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56 黒傘

 明るい笑い声が聞こえてきて、オレは目をこすった。

 赤や緑の飾りで部屋が埋め尽くされていた。

 

「飾り?」


 頭には柔らかい感触、目を見開けばハガネがいた。

 顔を見るとなんだか気恥ずかしくて、頬が熱い。

 膝枕されてるんだな。


「起きた? ユーリ喉渇かない?」


 鮮やかな紫色の飲み物をハガネが渡してくれたので、体を起こして飲み干した。


 きちんと濾してあり、飲み口は軽い。

 

 おっと。

 果汁と思ったら、酒か。

 子どもでも平気かもしれない飲みやすさだが、案外こういうお酒は飲み過ぎてしまうものだ。


「みんな何してるんだ?」

「今日はお祭りの日なんだよ」


 ハガネが焼き菓子を持ってきて、持てなしてくれた。

 少しいただく。

 

 丸くてかわいらしい焼き菓子。

 このコクはミルクを使わないと出ないだろうなあ。

 甘さもしっかりするから砂糖も使ってあるだろう。

 高級品だぞ、これ。


「騎士たちと戦ってお疲れだろうからユーリはさぼってていいよ」

「じゃあ、そうしようかなあ」


 オレはみんなが準備するのをぼうっと見ていた。


 カンナとキヅチもぶーぶー文句を言いながら、しっかり頑張っているようだ。

 アリシアとリカルドが生意気な小さな神様の言うことにハイハイ笑顔で返事しながら手伝っていた。


 ククルはここから見えないから、きっと料理を準備してるんだろうな。

 

「ハガネ、もう一杯」

「はあい」


 ハガネは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

 すぐにおかわりが届いた。


「体調大丈夫か?」

「うん、調子いいよ。

 ずっとユーリと一緒に居るからだろうね」


 ハガネの笑顔に思わずオレも頬が緩んだ。

 突然、上から青いドレスが下りてきた。


「うわああ」

「私が暗殺者でしたら、またユーリ様は亡くなっていましたよ」

「だから、普通の暗殺者は足音も心音もするんだって。

 ブリュンヒルデの接近にどうやって気づくって言うんだ」

「確かに人でしたら難しいかもしれませんわ」


 ブリュンヒルデはハガネの鼻先に傘を突き付けた。


「きゃっ」


 ブリュンヒルデがハガネに高圧的に問いかけた。


「ハガネ。

 私の接近に気づきましたか?」


 ハガネは首を振った。


「すみません」

「反省なさい、ハガネ。

 私の接近に気づかないばかりか、今私の傘に対してただ単に驚いてましたね。

 私が踏み込めば、その傘がユーリ様にも届くというのに」

「あ……」


 ハガネが下を向く。


「まあまあ。

 オレだって気付かなかったのに、ブリュンヒルデの気配、ハガネは気付かないだろう」

「【共鳴圏域】、ハガネあなたにも教えています。

 常時展開できるようになりましたか?」

「……まだです」


 ブリュンヒルデがハガネに詰め寄った。

 

「おい、ブリュンヒルデ……」


 ブリュンヒルデはハガネの手を握った。


「部屋の準備が出来るまで、少し外で特訓しましょうか」


 ☆★

 

 小屋の前のスペースに来た。

 ブリュンヒルデがハガネに稽古をつけるらしい。


「振動を作って……手のひらの中にできるだけ小さく縮めなさい」

「……はい」


 ハガネはブリュンヒルデの言うとおりに、両手を握り込み、身体を震わせてその振動を一部へと移していく。


「そう、小さくは出来ましたね。

 そこから、大きく広げていきなさい。

 ゆっくりと、この家を包むくらい」


 ブリュンヒルデの指示に従い、両手を大きく広げていく。

 一瞬風が起こったかと思うほどの衝撃が家のまわりを通り抜けると、空気がずっと震えていて、オレの体にも振動が起こり続けている。


「大きくはなりましたが、これではこの中にいる人は身体が揺すられ続け安心できませんよ。

 心を落ち着けるんです」

「はい」


 ハガネがゆっくりと息をつくと、オレの体の振動はおさまった。

 ハガネは両手をだらんとして、意識的に楽な状態を作ろうとしている。

 究極的には、何かをしながらこの状態をキープするのがいいと前、ブリュンヒルデが話してくれた。

 

