54 ずっと一緒に
村の復興についての打ち合わせを短時間で終わらせ、クリームと別れた。
魔力を失ったハガネのできるだけ側に居たかったから。
ハガネの扉を静かに開け、部屋に入る。
起こさないようにしないとな。
布団の中でハガネはすうすうと寝息を立てている。
オレの夢見がひどかったときは、ハガネはオレを寝かしつけてくれていた。
だから、オレはほとんどハガネの寝顔を見たことがない。
寝顔を見ているだけでも、オレは温かい気持ちになる。
襲撃を受けた時、比較的物的被害を免れた一帯の中の部屋をハガネのために使わせてもらっているらしい。
カンナやキヅチ達が効率的に補修、改築を担ってくれているがどうしたって音がする。
ハガネがゆっくり眠れるよう、クリームが手配してくれたらしいな。
遠く、木を打ち付ける音が聞こえてくるが、それよりもハガネの寝息の方が大きいくらい。
ハガネはとても気持ちよさそうに眠っている。
「プリシラ……」
ハガネから小さく声がした。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
ハガネは夢を見ているのだろうか、手が誰かを探しているように宙をさまよっている。
オレは宙をさまよう手を握った。
「こっちにおいで」
ハガネが夢の中でプリシラを探しているようだ。
「来ないの?」
ハガネが切なくつぶやくので、夢の中のプリシラ役を買って出た。
ハガネが両手でプリシラを迎えているようなので、オレも布団の中に入って、プリシラの代わりに抱きしめられるという役割を演じよう。
そうしたら、ハガネももう少し気持ちよく寝られるだろう。
布団の中に入ったオレは、ハガネに抱きしめられた。
さっきまで風呂に入っていたハガネはほのかに温かかった。
ハガネは抱きしめたオレを柔らかな胸にうずめた。
柔らかな感触がほほに触れ、オレの心臓の鼓動が激しくなるが、プリシラと勘違いしているんだろうし、動くと起こしてしまうだろうからされるがままにした。
決して心地よさを感じているわけではないんだからな。
「ユーリ、捕まえた」
ハガネがそのままぎゅっと抱きしめてきた。
「……起きてたのか」
「寝てたと思ってたの?
ユーリが手を握ってくれた時に起きちゃったよ」
位置の関係でオレの首筋に息がかかる。
オレは少し、上に上がってハガネと布団で向かい合う位置に来た。
「せっかく捕まえていたのに」
「話しづらいだろ」
ハガネはいたずらっぽく笑った。
その顔だけ見ると、元気なんじゃないかって思ってしまうくらい。
「お仕事、終ったの?」
ハガネがオレに村の復興具合を聞いてきた。
ハガネの側に居たくて、クリームに任せて来たっていうのがホントのところだが、正直に伝えると終わってからでいいからって、きっとハガネは強情を張るんだ。
「終わったよ、みんな頑張ってるからな、打ち合わせをしたからオレのすることは特にない」
「そんなことないよ、きっといっぱいあるよ?」
「……全部終わった。
することがないんだ。
暇だから一緒に居る人、募集中」
ハガネが手を上げた。
「じゃあ、一緒に居てあげよう。
ユーリがヒマそうだからね」
ホントは忙しいんだからな。
……って心の中でつぶやいた。
「女の子達、助けられて良かったね」
「そうだな」
騎士たちにさらわれたアリシアとネコ族の女たちは、リカルドと共にオレ達より先にこの村へ戻って来ていた。
「あっという間にユーリが助けてくれたって言ってたよ」
オレは魔剣ブリュンヒルデでもって騎士を殲滅した。
けど、あのときオレの心を支配していたのは、彼女たちを救いたいという気持ちよりももっと大きな殺意だった。
「……ノエが走って来てるって聞いたときに、ネコ族の状況は大体わかってた。
ノエはまだ幼い。
リカルドたちがノエに外に出るよう指示するわけがないんだ」
オレが少し震えているのを見て、ハガネが布団で向かい合ったまま手を握ってきた。
「もう少し穏便に対応しようと思ってたんだ。
そうしないと、領主と全面戦争になる……」
オレはハガネの手を強く握った。
「でも、襲われたネコ族達を見て許せなかった。
