50 レナトの誓い
無数の風穴の開いたグリゴリーは地面に這いつくばりながら、必死にオレに語りかける。
「ま、待て……お前ユーリ……ユーリ・ストロガノフだろう?」
「オレにお前みたいな友達はいない、人違いじゃないか」
こんな奴と真面目に語る言葉は持っていない。
「……聞いてくれ、ユーリ。
私の家、ガガーリンの家のバックには勇者がいる。
勇者ソフィアだ、お前の仲間だろ?」
ソフィアの名前がでたことにオレは思わず目を見開いた。
「へへへ、追放されたお前は知らなかったかもしれないが、一週間後、私の兄ゲンナリーがソフィアと婚礼の儀を上げることになっている」
「急すぎないか。
婚礼って通常、月単位で準備を行うものじゃないのか……」
ガガーリンは、オレの顔色を見て今すぐ殺さることは無いとでもおもったのだろうか。
ニヤリと笑った。
「まあ、急な話だったんだろう。
ユーリ、勇者ソフィアたちはアンタを追放したことで魔王討伐に失敗したらしいんだ」
風穴があいているとは思えない雄弁な語り口でグリゴリーは話を続ける。
「最悪、次の世代に討伐を任せることも考慮して、『勇者』を、『勇者の加護』を引き継いでいくことにシフトしたんだろうぜ」
オレ達の【加護】やスキルは、遺伝する可能性も高い。
ソフィアとロランの家系は、何代か前にも勇者や魔法使いを生み出した優秀な家系だ。
氷魔法と炎魔法の適性が血統として高く、剣術のスキル適正も高い。
オリガの家系は代々神官をつとめていて、神聖魔法の適性がもともと高い。
オレの父親は健康だけが取り柄の木こりだ。
母さんは、美人で料理レベル1を持っている。
オレは二人とも自慢だけど、もっと戦闘スキルが欲しかったなあ、なんて昔は思っていた。
「失敗したのか……それで結婚することになったのか」
「まあ、ソフィアは平民だが、勇者の家系だからな。
自分の家から、勇者が出たってなれば家の名も上がるしな。
……ガガーリンの家系に『箔』をつけたかったんだろうぜ」
オレが魔王討伐を手伝っていれば、とも思わなくはないが、追放された身で何ができるとも思えない。
それより、ソフィアが結婚か……
いつかは、そんなこともあるんだろうなと思っていたけど。
「へへ、だからさ。
私のこと、助けてくれるだろう?
ソフィアがガガーリン家に入るんだからさ。
ユーリと私はもう、友達みたいなものだろう?」
目の前のニヤケ顔のグリゴリーに殺意が湧いてきた。
「黙れよ」
「へへ、ユーリはソフィアに頭が上がらないって有名だったからな。
追放されたとはいえ……ユーリ。
王都でドラマティックに芝居が作られる程、お前はソフィアを守り続けてきた」
お前に何がわかるんだ。
「……黙れって」
「ほら、早く私を回復するんだ。
ソフィアに言いつけるぞ、ユーリィ!」
「グルルルルルルァ!」
レナトが跳躍してグリゴリーの喉笛に噛みつき、引きちぎった。
「あ、あああああ……」
グリゴリーは何か言おうとして、オレを睨み続けたが、やがて絶命した。
レナトは獣化を解き、咥えていたものを地面に吐き出すと口を拭った。
「すみません。
見苦しい男だったので殺しました」
「ああ、助かった」
レナトはオレを見つめると、ゆっくりその場に膝をついた。
「ご助力いただき、ありがとうございました‼」
レナトは、土に額をこすりつけオレに謝罪した。
「ど、どうしたの急に……とりあえず頭を上げてよ」
オレには反抗的だったレナトの真摯な謝罪に面食らう。
「仲間を救っていただきありがとうございました!
……オレ達があなたを追い出したのに……」
レナトは、拳を地面に叩きつけた。
「オレは神聖なる決闘の勝敗すら受け入れられず、嫉妬に狂った。……フィトのため、リズのため、半獣のためと言い訳をしてあなたを襲ったッ!
その後、複数であなたに襲い掛かったにも関わらず命を奪われなかったことをいいことに、あなたを追い出しました」
レナトは涙を流して咆哮した。
「あなたを追い出したあの会議で、村長とリカルドさんを除いて私が根回しをしていました。
あなたが出て行くと言い出さなくても、多数決で追い出す準備すら、私はしていました」
レナトは、再び額を土にこすりつけた。
「リカルドさんと村長の言う通り、あなたと一緒に戦えば良かった。
私は一族の誇りすら、つまらない嫉妬で打ち捨ててしまっていたのです」
「別に謝る必要ないよ。
半獣のために、村を出たほうがいいと思ったのはオレなんだし。
あの時は、それでうまく行くと思ったんだ」
オレは、レナトに近づく。
「顔を上げて、立って話をしよう」
「いえ、私は……」
レナトはかたくなに顔を上げようとしない。
「レナト。
リカルドは、もう年だ。
ネコ族の男は、ずいぶんと殺されてしまった。
お前がネコ族を背負い立つんだ。
オレはこれからもネコ族の友達でいたいと思っている。
友達の村の村長に、いつまでも膝をつかせてるわけにはいかないだろう?」
レナトはオレを見上げた。
「ユーリ様……」
「オレ達がグリゴリーと騎士たちを殺したところで、より多くの追手が差し向けられるだけなんだ」
オレは決意を固めた。
「領主には、ツケを払ってもらう。
血を流すことになるが、できれば一緒に来てくれないか。
……友人として」
「ユーリ様、もちろんです!
