53 入浴
ハガネが大量の血を失ったと聞いて、オレはいてもたってもいられずハガネがいるという小屋へ急いだ。
どうしてハガネを一人にしたんだ、オレは自分の判断を責めた。
何があったんだ、ハガネ。
無事でいてくれ!
オレはハガネのいる小屋のドアを開け、奥へ進む。
この奥の間か?
ハガネ!
オレは部屋の扉を開け放った。
そこにはハガネがいた。
「無事か!」
なんだこの湯気は……
オレは湯気をかき分け、ハガネの元へ急いだ。
「ユーリ……」
ハガネが目をぱちくりさせている。
「よし、オレを呼ぶ元気はあるみたいだな」
オレはお湯が張ってある桶にいたハガネをそこから引っ張り出す。
「ひぁああああああ」
ハガネはびっくりしていた。
手や腕で身体を隠す。
「ハガネ、そんなことしたら体が見えないだろ」
「あ、うん」
オレが風呂桶から出したハガネの手や腕を払い、ケガしたところはないか体をまじまじと見ると、ハガネはオレを見つめて顔を真っ赤にした。
「なんだか積極的だね、ユーリ」
「良かった、傷はないな」
オレはハガネの体をまじまじと見た。
ケガが見当たらないからほっとして、ぎゅっと抱きしめた。
ハガネの体の感触が伝わってくる。
「身体、大丈夫か?」
「そっか、心配してくれてたんだね」
ハガネは抱き合ったまま、オレに左手首を見せた。
「傷はこれだよ」
ハガネの手首に真新しい深い傷があった。
その傷を見てオレは胸を締め付けられたように感じた。
「何があったんだ?」
ハガネが少し話しづらそうにしていると、クリームが入ってくる。
「私が説明いたしましょう」
クリームが部屋に入って来た。
「それとも、お邪魔でしたでしょうか」
ふと気づくと、オレは素っ裸のハガネを抱きしめていたままだった。
「ハガネ、もう湯はいいのか」
「うん、ちょうど上がるところだったんだ」
「そうか」
ハガネはオレから離れたが、じっとオレを見つめていた。
オレも見つめ返す。
「ユーリ、私今から着替えるんだけど、ここにいるの?」
ハガネは手で身体を隠した。
「……外で待ってる」
☆★
「ユーリ様、着替えが終わりました」
ハガネとクリームがキモノで正座をしてお出迎えしてくれた。
二人とも上等な生地。
ハガネは白地に花を散らした艶やかなもの。
クリームは青地に扇の柄。
二人とも髪の毛までしっかり整えていた。
ハガネの頭にはオレがあげた蝶の髪飾りがつけてあった。
赤い瞳と同じ色で染め上げたのだとハガネが言っていた。
「うん、二人ともとてもキレイだけど、ハガネは安静にしているんじゃなかったの?
