05 九十九神(つくもがみ)
オレはハガネを持ち、身構えた。
ハガネは瞬時にヒト型から剣へと姿を変える。
「オレ一人しかいないが?目でも腐ったか?勇者様」
「見間違いか?いや……まあいい。さっさと片をつけよう。死にぞこないが!」
勇者は口角を上げた。
戦うのが楽しいってのか、この戦闘狂が。
オレも昨日とは一味違うぞ? 覚えたてのスキルの威力を味わえ!
「九十九神よ、我に力を貸し、眷属を呼びよせろ!」
オレがそう叫ぶと魔法使いと癒し手の装備がスポンっと脱げた。
まるで意思を持ったようにオレのところへ集合する。
要するに丸腰のスッポンポンにされた。
まあ、したのはオレなんだが。
「きゃあ!」
癒し手が裸が見えないように体を抑える。
「癒し手を包んでいた衣よ!元の所有者を縛り上げ、辱めを与えよ!」
衣は蛇のようにしなり、全裸の癒し手を縛り上げた。
「イヤアアアアア!」
癒し手が絶叫する。
へそ下に浮かび上がる【癒し手の加護】「手」のあざは昔見たまんまだった。
それ以外は立派に成長していた。
補助魔法を使われるのが嫌で縛ってるだけだからね?
「このクソ外道が!」
魔法使いがオレを非難する。
「死ぬ寸前だったオレに大魔法3連発食らわせる外道がよく言うなあ」
「ちくしょうがあ!」
全裸にも関わらず、仁王立ちで魔法陣を描く魔法使い。
その志は立派。
「魔法使いのブレスレットよ、アンクレットよ、ネックレスよ。元主の手を拘束せよ!杖よ、元主の口から胃まで蹂躙して見せよ!」
「ヒ、ヒアアアアアアアア!」
装飾品に手をグルグル巻きにされ、口から杖をぶち込まれている。
魔法使いの口と手を封じた。
さすがに魔法陣も詠唱も出来ないだろう。
「アガガッガガ」
何か言いたいみたいだけど、杖が口に刺さってたら、何も聞こえないよね。
「これで1対1だな、勇者様」
勇者の唇を噛む音が聞こえてくるようだ。
「望むところだ!」
勇者は左手で火球をオレ目掛けて飛ばす。
目くらましのつもりだろう。
後ろに回って、蹴り飛ばすか。
オレはいとも簡単に勇者の背後を取り、斬撃を加えるつもりだった。
が、想像より速く動けてしまい、慌てて蹴りに切り替えた。
「ヒグゥ!」
ごく軽く蹴ったのだが、勇者が吹っ飛ばされた。
体がウソみたいに軽い。
「身体が武器と一つになったみたいでしょ?」
ハガネがオレにテレパシーで伝えてくる。
「心が通じ合ったから、武器と人が二人で一つみたいに動けるんだよ。」
武器と心が通じた効果らしい。
蹴りの力も尋常じゃなく強くなっている。
「ふふ、蹴りにも私の攻撃力が加算されてるんだよ!」
これしばらく手加減なんて無理だな。
勇者は衝撃で頭を抑えている。
勇者はふっとばされた衝撃で、聖剣を落としていた。
これが、聖剣か。
先代の戦士が使ったという。
国王が「オレのことが嫌いだから」という理由で戦士ではなく、勇者に授与された武器。
ずっとずっと、欲しかった武器。
聖剣を手に取った。
まだ立ち上がれない勇者が、聖剣を触るのを見咎めた。
「聖剣に触れるんじゃない。まあ、どうせその剣は私にしか使えないがな」
ハガネを左手に持ち替え、オレが手にしていたはずの聖剣を握る。
――す、すごい。なんなの?この力は。勇者との制約すら簡単にぶち破ってしまいそうなこの力は!私が、勇者に捧げた貞操を粉みじんにしてしまうようなこのエネルギーは何?