領主に目にもの見せてやりましょう!
そして、誓います。
オレは、あなたをけして裏切らないと」
レナトは立ち上がり、オレと握手をした。
「年も近いし、敬語じゃなくていいよ。
ユーリって呼んでもいいし」
レナトは戸惑っている様だ。
「敬語じゃなくていいのは助かるが……『ユーリ』とはちょっと呼びづらい。
ハガネ様しか『ユーリ』って呼んでないからな」
「あれ、そうだっけ?」
オレに敬語じゃなくて話すのはハガネと、シザー、カンナとキヅチ。
あ、ククルもそうか。
でも、確かに「ユーリ」って呼ぶのはハガネだけだな。
「オレは奥様じゃないから」
「は?」
レナトは顔を赤くして照れた。
「伝わりづらい冗談を言ってすまない」
「あ、冗談なんだね」
真面目なやつの冗談はたまに困ることがあるよな。
「ユーリ様と呼ぶ。それでいいか」
実に真剣な瞳である。
なんだか変におかしくて笑ってしまった。
「はは、よろしくな。レナト」
☆★
――この村になにがあるのですか?
クリームやハガネと合流する前に、寄りたいところがあった。
「古い知り合いがいるんだけど、その妻と子どもがいるんだ。
その村に寄りたい」
レナトとオレとブリュンヒルデでその村へ寄ることにした。
「人間の村ですか」
レナトがオレに尋ねる。
「ああ。ブリュンヒルデ、気配を探れるか」
――もちろん、既に済ませておりますわ。剣型のときはユーリ様が優しく運んでくれますから、偵察しながら移動できますからね。
「これが、剣型となった【九十九神】との会話方法か……」
レナトが驚いている。九十九神が剣型となっている間の意思疎通は、テレパシーを叩き込まれるようなイメージなのだ。
レナトは初めてだったっけ。
――よろしくお願いしますわ、レナト。ユーリ様には負けますが、いい男ですね。育ててみたいですわ。
「ブリュンヒルデさま、戯れはやめてくれ」
レナトが困っている様だ。
「ちょっかい出してるんじゃないぞ」
オレは、ブリュンヒルデに釘を刺した。
――あら、ごめんなさいね。レナト、ユーリ様が嫉妬しておりますわ。
「ふざけてないで、仕事しろ」
――ふふ、失礼しました。村人、57名。女が多く、男は狩りに出ている模様。近くにはおりません。それを知ってか知らずか、騎士たちがこの村を訪れ、好き放題しているようですわ。
ブリュンヒルデの報告を聞き終わると、一番手前の家から騎士が二人でてきた。
傍らに、少女を一人ずつ抱きかかえている。
「ヒヒヒ、こんな上玉隠してるんじゃないよ」
大柄の騎士が傍らの少女に嘗め回すような視線を送っている。
「やめてください、騎士様!
二人ともまだ小さくて、あなた様方の相手ができるような年ではございません!
けして、隠したりする意図はありませんでした!」
男は、大柄の騎士に追いすがる。
「離せよ、別に農奴ぐらい殺したって問題ないんだぜ?
徴税に反抗したので殺しましたって報告書を書くだけだ」
男は、悔しそうに手を離した。
「せめて、傷をつけないようにお願いします……」
そういうのが精いっぱいの親としての優しさだったのだろう。
「大丈夫だよ、オレら優しいですもんね、アニキ」
小柄な男は、大柄の男に話しかけた。
「はは、そうそう。優しい、優しい」
男達は肩を動かして笑った。
レナトは、目の前の光景を物陰から隠れて見ていた。
「良く同じ種族にこんなヒドイことできますね。
人間ってやつは」
――そう、人間て悪い奴が多いのですわ。
「オレも人間なんだけどな」
――ふふ、騎士は全部で20名。どうしますか? 一番奥の建物で、宴会を催しているようです。
「レナト、制圧できるか。
騎士たち以外は殺すなよ」
「お安い御用だ」
レナトはそう答えると、一瞬で一番奥の建物の窓から侵入した。
中から悲鳴が聞こえた。
「な、何の音だ?」
大柄の男が、レナトの咆哮に気づいた。
「侵入者だろうね」
オレは、大柄の男に答える。
「ああ、そうか」
「てめえ、何者だ!」
小柄な男はオレに気づいたようだ。
小柄な男の方がこざかしい分利用しやすそうだな。
オレはブリュンヒルデを振るった。
「え?」
大柄な男は何をされたのかも分からず肩口から鎧ごと真っ二つにされた。




