49 魔法陣と冷たい血(ハガネ)
ユーリがブリュンヒルデ様と一緒に出て行ったあと、私はプリシラと手をつないでまだ生きているものがいないか、あたりを探しまわった。
「だれか、いませんか」
声をかけて回ったけど、反応がない。
プリシラの泣き声以外、炎がくすぶる音しか聞こえなかった。
「ゲホッ」
煙が凄くて、プリシラがむせてしまった。
「大丈夫? プリシラ」
私はわりと平気なんだけど、プリシラは煙を吸わないほうがいいよね。
炎の回っていない小屋を探す。
条件にあった小屋を見つけた。
でも、ここは……
プリシラが私の手を振り払い、その小屋へ入った。
「待って、プリシラ」
私はプリシラを追って、小屋の中へ入った。
フィトとマルコが目を見開いたまま死んでいたので、私が目を閉じた。
ユーリは死んだ亜人や獣人などの目を閉じてあげていたから、どうしてなのか前にユーリに聞いたことがあった。
これ以上辛いことがあっても見なくて済むように、って言っていた。
一人じゃ寂しいだろうから、フィトとマルコ、イザベラを小屋の真ん中に寝かせた。
私には重労働だったので時間がかかった。
プリシラは、深い傷を負って動かなくなったフィトを見つめていた。
プリシラがユーリに襲い掛かって付け耳が取れたとき、クリーム様と一緒にプリシラを家まで送った。
プリシラは血のつながりのないフィトと暮らしていた。
二人は兄妹のようにとても仲が良かった。
フィトは妹と姉を亡くしていて、父母も村を出ていたので、プリシラと一緒に暮らす前は一人で生活していたらしい。
ケモノ耳もないほどにプリシラは人間の血が濃かったので、母親はプリシラを村の外に捨てようとしていた。
姉と同じ半獣で、妹と同じくらいの年のプリシラをかわいそうに思って、フィトはプリシラを引き取ったのだと話してくれた。
「痛そうだね」
プリシラはそうつぶやくと、血だまりに両手をつけた。
「何してるの」
私が驚いてプリシラに聞いたけど、プリシラは手を止めることなく両の手と尻尾に血をつけ、3人を囲んだ魔法陣を描き出した。
「私、お父さんと会ったことがあるの」
プリシラは魔法陣を描きながら、私に話した。
「私が転んでケガしたときに、こうやって『絵』を描いてくれてね、そしたら痛みが消えたの」
お父さんは、人間の魔法使いだったのかな。
「フィトは、何があってもこの『絵』を描いちゃダメだって言ってた」
獣人は魔法適性のあるものがいなく、この村のネコ族には魔法を扱えるものがいない。
この村で魔法が使えるということ――それは、人間か、半獣であるということなんだ。
「この『絵』の上で呪文を唱えると、すぐに痛くなくなったの。
お父さんは大怪我には効かないって言ってた。
でも、みんなとても痛そうだから、少しでも痛くなくなるといいなあ……」
プリシラは泣きながらも魔法陣をかき上げた。
「上手に書けたね」
私は、プリシラの頭をなでてあげる。
「ハガネも、一緒に呪文を唱えてね」
「呪文?」
「うん、みんな知ってる呪文だよ」
小さな子が怪我した時に唱える呪文。
ユーリもよく小さな子に言ってあげていたなあ。
その後、唾を吐かれていたけど。
プリシラと目と目で会話する。
せーのッ!
「「いたいのいたいのとんでいけ‼」」
その瞬間、血の魔法陣は光を発した。
プリシラは一目見ただけの魔法陣を再現して見せたんだ。
「痛くなくなるといいねえ」
「……うん」
魔法陣の光のせいか、イザベラのほっぺが赤くなったみたいだった。
私は、イザベラに「汚い手で触るな」ってひどいことを言った。
プリシラを守った肉球のあるこの手を触ると、まだ、熱が残っていた。
私はその手を握る。
イザベラ。
ごめんね、とても美しい手だよ。
今、握った手がわずかに動いた?
胸に手を置く。
鼓動が少しだけどあるのかな。
まだ、間に合うかもしれない。
でも、私はクリーム様みたいに回復魔法なんて使えない。
「どうして、私は何もできないんだろう」
まだ暖かいイザベラは、時間がたつごとに冷たくなっていく。
イザベラの笑顔も、謝っている真剣な顔も私は王都で見たことなかった。
クリーム様だったら、どうするのかな。
回復魔法でなんとかなるのかな。
それとも、なにか他の方法があるのかな。
……血が足りないのかもしれない。
イザベラから流れ出た血はとても多かった。
クリーム様が、瀕死のゴーレムを眷属化させたときのことを話してくれたのを思い出した。
自分の血を分けて眷属にしたって言ってた。
ゴーレムみたいにうまく行かないかもしれないけど、私ができることはこれしかないんだ。
爪を立て、手首を切った。
私の血が手首からあふれ出す。
私は冷たい血が溢れる手首を、イザベラの傷口に押し当てた。
はじめて見た私の血は、淡く光を発していた。
ユーリの魔力ってこんなふうに私を満たしてくれていたんだね。
「イザベラ、私たち友達になれると思うんだ。
だから、死なないで……」
しばらくずっとそのままでいると、なんだかぼんやりしてきた。
私も、血が足りなくなってきたのかな。
「ハガネ、ハガネ!」
プリシラが私のことを心配しているようだ。
急に、振動が届いた。
クリーム様が私を探しているみたいだ。
ここだよ、クリーム様。
私は力を振り絞って振動を送り返した。
少したって足音が聞こえてきた。
「ハガネ!」
クリーム様が駆け寄って来た。
……クリーム様、後は何すればいいんでしたっけ?
「馬鹿な子! あなたまで死んでしまうところだったんですよ!」
「クリーム様……」
クリーム様が手を握ってくれた。
「後は私にまかせなさい、ハガネ」
クリーム様の優しい笑顔が見えた。
やっぱりカッコいいなあ。
私もクリーム様やユーリみたいに、大事な人を守れる人になりたいんだ。
……私は安心して、瞳を閉じた。




