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47 マン・イーター ~暗殺者の剣~

 ネコ族の村、グローバーズコーナーズでオレは生存者を探した。

 

 いくら呼びかけても、プリシラの泣き叫ぶ声以外は帰ってこない。

 ハガネはずっとプリシラに言葉をかけ続けあやしているが泣き止みそうもなかった。


 オレは「誰かいないか」と叫び続ける。


 あたりには炎が立ち上っていて、ちぎれた耳と女の死体が折り重なっており、幼子の泣きわめく声と肉の焼ける匂いがしていた。

 

「誰か返事をしてくれえええええ!」

「ユーリ、こっちに村長の服があったよ」


 プリシラをあやしながら生存者を探すハガネの声を聴き、急いで駆けつけた。

 村長の服しか見つからなかったが、周りには立派なキバとツメが転がっていた。


「リカルド、アリシア……だれか、いないのか」


 呼びかけても返事がないことにオレは落胆していた。


――ユーリ様。


 オレの背丈ほどある両手剣、ハガネとは違い、室内での取り回しを重視した片手でも両手でも扱えそうな直刀がオレに話しかけてきた。

 漆黒の刃が怪しく光っている。


――アリシアもリカルドも生きております。北東の方向、アリシアは他の女子どもと一緒に馬車に囚われております。それを、リカルドとレナトが追走しております。


「そうか」


 リカルドは、レナトは奪い返そうとしてるんだな。

 オレは、いままでどこかでためらっていた。


 仲間であった勇者パーティー、婚約者、祖国から捨てられて追放されたとしても、オレはどこかに居場所があればそれで良かったんだ。


 【世界の一隅ひとすみ】との願いを込めたネコ族の村、グローバーズコーナーズでオレ達は受け入れられた。


 オレに出頭命令が来て出ていくことになったけど、それはそれでよかった。

 オレと同じように――どこにも行き場所のない半獣がいることを知ったから。


 オレも、半獣たちも……きっと世界の中心なんて望んでなかった。

 ただ、世界の一隅で、気心の知れた仲間と穏やかに生きたかった。それだけなのに――

 逃れてたどり着いた世界の一隅でさえ、追い出されてしまうのなら……

――奪い返すしかないんだ。


 オレは体を震わせてその場にうずくまった。


「ユーリ、どうしたの? 震えてるよ、落ち着いて……

 大丈夫だから。みんなを助けに行こう、ねえユーリ」


 ハガネはオレの側に来ると、オレを包み込んでくれた。

 そう、何にもなくなったオレを支えてくれたのはハガネだった。

 今、オレが抱えている怒りも悲しみも自分を許せないという思いも、ハガネが時をかけて癒してくれるのだろう。


 だが……オレが、オレ自身がそれを許さない。


 オレが、この村に来なければ。

 一つ目巨人を退治しなければ。

 氷竜討伐の獲得品を売り払わなければ。

 

 オレがあの時騎士を皆殺しにしなかったから……

 この死体の山が生まれたんだろう?


 憎いだろう、と声がする。

 胸の奥から湧いてくる殺意が我が身を委ねろと迫って来る。


 オレは唇を震わせ、力の限り叫び声を上げた。


「ブリュンヒルデえええええ!」


――ここに、おります。


 剣型となっているブリュンヒルデがオレの手に滑り込み、オレは魔剣ブリュンヒルデ・ダーインスレイブを握り込んだ。


「お前が、一番殺せると言っていたな。あの言葉にウソはないか」


――もちろんでございます、我が主。あなたの心は今、極上の音楽を奏でておりますわ。今なら私とも一つになれましょう。一緒に踊り狂いましょう、我が主、ユーリ・ストロガノフ様。


 力を入れて握り込むと途端に感覚が冷え込み、目の前の風景がまるで氷の塊を通して見ているようにリアリティを失っていく。

 

――フフ、【人殺しのマン・イーター】の本領を発揮いたしましょう。


「わ、私も行くよ!」


 ハガネが心配そうにオレを見た。

 ……オレが今からすることをハガネには見て欲しくなかった。

 オレは首を振る。

 

「プリシラに誰かついててやらないとな」

「で、でも……」

「すぐ戻る」


 オレは魔剣を握り込み、矢のように走り出すとすぐにハガネ達は見えなくなった。

 