「そうそう、この状態ですわ。

 【共鳴圏域】を実用レベルで使いこなすには、常時これくらいの範囲は包み込めるようにしなくてはなりません。

 無風に近い状態で空間を包み込み制圧するのです。

 この状態であれば、空間内に起きた変化をすべて振動として受け止めることができる。

 ユーリ様を狙う刃を止めることができるかどうかはこの能力にかかっているのです」


 特にオレは何も感じないが、今はハガネの勢力圏内にあるらしい。


「……できました」

「これは、継続が大事なのです。

 少しずつでいいから、時間を伸ばして行きましょうね」

「はい」


 苦痛に耐えきれないのか、顔を歪めたハガネはとても辛そうだ。


「それでは、ユーリ様。

 受け取ってくれますかしら」


 ブリュンヒルデはドレスの裾を両端から持ち上げる。

 ふくらはぎが見得るなあ、なんて思っている間にもっとまくり上げているので太ももまで見えそうだ。


 オレは、目を両手で覆った。


「ユーリ!」

「へ?」


 オレを目掛けて小刀や針が猛スピードで飛んできていた。

 あら、完全に目を塞いでいたせいで反応が遅れた。

 避けられないぞ。


 ハガネは飛び出しが早かった。

 暗器がオレに刺さる前に、オレの目の前に剣型で立ち塞がって暗器の攻撃を受け止めてみせた。

 小型や針が一直線にそろっているのはブリュンヒルデからの剣型となったハガネの刀身で受け止めろとのメッセージだろう。


「お見事。

 素晴らしい動きを見せたお礼に、私がアンブレラダンスをお見せいたしましょう」


 ブリュンヒルデは黒傘をひらくと空高く放り投げた。

 ふわふわと空中で踊るようにゆっくりと降りてくる傘の先端部分――石突が妙にオレの方を向いているのが気になる。

 

「そういうことか」


 オレが呟いたときには、ハガネがオレの手のひらの上にあった。

 さすが、オレの相棒だな。

 息ばっちりだ。オレはハガネを強く握り込んだ。


「【傘型銃(アンブレラタイプガン)[雫](ドロップ)】」


 パァアンッ!


 黒傘から放たれる銃弾がオレの頬のすぐ横を通り過ぎたころには、ハガネで真っ二つにされていた。

 ふう、つまらないものを斬ってしまった。


 しかし、飛び道具を斬るなんて、普通想定してないぞ。

 つ、疲れるんだが。


 バサアアアッ。

 気付くとオレは宙に浮いていて、ハガネを強く握り込んだオレの背中からは黒翼が2対生えていた。


「おお、羽が増えた」


――絆が深まったからだね。


 ハガネが照れていた。

 オレも照れた。

 『チッ』て舌打ちがブリュンヒルデから聞こえた気がする。


「合格と言いたいところですが、増えたその黒い羽を見て考えが変わりました。

 絆の深まった二人には、より強敵が現れるかもしれませんね。

 【傘型機関銃(アンブレラマシンガン)[雨あられ](ヘイリング)】」


 ダダダダダダダダダッ!


