45 また行くあてのない旅を
押し寄せた騎士たちが村から離れたのを確認してオレ達は屋敷へ戻った。
警戒を密にするとブリュンヒルデが申し出てくれたので任せていいだろう。
ブリュンヒルデは警戒範囲が広く、ある程度の距離になれば感知してくれる。
少しして、アリシアとリカルドがオレ達を呼びに来た。
今後の対策について話し合うのだろう。
アリシアに「用意してから向かう」と伝え、クリームとハガネに15分で用意するように伝えた。
オレはシザーが用意してくれていたキモノに着替える。
「ユーリ様にはこれを着てファッションショーの最後をつとめてもらおうと思ってたんだけど」
濃い紫の羽織に黒袴。
氷竜の住まう洞窟で着たキモノと同じ色だが、あれは借り物だったし、今着ているキモノはどうにも素材が違うみたい。
詳しくないが、上等なキモノなんじゃないか?
シザーがあっという間に着付けてくれた。
「ありがとう。随分高級そうなキモノだな」
キモノの袖を見るだけで素材の良さがわかる。
「我ら九十九神を統べる主、当代様だからね。
ヘタなものは着せられないよ。
それに、今から大事な会議だってクリームの姉さんから聞いたからね」
服を着替えさせられた後、髪も整えられた。
「これでよし、と」
ハガネとクリームが着替えを終えて出て来た。
二人ともキモノに着替えている。
こちらも、借りていたキモノに似ているが……模様などが違うな。
生地も違う、やはり高級そうだ。
「シザー、すごく可愛い。ありがとね」
「礼を言います。ありがとう、シザー」
「はは、二人でユーリ様を支えていくなら、それくらいのキモノが必要だろ?」
シザーは得意そうに笑う。
「あ、そうそう。
ユーリ様、ファッションショー盛況でさ、服の注文いっぱいもらったんだ。
商売繁盛だよ」
「見たかったな、ホント」
「ショーじゃなくていいからさ、九十九神のみんなとても似合ってて自分で言うのもなんだけど、可愛いよ。
ユーリ様から似合うねって言ってくれたらみんな喜ぶよ」
「そうするよ」
オレは頷いた。
「さて、後片付け一人だと大変だなー」
そのシザーの言葉にカンナとキヅチがそっと広間を出ようとしていた。
「残念、捕まえた」
シザーがカンナとキヅチを両脇に抱いた。
「シザーこき使うんだもん」
「今日はもうお休み、お休みなの」
「はは、ククルにもらった砂糖菓子が余ってるんだけどなあ」
シザーがポケットの中のお菓子を見せびらかした。
やはりカンナとキヅチはお子様なので甘いものに弱いらしい。
「んー、手伝うのはちょっとだけだからね」
「砂糖菓子先払い」
「わかった、わかった。作業部屋についてからね」
3人は広間から出て行った。
「行きましょうか、ユーリ様」
オレ達は村長の家に向かった。
☆★
村長の家の大部屋に通される。
オレと正対して村長。リカルド、レナトも周りに控える。総勢15名ほどだろうか。
レナトの友人たちも来ている様だ。
イザベラ……いや、リズは来ていないようだ。
オレの右にハガネ。
左にクリームが座った。
「騎士たちと戦闘にはならなかったのか?」
「ええ、重武装の騎士でしたので最悪そこまで想定しておりましたが、戦闘にはなりませんでした」
オレの質問に村長が落ち着いて答える。
「ですが、去年の3倍の税など普通の沙汰ではありません!」
リカルドが怒りに震えている。
「多少、豊作であれ2倍を超える増税など私は聞いたことがありません。
他の獣人族の村に確認してみましたが、どうやらこの村【グローバーズコーナーズ】だけの増税のようです」
その場にいた獣人がタメ息をついた。
「その上、かくまっているユーリ様を差し出せと」
村長がオレに伝えた。
「税は常軌を逸した額ですが、ユーリ様から頂いた氷竜や独角馬、一つ目巨人の獲得品、それを売って得た装飾品や衣服などを売り払えば、何とか足りるでしょう」