 ハガネを装備して生えてきた黒い羽根で空を飛ぶよりも速く、地上を駆けている。

 【脚力強化】が発揮されているのだろう。

 魔剣ブリュンヒルデ・ダーインスレイブには単独で潜入し、標的を暗殺するに足る能力が各種備わっている。


「北東、どのくらいだ?」


――1時間もかからないでしょうけれど、それでも待ちきれませんわ。


 ……早く殺したいという欲望で喉が渇く。

 オレは一心不乱に標的を目指した。


 ☆★


「いやはや、ユーリ達に剣や、弓を破壊されたのには参りました」


 背の高い付き人が私に話しかけた。


「ですが、グリゴリー様が【錬金術】をお持ちだとは思いませんでした。

 侯爵家のご子息ともあろうお方がそのような万能なスキルをお持ちなどと、天は二物を与えずと言いますが、グリゴリー様には当てはまらないのでしょうなあ」


 赤ら顔の付き人が、いつものように私――グリゴリー・ガガーリンを称賛した。

 まあ、称賛すべきことをしたのだから当然だが。


 剣や弓の輸送時間を考えて村を襲撃しないよう破壊したのだろうが、ユーリの目論見は無駄だった。

 私が折れた剣や弓、槍をたちまち治して見せたのだからな。


「【錬金術】は戦闘にも使えるからなあ。無闇に見せびらかすようには使用していないだけのこと」


 謙遜したふりをしておく。


「それにしても、屋敷に帰ってから楽しみだな。

 ネコ族の女はスタイルが良く、奴隷に持って来いだと学園の友人はいっていたが、なるほどなあ。

 アリシアとかいうネコ。いいものを持っていた」


 はは。夜が楽しみだな。

 私は野外なんて土に触れるからごめんだ。

 きちんと獲物は持ち帰ってから味わわないとなあ。


「ええ、その楽しみは我々にも分けていただけるのですかな?」


 背の高い付き人がオレに尋ねた。

 付き人達は下卑た笑みを浮かべる。


 フン、部下たちのモチベーションの管理も、上役の仕事であるからな。

 

「私が選んだ奴以外なら遊んでもいい。

 ただし、壊すなよ? 明日以降も楽しみたいんだからな」

「へへ、わかっておりますとも」


 先頭を行く馬車には、連れてきた女たちを乗せてある。

 遊び飽きたら奴隷として売ったらいい。


「……しかし、私の頬に傷をつけたあの女……もったいなかったな」


 幼い少女をかばっていた。

 私の顔を傷つけるものだから、つい細剣で切り付けてしまったが。

 アレもいい女だった。


「しかし、良かったんですかね。村を襲ってしまって。

 ロラン殿の提案は、ネコ族に重税をかけ、ユーリを村から追い出すことでしょう?」


 生真面目そうな顔をした騎士がオレに尋ねた。


「お前はいつまでたっても馬鹿だなあ。この私は領主の息子だぞ?

 ロランは大した魔法使いだけど、ただの平民上がりだし、そもそも私の領地の亜人をどうしようが、領主の勝手だろ?」


 私がごく当然のことを告げる。


「まあ、それは、そうですが」


 この騎士は変に義理堅いところがある。

 

「それにしてもロラン様がくださった魔導球、凄かったですね」

「ああ、凄かったなあ。

 風の精霊魔法の初級魔法の風刃ウインドブレードをただ適当に重ね掛けしただけなのに」

「村長が消し飛びましたからね」


 まあ、私の作戦勝ちだな。


 私を中心に非武装状態で税の受け渡しに臨み、村長を魔導球で消し飛ばし、相手側の命令系統をマヒさせている間に村外の待機させていた騎士たちによる一斉突撃。


 村長の側近は怒ってツメを立てて向かってきたが、私も馬鹿ではない。

 非武装ではあったが、背中に鉄板を入れていた。

 形や大きさは思い通りに加工できるので、騎士の突撃までお手製の剣で牽制し、時間を稼いだ。


 騎士たちが到着すればあとは数で制圧。

 男を殺し、財宝を手に入れ、女を連れて帰れば任務終了。


 何人か反対意見を表す騎士もいたが、氷竜の鱗などの高級品が手に入るぞと言ったら途端に黙った。

 フン、高級素材を手に入れたくせに領主に報告なく持っている方が悪いのだ。


 ユーリと戦うのはリスクが高いが、7日前にネコ族の村を出たという。

 少なくともそんなにすぐには戻って来れまい。


 後ろの方で咆哮が聞こえた。


「何だ、まだネコ族を倒しきれてないのか?」

「そのようですね、2体ほど思ったより手ごわくて……」

「さっさと片を付けろよな、うるさくて敵わんぞ」


 私が後ろを向いている間に急に馬車が停止した。


「な、なにが起こった。おい、止まるな!」


 馬車の幌がバラバラになり、御者や馬を絡めとって動けなくしていた。


「いったい誰が!」


 馬車の荷台に見慣れない男が一人降り立ち、こう告げた。


「九十九神よ、その眷属たる鞍よ。今こそ我に力を貸し、尻に敷く者どもを振るい落とせ!」


 男がそう叫ぶと、馬に取り付けられた鞍が飛び跳ね、乗馬している騎士たちを振るい落とした。


「グワアアアアアア!」


 騎士たちは、落馬の衝撃に耐えきれず叫んだ。


「くそ、何が起こってるんだ!」


 私は状況を把握できないことにいら立ちを覚え叫んだ。


「安心しろ、お前は一番後にしてやる」


 金髪碧眼の男はそう言って笑い、踊るように剣を2回振るうと、騎士の兜が二つ地面に転がった。

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