51 領主攻略への布石
すみません、魔法使いフロル(真名:レナート・ペトロフ)の名をフロル(真名:アレクセイ・ペトロフ)と変更しております。
ネコ族のレナトを紛らわしかったものですから……
「あ、アニキィ!」
小柄な男は思わず、大柄の男の首をキャッチし叫んだ。
「てめえ、何者なんだ!」
小柄な男の質問に、オレは剣先を男の首筋にあてることで返事をした。
「ヒャァアアアアア!」
「答えるつもりはない。
この村にナターリヤとガブリールという親子がいるはずだ。
呼んできてくれ。できるな」
小柄な男は震えながらも頷いた。
「行け」
小柄な男は走り去り、奥の扉から女と子どもがゆっくり歩いてきていた。
オレは二人を見て笑顔になった。
「ああ、そうそう。以前見たままの美しい姿だ。
ナターリヤ。
斬りつけられるといい声で鳴きそうな、見るだけで斬りたくなるほどの美しい女だったな」
――ユーリ様。そろそろ私を手放したほうがいいかと思います。
「なぜだ? まだこんなに獲物があるのに手放せだと?」
ブリュンヒルデはなにを言ってるんだ。
まだ人間はこんなにいるのにお前を手放してどうするつもりだ?
お前がいないと斬れないじゃないか。
――ユーリ様の美しい顔が歪んでおりますわ。ユーリ様今自分がされている表情を知っていますか? 今酷く醜く笑っておいでです。性格はまあ、私と似てきて素晴らしいのですが……ハガネやお姉さまが悲しむのではないかと。あの女性を見て、どう思いますか。
「ナターリヤ……フフ、美しいな。
さぞ斬り口も美しいんだろうなあ。
ああ、我慢できないッ!
今すぐにでも切り刻みたくてたまらないッ!」
――ああ、顔が歪み切って……口元がねじ切れるような笑みを浮かべて……よだれをたらしているのにお気づきですか? ハガネが悲しみますよ。
ハガネ。
プリシラと二人で置いてきてしまった。
炎と煙と死体の中にオレはハガネを放置して……怒りのままにブリュンヒルデの手を取った。
きっとプリシラを寂しがらせないようにハガネは頑張っているんだろう。
――ユーリ様。あなたは今、何の罪もない女と子どもを殺そうとしました。私を手放してくださいますか。
「……わかった」
オレはブリュンヒルデを手放した。
すると、ブリュンヒルデはたちまちヒト型へと変化した。
「一緒に居られて、幸せでした」
ブリュンヒルデは礼をした。
氷の塊を通して見ていたような景色が、鉄の匂いが、首を切り落とした感触が――オレに戻ってきた。
今まで魔剣を握ることで抑えられていた感情がオレの身に襲いかかってきた。
肉を斬るあの感触をオレは戦士であるがあまり好きになれなかった。
「旅の方でしょうか……大丈夫ですか?