聖剣からもハガネのように声がする。
――バルムンク様、私のような無銘の一刀が話しかけるのもおこがましいですが、いまあなた様を手にしているものこそが、我らの王、無生物を束ねるものかと。
ハガネが聖剣に話しかけている。
――そうか、それならば良かった。どの道、私はこの者の力に抗えぬ。触れられているだけで、早く一つになりたくてたまらぬ。もう、ダメだ。
聖剣の抵抗が止まった。
どうもオレにも使えるようになったみたいだが、なんだかしっくりこない。
「オレにも使えるみたいだぞ」
「な、なんだと?」
聖剣を戯れに振ってみると、衝撃波で勇者たちが吹っ飛ばされた。
「グアアアアアア!」
軽く振るだけで魔法効果が出るようだな。
衝撃派の出る範囲が広すぎて気軽には使えないな……
やっぱりオレには長年使いこんだハガネが一番だな。相棒を優しく握る。
勇者が、気合いで立ち上がりファイティングポーズを取った。
「まだだ、まだ私は倒れていないぞ!お前のクビをよこせ、ユーリ……」
精神力で立っているだけといった様子。
そこまでしてオレを殺したいのか。
「オレも素手で相手をしてやる。かかって来いよ」
「……いくぞ、ユーリ」
聖剣を取り上げられた勇者は、左手で火球を連打して間合いを詰めてくる。
火球を素手で左右に打ち払い、勇者の出方を伺う。
前進しながら左右への移動とフェイントを混ぜ、間合いを詰めてくる。
オレが繰り出したハイキックを掻い潜ってゼロ距離でオレの胸部へ魔法攻撃か。
先ほどの魔力を練り込んだ斬撃技の応用だな。
火球を放ってきたのは、右手での魔力の練り込みに意識を向かせないためか。
見事だ。
素手での殴り合いでの力の差により不利と見て魔法による一撃必殺にかけたか。
悪くない。
「食らえ!」
勇者がオレに魔法攻撃を叩きこもうとした。
右手でボディ、左手でアゴ、さらに右手で後頭部に手刀。
オレは流れるように攻撃し、勇者の意識を奪った。
【戦士の加護】を受け、ハガネと一心同体になったオレが単純に勇者の速さを上回った。
地面に倒れこむ勇者を肩で支え、地面に寝かせた。
――トドメはささないの?
……うん。
――そう。……いいと思うよ。
ハガネがヒト型――少女に戻った。
「ふう、一緒になって戦うって気持ちがいいね」
ハガネはオレを見てニコニコ笑っている。
軽くテニスでもしてきましたみたいな感想だな。
ハガネの緊張感のなさに思わずオレは笑ってしまった。
「どうしたの?」
「……いや、ハガネは可愛いなって」
「うーん、よくわからないけど、ユーリが笑ってるならそれでいいよ」
そろそろ王城の見回り連中が気付くころだな。
「じゃあ、みんな奪って立ち去ろう」
「はーい」
手早く荷物をまとめると、聖剣も含めた荷物はハガネの指示に従い、オレのあとをついてくるようだ。
フワフワと空中を漂っている。
荷物を持たなくっていいのはすごくラクだな。
「ユーリ、杖とかローブとかももったいないから持っていくよ」
「おう」
ハガネもさすがに武器といった手際で魔法使いや癒し手に「えい、えい」とワンパン入れて気絶させ、縛っていた衣や杖を回収した。
さて、オレはどこへ行くのだろうか。
人間から嫌われていることに何ら変わりはない。
というか、勇者パーティーから武器装備を奪ってしまうし、思いっきり裏切り者である。
「ユーリ、ぼーっとしてないで早く行こうよ、捕まっちゃうよ」
「ああ、そうだな」
でも、ハガネと一緒ならどこでも笑って暮らせるんじゃないか。
オレ達はあてのない旅に出た。
「さ、出発進行!」
ハガネの元気な声が響く。
? 響かせてどうする。
警備の兵がわらわらと出て来た。
「わ、逃げろ」
オレ達はわき目も振らず逃げ出した。