だから、騎士たちを皆殺しにして領主の息子も殺した」
「みんな感謝してるよ。
ほら、お布団の周りに果物がいっぱい置いてあるでしょ。
ネコ族のみんながくれたんだよ」
あたりには、ハガネが好きな山リンゴがいっぱい。
ああ、ハガネから果物の匂いがするなあと思ってたけど。
「ユーリはあまり人を殺したことがないから、私、心配してたんだよ」
「そうだなあ、冒険者ギルドだと盗賊退治なんかあるけど、オレは勇者パーティーだったからな」
職業柄、モンスターばかりで人間はあまり殺さなかった。
「殺したくなくてももう引き返せないんだ」
「うん、この村を守っていこうね」
領主とはもう一度戦うことになる。
これ以上、大事なものを奪われないためには先手を打つしかない。
「あまり、思いつめないでね。
顔が頑張りすぎだよ」
ハガネがオレの頬に手を触れる。
オレも手を触れ返して……
どちらからともなく、唇を重ねた。
「……私がいるからね、大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか。
どう大丈夫なのか。
そんな根拠はきっとない。
でも、オレはハガネがいる限り大丈夫なんだと思えた。
「唇が温かいな」
「今日はね、ユーリが来てくれるって思ってたからお風呂をね、長めに入っていたんだ。
温かいでしょ?」
「ああ」
ハガネは武器なので、人よりも冷たい。
ハガネに触れるとき、冷たくてオレがこわばることがあったから、それからすごく気を使っているらしい。
「ねえ、領主との戦い、ユーリ大丈夫?」
「何が」
ハガネは少し言いづらそうに聞く。
「ソフィアのことか」
「うん。領主との戦いは仕方ないとして、ユーリはソフィアと戦いたくないんだよね?」
「向かってきたら倒すしかないだろ」
ハガネは悲しそうな目でオレを見た。
「ユーリは、ソフィアだけはロランみたいに服や鎧で拘束しなかったよね」
「……よく覚えているな」
「うん」
ソフィアの火傷のあとをだれにも見せたくなかった。
「私はソフィアじゃないけど、ソフィアのことで泣きたかったら、泣いてもいいんだよ。
いま、私とユーリしかいないんだから」
「別に、ソフィアのことを気にしてるわけじゃない」
オレは、少し怒鳴るように言ってしまった。
「じゃあ、なんで悲しそうなの?」
それでも怒るでもなく、ハガネはゆっくりとオレに話しかけた。
「私は、ユーリの『誰かに一緒にいて欲しい』って願いから神になったんだから。
ずっとそばにいるからね」
ハガネのさっきからの言葉にいら立っているのが自分でもわかった。
「……オレが居ろって言うから、一緒にいるのか」
「どうしたの、ユーリ」
オレはハガネの手を強く掴んだ。
「オレは勇者パーティーから追放されても、どこか諦められた。
一人になったオレには、ハガネがずっとついててくれたから。
ハガネが居なくなるかもしれないって聞いて、いてもたっても居られなかった」
「ユーリ」
オレはハガネに怒ってしまった。
そして、前ハガネが思っていたことが分かった。
義務じゃ嫌なんだ。
オレはハガネに一緒に居て欲しいんだけじゃなくて、一緒に居たいって思って欲しいんだ。
「『誰かと一緒に居て欲しい』ってオレはハガネに答えたよな」
「うん」
オレはハガネをそっと抱きしめた。
「そんな願いはもう終わりだ。
オレは『ハガネにずっと一緒に居て欲しい』」
オレはハガネを抱きしめながら伝えた。
「ありがとう、ユーリ。
嬉しいよ」
ハガネの目から涙があふれた。
「だから、消えてなくなったりするなよ。
そのためなら、なんだってするから」
「……ユーリ。
私、本当にずっと一緒に居るからね。
私は武器だから、主人のユーリに言われたらホントは離れなきゃいけないけど。
そんな命令無視するからね」
ハガネは笑った。
「そんな命令ださないよ」
ハガネは笑って、少し目を泳がせた後、決意したのか、小さい声で話し出した。
「……好きだよ、ユーリ」
言い終わるとハガネは、飛びつくようにくっついて来て、返答を考えていたオレの唇を奪った。