顔色が優れないようですが……」
苦しくてうつむいていたオレを気遣ってナターリヤは声をかけてくれた。
「ありがとう」
アレクセイが妻と子のために後ろ暗い仕事も厭わず勤めているのがわかった気がした。
「あなたは美人だと思う」
顔を上げて話しかける。
「……ありがとうございます」
ナターリヤはしっかりと笑顔で返す。
褒められ慣れている人の反応だな。
オレとは違う。
あまり褒められたことがないので、いざ褒められるとどう対応していいか反応に困ってしまう。
「奥の小屋の騎士たちに酌をしに行かなくていいのか」
行けば単なる酌以上のことをさせられるんだろう。
ナターリヤは下を向いた。
「夫が、私とこの子の安全には手を回してくれているんです。
ですが、夫も村の全てを守るほどの力はなく……この村で私だけ守られてずるい女とお思いですか?」
ナターリヤは手を組み自分を責めているようだ。
「確認したかっただけだ。
あなたを責めるつもりはなかった。
友人の妻の安全を確認したかっただけなんだ」
ナターリヤはオレの手を取った。
ひどく冷たい手だ。
今日は寒いからかな。
「まあ、アレクセイのご友人の方でしたか!」
とても嬉しそうに笑うナターリヤを騙しているようで気が引ける。
「古い友人だ。できれば中を見ずこの手紙をアレクセイに渡してほしい」
「この村の郵便を使ってもよろしいですか?」
「構わない。
近くに来たので、奥方の顔を見たかったのだ。
アレクセイがいつも自慢してくる奥様はいかほどのものか」
ナターリヤは笑った。
「フフ、あの人は大袈裟なんです。
可愛い息子はこちらですよ」
ナターリヤはガブリールを連れてきた。
「あいさつなさい、ガブリール」
「……こんにちは」
ガブリールはそれだけ言うと、オレを睨みつけるようにしてナターリヤの後ろへ隠れた。
3歳ぐらいの子だから、しっかり挨拶できるだけ素晴らしいと思う。
「はい、こんにちは」
思わず、笑顔になってしまった。
「お友達の旅のお方は、お名前は何とおっしゃいますか」
「ユーリ」
ナターリヤは首をかしげる。
「このロシヤは広く、アレクセイも知り合いの方は多いと思います。できればフルネームを教えていただけますか?」
「大丈夫、あなたからの手紙を添えてくれれば絶対に私だと分かります。
あなたの夫、アレクセイと私は不思議な縁で結ばれているのです」
ナターリヤは笑顔になった。
「ふふ、ファーストネームでわかるほどのご友人がいらっしゃるとは……」
「では、よろしく頼む」
オレは礼をした。
ブリュンヒルデも追随した。
「では、ユーリ様。
道中お気をつけて」
「ああ、ナターリヤこそ」
「奥様。今度、ユーリ様とアレクセイと一緒にティーパーティーをいたしませんか?
私故あって冷たい紅茶しかお出しできませんが……
私、お菓子作りが趣味なんです。
あ、ちょうど一つ持っていました」
ナターリヤがお菓子を一包み取り出してブリュンヒルデに手渡すと、ブリュンヒルデが目を輝かせた。
「いい香り、こんなお菓子を作れるお方とのティーパーティー。必ず訪れさせていただきます。
ねえ、あなた」
素直に喜んでいるブリュンヒルデは珍しい。
腕を組んで来たが、オレとブリュンヒルデのことを夫婦と勘違いしているみたいだから素直に従っておこう。
「お前が喜ぶなら、そうしようか。
訪問させていただくよ、ナターリヤ」
「いつでも、お待ちしておりますわ」
ナターリヤとブリュンヒルデは淑女のポーズで挨拶しあう。
「それではご機嫌よう」
「はい。奥様こそ道中気を付けて」
ナターリヤは見えなくなるまで手を振ってくれた。
「ふふ、紅茶友達ができましたわ。あなた。
それに、ユーリ様にお前呼ばわりしていただけるなんて、今日はぐっすり眠れることでしょう」
ブリュンヒルデがオレに体を寄せた。
「いつまで、腕を組んでるつもりなんだ」
「そうですねえ、ネコが私たちを追ってくるまででしょうか」
「あ」
オレはすっかりレナトのことを忘れていた。
「ご安心を。ユーリ様がナターリヤを口説いている間に連絡はしておきました」
「口説くだなんて人聞きの悪いことを言うんじゃないよ」
「まあ、驚きですわ。
口説く気もないのに婦人に美人だなんて言葉をかける男がいらっしゃいますか?」
ブリュンヒルデは驚いている。
「それにしてもナターリヤはオレを見ても嫌な顔一つしなかったな」
「……ナターリヤはどうやら、人間ではないようにございます」
ブリュンヒルデは話を続けた。
「お気づきですか、ナターリヤは半袖で御座いました。
ガブリールはあなたをしっかり睨んでおりましたから、あの子はハーフなんでございましょう。
あの美貌にあの薄着、おそらくナターリヤは雪女でございましょう」




