部隊長に質問した。


 プレートメイルに具足と籠手。肩周りの装甲などは装備していない。

 ガガーリン家の騎士たちは全身鎧を基本としているから普段であれば不審がられる格好だが、夜襲を受けている状況であれば装備もそこそこに駆けつけたのだろうと部隊長は理解した。


 月明かりで顔の判別が利かないため、部下の一人と部隊長は判断し自分が把握している情報を共有した。


「さきほどまで何やら書き物をしておられたから、今は広間にいらっしゃるとは思うが……」

「そうか、ありがとう」

「おい、どこに行く」


 金髪碧眼の男は部隊長の前を通り過ぎ、広間を目指す。

 広間へ向かうことを不審に思ったが、それよりも男の体から絨毯に落ちた黒い羽根に目が行った。


「黒い羽根? ……止まれ! お前、魔族か!」


 足を止めた金髪碧眼の男には、背中から二対の黒い羽根が生えていた。

 呼び止められた男は握っていた剣を絨毯の上に優しく置き、部隊長へ話しかけた。


「ははは、オレのどこが魔族だって言うんだ。

 背中に黒い羽根でも生えてるって言うのか」


 男は部隊長に背中を見せつけた。

 部隊長は警戒しながら近づき、男の背を注意深く見ていたが、黒い羽根は見当たらなかった。


「……私の見間違いか。

 ただ、怪しい奴を領主様に近づけるわけにはいかない。

 こちらに来てもらおうか」


 部隊長は男へ近づく。


「……ハガネ」


 男は愛おしそうに絨毯の上の剣に話しかけた。

 すると、剣は光を発しらせんを描いて人の体をかたちどった。


「な、何だとぉ!」


 部隊長は剣が人型となったことに驚き、悲鳴を上げた。

 

 剣となった人型は、その持ち主である金髪碧眼の男と同じ真銀のプレートメイルを身に着けていたが、背は低く体は華奢であるが胸部は膨らんでおり、鎧姿でも美しい体のラインをしていることが見てとれた。


 透けるような白い肌に腰あたりまで伸ばした銀の髪。

 赤い瞳は宝石のように輝いていた。

 どこか人間離れした容姿が月明かりに映えて妖しい魅力を放っていた。


「お、女? 剣が人になるだと? ば、化け物め!」


 人型をとった剣である少女は、頬を膨らませ不満を募らせているようだ。


「……あなたには恨みはなかったんだけど、化け物って言われたから少しだけ強めにいくよ」


 少女は眠たげだった目を見開きふわりと宙に浮かんだ。

 右手を鎧へ向け、響く低い声で命令を発した。


「宙に浮くだと……やはり、魔族か!」

「我は【九十九神】。

 鎧よ。

 我に力を貸し、その男を圧迫せよ!」


 途端に部隊長の着込んだ全身鎧が部隊長に張り付き、全身を締め上げた。


「ぐぁあああああああ」


 部隊長は鎧の圧迫に耐えられず気を失った。


「魔族でも化け物でもなくて、私は神様なんだけどな」

「お疲れ様、ハガネ」


 ハガネと呼ばれた銀髪赤眼の少女は、めいっぱいの笑顔を浮かべた。


「ユーリ。

 クリーム様に位置を【共鳴】で連絡しておくね」


 少女は、体を震わせ振動を生み出すとその振動を外に放った。

 空気がわずかに揺れた。

 少しのち、また少女は身体を震わせた。


「あ、ユーリ。

 クリーム様から【共鳴】があったよ。アリシアの方も上手くいってるみたい」

 

 ☆★


 私は魔剣ブリュンヒルデ・ダーインスレイブ。

 聖剣、魔剣の類いはあまたございますが、最も人殺しに特化した【暗殺者の剣】とも呼ばれる魔剣でございます。


 九十九神を統べる当代、ユーリ・ストロガノフ様の愛剣としてご寵愛をいただくには、私はあまりにも禍々(まがまが)しく、ひっそりと想い慕うユーリ様の清廉なる魂とは相容れない事に、私は打ちひしがれておりました。

