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52 雪女という妖(あやかし)

 ナターリヤが雪女だと?


 たしかに普通の人間であれば、オレの手を握る距離にいればスキルの効果でオレを殺したくなったっておかしくない。

 オレが人間と手なんか握ったらだいたい唾を吐きかけられる。

 それにオレの手を握ったあの手。

 武器であるハガネの手よりも冷たかった。


「アレクセイはあの人を守りたかったんだな」

「雪女は、自分のことを雪女だと思っておりませんからね」


 そうかもしれない。

 自分が雪女で、それを知らせたくなければオレの手なぞ握るはずがない。


「一説によれば、雪女は吹雪の中で凍った人間から生まれるということですよ」


 ブリュンヒルデは黒傘を差してオレの隣を優雅に歩いている。

 急いでハガネ達と合流したいが、これ以上魔剣となったブリュンヒルデを握るとオレのメンタルがおかしくなってしまいそうだった。


「このロシヤの冬の厳しい吹雪にあてられて、体の芯まで冷えてしまったとき、ふと昔恋をした男を思い出す……そんな女が雪女になるそうです。

 あの人ともう一度会いたい。

 あの人と抱きしめあった温かさを、もう一度……」


 ブリュンヒルデは空を見上げて語った。

 

「雪女という【あやかし】になった女は心に寂しさを抱え、愛した男の肌を求めすぎて決して離さないため、好き合って恋人となった男は凍えて死んでしまうのだとか」


 ブリュンヒルデはオレをじっと見つめて話した。


「それだけ愛されるんだったら、凍えて死ぬのも悪くないのかもしれないな」


 オレはふとそんな言葉を漏らした。


「ふふ、自分のせいで男が死んだことを認められず次々に男を誘惑し、結果として殺してしまう。

 そんな可哀想な妖なのですよ」


 あまり抑揚がないブリュンヒルデの声も少し悲しそうに聞こえた。

 

「雪女の肩を持つんだな」

「ヒトを惑わし、取り殺す妖ではございますが……ただ、寂しいだけですからね。

 殺すつもりなんてなかったのでしょう」


 ブリュンヒルデはオレの近くに来た。


「本当は、私だってユーリ様にもっと握っていて欲しいのです」


 オレを見つめて黒傘をくるくると回転させて見せた。


「願いが叶うのであれば、魔剣である私も好きあった男の方とずっと一緒に居たい」


 ブリュンヒルデは悲しそうに笑った。


「でも、魔剣である私に耐えられる精神を持った人はそう多くはないのです」

「オレも、耐えられなかったしな」


 ブリュンヒルデが笑った。


「ユーリ様は魔剣である私を握ると、あっという間におかしくなりましたね。

 心が弱そうだなあとは思ってましたけど」

「何だよ、傷つくなあ」


 ブリュンヒルデはオレの手を握った。


「私は優しい心をお持ちのユーリ様のことをお慕いしております。

 けれど、優しい心をお持ちのお方は魔剣である私の負荷に耐えられない」


 ブリュンヒルデはオレの手を離した。


「想い人と添い遂げられない定めを背負った雪女に、自分を重ねてしまったのでしょう」


 ブリュンヒルデは遠くを見つめた。


 願いが叶うのであれば、か。

 決して叶わないだろう願いだってある。

 でも……

 

「ナターリヤの夫は、でもずっと死んでないぞ」

「そうですね、そもそも遠くにいることに耐えられないのが雪女なのですが……」


 ブリュンヒルデは足を止めた。


「ユーリ様、今度、一緒にティーパーティーに行きませんか。

 普通の人間は嫌がるナターリヤのアイスティーも私は平気ですから」


 オレは笑顔で返事をした。


「そうだな、アレクセイも一緒に」


 まあ、アレクセイはオレと一緒は嫌だろうけどな。

 足音が近づいてきた。


「ああ、レナト。お疲れ様」


 レナトは、少し息が上がっている。

 急いできたのだろう。


「……人遣いが荒いのはいい。

 でも、ユーリ様。置いていかれると寂しかったぞ」


 レナトはすねていた。


 ☆★


 ネコ族の村へ近づくと、騒がしい声がしていた。


 オレは思わず走り寄ると、カンナとキヅチが陣頭指揮を執り、村の家々の修復にあたっていた。

 ネコ族は、カンナとキヅチの号令に従い、細々とした作業などを手伝っていた。


 シザーは、無事だった服や着物を外に干していた。


 陰惨な状況がここまで復帰していた。

 ここだけ見れば先ほどまでの惨状は夢なんじゃないかと思ってしまう。

 ただ遠くを見やれば、遺体が整理しておいてあった。


 必死で頑張っているネコ族達もふと手を止めて、涙を流すことだってあった。

 それでも、前を向いてるんだ。


「みんな、頑張ったな」

「あ、ユーリ様だ」


 カンナが気付いて手を振ると、ほかの皆が振り返ってオレを見た。


「「ユーリ様‼」」


 ネコ族はオレに膝をついて礼をした。


「ああ、うん。みんな無事で良かったね」


 どこかから聞きつけて来たのか、リカルドとアリシアも走ってきた。


「助けていただいてありがとうございました!」


 リカルドが礼をした。


「うん、でも何回もみんなからお礼をしてもらってもな。

 カンナ、キヅチ、シザーもおいで」

「「はーい」」


 みんな手を止めてきた。


「ネコ族の復興を、オレ達も手伝いたい……もう、カンナとキヅチ達は手伝ってたけどな」

「「頑張る」」


 オレは二人を誉めてあげる。


「できれば、友人としてこれからも付き合っていけたらと思ってるんだけど、どうだろうか」


 ネコ族は驚いている。


「村長と、話ができるだろうか」


 自然と視線がレナトに集まる。


「頼むぞ、レナト」


 リカルドがレナトの背中を押した。


「オレは、ユーリ様を追い出した。

 そんなオレで良かったら、精いっぱいこの村のために尽くしていく。

 認めてくれるか、みんな」


 ネコ族はレナトに割れんばかりの拍手を送る。

 

「レナト、認められたみたいだな」

「ああ。

 ユーリ様、お詫びも感謝も、きっとオレの言葉では足りない。

 これから、形にして返していく」

「これからも友人としてよろしく頼むよ」


 オレ達が握手をすると、歓声に包まれた。


「あれ、クリームとハガネは?」


 ブリュンヒルデが答える。


「私が共鳴で報告を受けておりました。

 お姉様はケガ人の治療をしています。

 ハガネは、大量に血を失ってあちらの部屋で安静にしています。

 今は……」


 オレはハガネがいる部屋目掛けて駆け出した。


「お風呂に入っているそうですよ」


 とのブリュンヒルデの言葉を聞かずに走り出していた。

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