58 革命の旗を掲げろ
「色々思うこともあるかもしれないが、オレ達の戦いに随行してくれることになった。
領主ガガーリン家の偵察等を一手に担っていた人物だ。
少なくとも、アレクセイがいれば領主は攻略したも同然だ」
オレはアレクセイに前に出ろと指示をする。
前に出たアレクセイは細い目をほんの少しだけ開け、話し出した。
「オレは平民の出身です。
このロシヤでは農奴と呼ばれていますね。
オレは今騎士に準ずる扱いをしてもらっていますが……少し先に人間の村があります。
オレはそこで生まれ育ちました」
アレクセイは抑揚のない語り口で話を続けた。
「ユーリ様の出身であるナチャロの村みたいに、勇者を生む家系が住んでるわけではありません。
農奴なんてそりゃあもうひどい扱いでした。
もともと税が重いうえに徴税官がちょろまかすため勝手に上乗せするんです」
オレの村は比較的優遇されていたらしい。
ナチャロの村以外のことはわからないから知らなかったけど。
「オレは、オレの妻と子どもが守れればそれで良かったんです。
けれど……ユーリ様がナターリヤのところへ来ました。
ユーリ様は、人間も獣人たちも、九十九神もその他の種族も一緒に暮らしていける国を作るって言ってくれました」
アレクセイは目を見開いてオレに話してくれた。
「オレの妻、ナターリヤは雪女と呼ばれる妖です。
ヒトではありません」
ネコ族は驚いた。
雪女を娶って生きている人間など見たことがないのだろう。
「村では、雪女のナターリヤには誰も話しかけてくれないんです。
この前、ナターリヤはユーリ様と奥様が訪れた時のことを楽しそうに話してくれました。
ユーリ様が奥様と一緒に紅茶を飲みに訪れるのを心待ちにしているようでした」
アレクセイは目の前の地面をみた。
「いるんでしょう、青いドレスの奥様」
ブリュンヒルデは傘を回転させ、地面から飛び出してきた。
「うわああああああ」
オレは大声をあげたが、アレクセイは平然としていた。
ブリュンヒルデは土を払い、アレクセイに話しかけた。
「さすが暗部にいらっしゃったお方ですわ。
私は心音も足音もさせていませんのに」
「どのようにあなたの気配に気づいたのか。
手の内すべてを明かすわけにいきませんが、私とあなたは話が合いそうですね」
「ええ。
佇まいが似ていますわ。
ティーパーティーにユーリ様と訪れたときにでも詳しくお話ししましょうか」
ブリュンヒルデとアレクセイは仕事柄、気が合うようだ。
アレクセイはオレを見ると話を続けた。
「ナターリヤが奥様とのティパーティーを心待ちにしていたんです。
このロシヤでナターリヤの入れる冷たい紅茶を飲んでくれる人はそうそういませんからね。
だから、ユーリ様と共に歩みたいと思います」
アレクセイに握手を求めたいところだが、近づけないからな。
そんな様子をブリュンヒルデが察してくれたのか。
「うちの主人からの、喜びの気持ちです」
ブリュンヒルデは砂糖菓子をアレクセイに渡した。
「砂糖菓子ですか、しかも二つ」
ブリュンヒルデはしまったという顔をした。
「奥様とお子様の分でしたが、あなたの分もあげますね」
ブリュンヒルデがもう一つアレクセイに渡す。
「ありがとうございます。
ナターリヤとガブリールと一緒に食べます」
アレクセイが顔をほころばせた。
ブリュンヒルデはオレに腕を絡ませしなだれかかると、アレクセイに話しかけた。
「喜んでいただきありがとうございます。
お茶菓子のお礼ですよ」
オレはブリュンヒルデを払いのけた。
「もう……せっかく奥様扱いを楽しんでいましたのに」
ブリュンヒルデは不服そうだ。
「クリームヒルト、ハガネ!」
オレの言葉に従い、二人が姿を現した。
「この3人は、オレ達が誇る九十九神だ」
3人が整列し、ネコ族の拍手が鳴り響く。
「この3本の剣を持って、ロシヤに反逆する」
3人は剣へと変わった。オレの回りをふわふわと漂っている。
ネコ族達から「おおっ」と驚きの声があがる。
ヒト型と剣型を行き来できるなど、実際見てなければ信じられないだろう。
「オレとこの3本の剣を筆頭に領主の屋敷を攻略する。
その後、王都へ向かい獣人奴隷を解放するぞ」
オレの言葉にネコ族はざわついている。
レナトがネコ族を焚きつけた。
「何を憶する必要がある、領主に手を出せば王都から軍が派遣される。
領主に歯向かうということは、この国に反逆するってことだ。
それが怖いなら同胞の死を甘んじて受け止め、専守防衛に努めるほかない」
ネコ族達の目に闘志が宿る。
「このままでは、オレは同胞を弔えない。
何の罪もない子らを殺したガガーリン家の亡骸を、こいつらの墓前に供えてやるッ!
それに今まで虐げられてきた獣人奴隷を解放するチャンスだ。
オレ達と、ユーリ様たちなら必ず成し遂げられる!」
「「オオオオオオオオオオオ!」」
ネコ族達は目を血走らせ叫んだ。
「シザー準備はいいか」
「はいよ、ユーリ様!」
シザーから気合いの入ったいい返事をもらった。
「ハガネ!」
――はい!
オレの手にハガネが収まる。
握り込むと、途端に力が湧いて来る。
オレの背中から2対の黒翼が生え、オレは宙に浮かんだ。
「ユーリ様‼」
ネコ族達は平伏した。
――2対の黒翼、ユーリ様はネコ族達には救いの神に見えていることでしょう。
周りを漂うクリームが満足そうにつぶやく。
オレは、3人にだけ聞こえる声で話した。
「これから、もっとお前たちの力が必要となる。
オレ一人じゃ倒れそうなときが来るかもしれないけどオレを支えてくれよ」
――はい!
3人は元気のいい返事をくれた。
……ありがとう。
「九十九神よ。
我ら反逆者に力を貸し、ロシヤの白き大地を流血で染め上げろ‼」
ブリュンヒルデとクリームが左右に分かれロシヤ国旗を突き刺すと、オレは空高く飛び上がり強くにぎりしめたハガネで国旗を一刀両断した。
「革命の旗を掲げろ!」
切り裂かれた国旗の後ろから、真っ赤な旗が上がる。
赤をバックににネコ族のツメと剣が組み合わさった旗。
シザーがあっという間に用意してくれた。
「「ユーリ様! ユーリ様!」」
ネコ族は、昂揚をあらわに咆哮している。
「オレと九十九神と共に並び立ち戦うものは、明日同刻またここに集え」
「「オオオオオオオオオ!」」
ネコ族は咆哮した。
レナトがネコ族達に命じ、亡骸に油をかけた。
「同胞の無念を、耳に、目に、鼻に、焼きつけろ!」
レナトの指示で、亡骸に火が放たれる。
あっという間に燃え広がった。
子どもには刺激的な映像であるが、ノエもこの炎をじっと見つめていた。
ネコ族達は、やがて歌いだした。
先ほどの咆哮とは打って変わって優しい声だ。
亜人に伝わる古語での歌で、オレは学がないので意味は分からないが鎮魂の歌だろう。
少しの時間でも触れ合ったネコ族達のために空に祈った。
獣人たちも、半獣も、雪女だって……笑って暮らせる世界をオレが作ってやるからな。