 ユーリ様が私を握り、剣を振るいなさるとユーリ様の精神を壊してしまう。


 ああ、生まれ変わるならハガネになりたい。

 無銘の一刀ではございますが、ユーリ様と長年連れ添い、愛剣の座を可愛らしい笑顔で堅持する素敵な私の妹。

 

 ですが、自分の性質たちを恨み、そのために一生を費やすほど、魔剣たる私は無価値ではございません。

 

 愛する主人に側仕えできないのでしたら、私は武器らしくあなたの覇道を成し遂げるために立ちはだかる路傍の小石を打ち払いましょう。

 届かない想いであっても、持ち続けることは自由でございますから。


 そのようなことを想いながら、屋根に天井に、時には地下に忍びましてユーリ様を警護していますと、ユーリ様から特別な命をいただきました。


 領主ガガーリン家の居城たるノブドグラードを襲撃するにあたり、別動隊を務めよとの命をいただき、私は責任感に打ち震えておりました。

 

 側仕えでなくとも、ユーリ様と並び立つ道はあるのです。

 作戦成功を目指し、私を持つ適性のある者はいないかと私は使い手を探しました。


 聖剣の使い手は一朝一夕には育たないもの。

 適性のあるものがいなければ、誰か適当なものに憑依して支配下に置き、私がヒトを操作するしかないかと思い悩んでいましたところ、ネコ娘アリシアが進んで手を上げました。


 試しに私を使わせてみましたところ、思ったより筋が良く使い手として契約を交わしノブドグラードへ忍び込みました。

 

 夜目の利くネコ族はもとより偵察・暗殺に優れておりますが、アリシアの肢体は柔らかく、私の要求にも軽々と答えてくれました。

 念のため、憑依できるようアリシアの四肢と接続しておりますが、もはや不要かもしれません。


 まさかこのネコ娘にこんなに適性があるなんて思いませんでしたわ。

 私がヒト型でありましたら、思わず笑みを浮かべていたことでしょう。

 目の前に広がる血の海に私は興奮しておりました。

 

 私を装備したネコ娘――アリシアの容赦のないひと振りが、騎士を次々と物言わぬ置物へと変えていきました。

 

 ああ、私はどうしても戦場いくさばが好きなのです。

 血の噴き出るさまを見たいと思ってしまうのです。


「鉄サビの匂い、な、何が起こった! おい生存者はいないか!」


 哨戒の騎士は、血の匂いに呼び込まれ倒れた騎士たちに声をかけました。


「生存者なんていないよ」


 アリシアは冷たく騎士に言い放ちました。


「村を攻めた騎士たちに村の戦えぬ者達は助けてって言ったけど、聞いてくれなかった」


 アリシアの瞳は、闇夜に荒々しく光を放っています。

 ……私はあなたの激情に寄り添います。

 怒りのままに、けれど冷静に私を振るうのです。


「獣人か、覚悟しろ!」


 騎士はアリシアに斬りかかりますが、騎士の剣が振り下ろされるより速く、騎士の首筋から鮮血がほとばしります。

 

 私、魔剣でございますから目が合ったモノは基本的に皆殺しにしていたのですが、ユーリ様は優しいお方。

 「命乞いをしたものを殺すな」――私はあの方の騎士道を守りたいと思っております。


――アリシア。命乞いをしたものを殺してはなりませんわ。


「わかっています、ブリュンヒルデ様」


 アリシアは、私についた血を絨毯に勢いよく払うと、へたりこみ流血を続ける騎士へ問いかけました。


「何か言い残すことはある?」


 アリシアは猫なで声で騎士に聞きます。


 騎士は震えながら、アリシアに答えます。


「た、た、た、た……」


 騎士は助けてくれとでも言おうとしたのでしょうか。

 慌ててしまって二の句が継げないようです


「遅いよ」


 アリシアは騎士の首を突くと、私に話しかけました。


「あの騎士は命乞いをしていませんから、殺しました。

 さあ、ブリュンヒルデ様急ぎましょう。

 仲間が囚われています、こんなことに時間をかけている時間はありません」


 この娘とは仲良くできそうですね。


――ええ、急ぎましょう。こちらをさっさと終わらせて早くユーリ様へ会いに行きましょう。


「はい!」


 穢れのない笑顔を浮かべるアリシアのこと、私は少し好きになりました。

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