 息をつく暇もなく、回転する黒傘から銃弾が降り注ぐ。

 

 こんなものいちいち斬ってられるか。

 2対の黒翼で飛び回り、刀身でも防御してなんとかしのぎながらハガネと相談する。


「ハガネ、銃弾は眷属だろ。

 何とかできないのか」


――格上に使役されている眷属には手が出せないの。


 ハガネはブリュンヒルデより格が下だから、銃弾が言うこと聞かないのだそう。


――ユーリが銃弾に言うこと聞かせてもいいんだけど、きっとそれじゃブリュンヒルデさまは納得しない。ユーリ、【防御障壁】を展開して。


「オレやり方わからないぞ」


――大丈夫、ユーリの言葉がトリガーになっているだけだから。後は、私が全部制御するから。


 ハガネの意思が伝わってきた。


「わかった。任せるぞ、【防御障壁】!」


 オレは大声で叫ぶ。

 あとは、ハガネにお任せだ。


師匠クリームヒルト直伝の防御障壁、ブリュンヒルデに見せてやれよ!」


――わかった。はあああああああ!


 ハガネの刀身を中心として、防御障壁が形成されたそれは、オレの体を丸ごと包み込むような大きなもの。

 銀色に光り輝く防御障壁は十分な厚さを備え、銃弾を次々とめり込ませて受け止めた。


 ブリュンヒルデのとっておきの仕込み銃なんだろうが、魔法銃でなく実弾を使っているため、いずれ弾が尽きるはずだ。

 オレ達は傘が踊り終えるのを待てばいい。


 やがて弾を撃ち尽くした黒傘は、回転をやめた。


「ふふ、参りましたわ。ハガネ」


 ブリュンヒルデが黒傘を閉じ、手元におさめた。

 同時にハガネはヒト型に戻り、防御障壁も消えていた。


「「ハガネ、がんばった!」」


 いつのまに用意を終えたのか、シザー達が観戦していて、カンナとキヅチが健闘したハガネを称えた。


「キレイで大きな防御障壁だったよ。

 クリーム様も喜ぶんじゃないか?」


 シザーが防御障壁の出来栄えを誉めていた。


「ハガネ、強くなっているのですね……」


 ブリュンヒルデは、ハガネに近づいてハガネを抱きしめた。


「ブリュンヒルデ様……」


 ハガネもブリュンヒルデの背に手を添えた。


「防御障壁も大きくなっていました。

 ユーリ様と絆を深めたのですね」


 ブリュンヒルデは瞳が濡れていることに気づいたのか、鍔広の帽子を深くかぶった。


「……私はユーリ様を壊してしまうから、ずっと一緒にはいられないのです。

 ハガネ、ユーリ様をお守りするんですよ」


 ブリュンヒルデの頬を伝う涙は見間違いではないと思う。


「さて。用意は終わったのですか、シザー」


 ブリュンヒルデは顔を上げぬまま、シザーに聞いた。

 

「ああ、ククルも準備できてる。

 いい匂いがしてくるだろ?」


 シザーの言葉であたりにとてもいい匂いが満ちているのに気づいた。


「では、ユーリ様、小屋にもどりましょうか」


 オレに声をかけたブリュンヒルデはいつものポーカーフェイスに戻っていた。


「ああ。

 それにしても、面白い武器だな」


 ブリュンヒルデは、閉じた黒傘を開いてオレに見せびらかす。


「西方のヴィクトリア帝国のものですわ。

 ロシヤとは違い、西方は技術が進んでおりますから」


 ブリュンヒルデがオレに傘を渡してくれた。


「へえ……どういう仕組みで弾が出てるんだろうな」


 ロシヤから西方は人間の領域が広がっている。


 中でも、【ヴィクトリア帝国】は蒸気革命を起こし、科学技術の面で世界の最先端を走っているらしい。


 騎士剣と弓矢と魔法で戦うロシヤとは違い、銃火器を多数所有しており、かなりの戦力を誇るのだとか。


「あ、ユーリ様……村の入り口に人間が来ています」


 ブリュンヒルデの【共鳴圏域】に入り込んだらしい。


 へえ、予想より早いじゃないか。

 血相変えて飛び出してきたんだろう。


「わかった。

 迎えに行くよ」


 オレは、ハガネを連れて村の入口へ急ぐ。

 このロシヤの国と戦争するには、人間の協力者が必要なんだ。

 

 待ってたぞ、フロル。

 いや、アレクセイ・ペトロフ。

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