血が大量に出たって、何があったの?」
オレは心配で早口でハガネに質問をした。
「ハガネははじめて眷属を作りました」
「……眷属?」
「ユーリ様、ハガネも私もこう見えて神なのです」
オレはまじまじと二人を見つめる。
とはいえ、ただの女の子にしか見えないんだよなあ。
特にハガネ。
クリームやブリュンヒルデはどことなく気位の高さを感じさせるが、ハガネは村育ちのオレにとっても親しみやすいキャラクターをしている。
「そうは言っても、ヒト型のときは人間の女の子にしか見えないしなあ」
ハガネは何となく嬉しそうだ。
「神であるので、眷属を支配できます。
一つ目巨人との闘いなどで、ハガネはきちんと眷属である矢を使役して見せたらしいですね」
「そうだな、あの時のハガネは神っぽくて威厳があったかな」
ハガネは喜んでいた。
「私もやるときはやるんだよ」
ハガネは自慢げにしている。
「ハガネや私は武器や金属、カンナやキヅチは木材、建築資材を、眷属として従属させることができます」
クリームが説明を続ける。
「元より、自分の出自により従属する眷属は決まっています。
武器の九十九神であれば、武器……」
クリームは、息を吹きかけハガネを剣と化した。
剣となったハガネはオレの周りをフワフワと漂っている。
「ですが、ハガネも神の一柱」
ハガネはヒト型に戻った。
「ユーリ様が、九十九神を作れるように……九十九神は眷属を『作る』ことが出来るのです。
私は、瀕死のストーンゴーレムを眷属としたことがあります」
「すごいな」
「ですが、神である我々であっても、生あるものを眷属とするのには代償を伴います。
我々の体液を代償として用いるのです」
ハガネはそれで血を失ったのか。
「ハガネは瀕死のイザベラを生き延びさせるため、大量の血液を失いました。
私の到着が少しでも遅ければ、ハガネもあるいは……」
オレは、いたたまれなくなってハガネを抱きしめた。
「何で無理したんだ」
「だって、イザベラはまだ生きてたんだもん。
私はイザベラにひどいことを言ったから。
私も、ユーリやクリーム様みたいにみんなを守りたかったの」
オレはハガネの手を掴み、傷のついた手首を見た。
「ごめんな、痛そうだな」
「何でユーリが謝るの?」
「傷がついてしまったから」
すぐに騎士たちを追いかけず、ハガネの側にいてやればよかったのかな。
オレはあの時どうすれば良かったんだろう。
「ユーリ?」
下を向くオレにハガネはすぐに気づく。
「……イザベラは無事なのか?」
「はい、眷属として、【神使】として新たな生を受けました」
「【神使】?」
クリームがオレに説明した。
「作られた眷属を、特に神の御使い――【神使】と呼びます」
「しばらく、生命体として安定していませんので私がつきっきりで経過を見届けたいと思っています」
イザベラ、生きていたんだな。
いや、新たな生を受けたって……
「ねえ、ユーリ」
ハガネはオレに体重をかけてきた。
いつも眠そうなハガネだが、今日は一段と眠そうだ。
「私、横になってていいかな」
「大丈夫か?」
「うん、血が抜かれたからちょっと疲れてるだけだよ」
ハガネはとても辛そうだった。
「ハガネ、こちらにいらっしゃい。
私が布団を引いておきましたからね」
クリームがとても優しい顔をして、ハガネを布団まで連れていった。
ハガネはふらふらとした足取りで布団へ入った。
「本当に大丈夫なのか?」
オレは、ハガネの側へ行く。クリームも布団の側で心配そうにハガネを見ている。
ハガネは笑顔を浮かべたが、その笑顔は辛さを隠せてはいなかった。
「うん、寝たらよくなるよ」
オレは、布団に入ったハガネの手を握る。
「ユーリ、今日は一緒に寝ようね」
「ああ」
「待ってる……からね」
ハガネの手から力が抜け、目をつぶるとすぐに寝てしまったようだった。
よし、オレは復興の手伝いをするかな。
オレが立ち上がると、座ったままのクリームがオレの手を取った。
「ユーリ様」
クリームは今にも泣きだしそうな瞳でオレを見た。
「ど、どうしたんだよ。クリーム」
オレは、ハガネの前に座った。
「これからこの村の復興は私が仕切ります。
ですから、ユーリ様はずっとハガネの側にいてあげてください」
クリームはオレの手を両手で握り懇願した。
「ハガネは寝ていれば治ると言いました。
そんなことは決してありません。
我々の血には、魔力が流れています。
ハガネはユーリ様からもらった魔力の大半を失ってしまいました」
九十九神は魔力で生きている。
そして足りなければ、魔鉱石などで補う。
「魔鉱石で補えないほどにハガネの魔力が弱まっているのです」
クリームは切々と訴えた。
「お願い、ユーリさま。
あの子は決して自分からは言いません。
あの子を愛してあげてはくれませんか」
クリームは涙をこぼして懇願した。