ネコ族達は青ざめた顔で隣と相談している。
「ですが、大恩あるユーリ様を差し出すなど、我々にはできません。
なあ、リカルド」
リカルドは力強く、頷いた。
「ええ、徹底抗戦と行きましょう。
獣人たちの反乱の件に加え、一つ目巨人から守っていただいたこと、薬の材料を採取していただいたこと、氷竜などの獲得品の恩恵を我々にも分けていただいたこと……感謝してもしきれません」
リカルドは、ネコ族達を振り返った。
「そうだろう、お前たち!」
ネコ族達は、互いに顔を見合わせたまま誰も話そうとはしない。
「いいんだ、リカルド。オレ達は……」
オレの言葉をレナトの友人の白ぶちのネコ族が遮った。
「ふざけんなよ!……なんで、人間守るのにオレ達が身体張らなきゃならねえんだよ!」
「マルコ、お前!」
リカルドがマルコを掴んだ。
「ユーリは――人間は守るのに、なんでラウラ姉ちゃんを……フィトの姉さんを追い出したんだよ!」
マルコはリカルドの手を振り払い、リカルドとオレを睨みつけた。
「追い出したわけじゃない……」
リカルドは下を向いた。
「そうだな、直接追い出したりはしてないな。
ラウラの家に対して、村の行事を伝えなかったり、狩りから追い出したり、分け前を与えなかったり、燃料を燃やしたりしただけだなあ!」
マルコはリカルドを問い詰めた。
「そのせいで、フィトの妹は冬を越せなかったんだ。
燃料なんてなかったから。
フィトの家は身を寄せ合って大人は何とか冬を越せたけど、小さい妹は冬の寒さを超えられなかったんだ……」
マルコは悲痛な叫びを上げる。
「リカルドさん。
オレはアンタに相談したよなあ!
フィトの家に対する扱いをなんとかしてくれって。
オレはアンタを尊敬していたんだ、だからアンタを頼ったのに!」
マルコがリカルドにつかみかかる。
リカルドはされるがままにしていた。
「結局何にも変わらなかった。
だから、ラウラ姉ちゃん……ラウラは村を出た。
……一週間後には、森の中で骨になっていたよ」
「マルコ……」
フィトが立ち上がった。
「リカルドさん、村長。
ラウラ姉ちゃんは、何でこの村にいられなかったんですか。
教えてくださいよ……」
フィトはリカルドと村長に涙ながらに尋ねた。
二人とも、答えられずに下を向く。
「村長、オレは出ていく。
オレ達のために戦ったりしなくていい。
この村を出れば済むことだから」
オレは村長とリカルドに伝えた。
「ただ、何も言わずにいなくなれば、逃走の手助けをしたと疑われてしまうだろう。
騎士たちと交戦し、ネコ族とは手を切ったと伝えておこう」
その場のネコ族は驚いた。
「ユーリ様!」
リカルドがひざまずいて顔を上げた。
「なぜ、そこまでしてくれるのですか、ユーリ様!」
そこまで、と言われる程大したことはしていないつもりだ。
「どこにも行くあてのないオレ達に宿を貸してくれた。
オレ達を受け入れてくれた。
オレは嬉しかったんだ。
今まで、世話になった。
ありがとう」
オレは頭を下げた。
「オレ達は出ていくから、もし、この村に半獣がいても追い出さないでくれるだろうか」
フィトとマルコが驚いていた。
「……なんだと」
「ネコ族は人間から追われ、やっとの思いでこの場所に逃れてきたと聞いた。
この村はオレ達を受け入れてくれた。
できれば、半獣ともうまくやって行って欲しい。
フィトやマルコの言う通り、ここを追い出されれば居場所がないんだ」
深く頭を下げた。
リカルドがオレに尋ねた。
「頭を上げてください。
ユーリ様は、ここを出てどこに行くのです?」
……正直、どこにも行くあてなんかない。
「どこか遠く、海の見えるところかなあ」
オレは行くあてもないけど、リカルドにとりあえず笑って見せた。
王都を追い出された時よりは清々しい気分で新しい土地へ旅をしていける気がしていた。




