43 リズと獣人たち
オレとブリュンヒルデは村の西に外れにある屋敷を出て、騎士215名が来る東の入り口を目指した。
途中、子どもたちがオレに手を振ってくれたので手を振り返す。
天気も良くのどかな日だというのに、騎士たちも無粋なことだ。
村の入り口から、つまりオレ達目掛けて笑い声を上げながら歩いてくる一団があった。
レナトと若者たちだ。
レナトと男達はいかにも獣人というルックスで顔にも毛がふさふさだが、男達に囲まれている女は毛も薄く体のラインの良く出る薄手の服を着ており、遠めでも美しい曲線をしていることがわかった。
人間と間違えてしまいそうだが、頭の上に生えている耳を見れば獣人であることがわかる。
ただあの耳、キツネ族のように見えるけど……まあ、キツネ族がこのネコ族の村にいても別に変じゃないか。
獣人たちは種族を超えて協力しあっているはずだから。
足早に駆けていくオレとレナトの目があった。
レナトはバツが悪そうに下を向き、道を開けた。
レナトはアリシアのことでオレに言いたいこともあるはずだが、「決闘」の勝敗を汚すことは、レナトのプライドが許さないのだろう。
オレに文句は言ってこない。
村の中でばったりオレと会ったときに舌打ちが聞こえるのは聞こえないふりをしてやっている。
道を開け、下を向くレナトの横を通り過ぎると、女は隣の男と談笑していた。
屈託のないとても気持ちのいい笑顔だった。
尻尾と、耳を動かしてとても上機嫌のようだ。
どこかで見たような顔だが思い出せない。
でも、どこかで見たこの女はこんな笑顔をしていただろうか。
オレは、この女の心からの笑顔を見たことがなかった気がする
女はオレと目が合うと、驚いたような顔をして目を伏せた。
「イザベラ……」
オレは思わず口に出した。
「ユーリ様、急ぎませんと」
ブリュンヒルデがオレの手を引いた。
「先に行っててくれ、コイツと話がある」
「……わかりました」
「何が起こっているか確かめてくれ。用事が済んだら、オレもすぐに向かう」
ブリュンヒルデはうなずき、村の入口へ向かった。
オレは、イザベラの方へ。
男達がイザベラの前に立ち、イザベラはその陰に隠れた。
「何の用ですか、ユーリ様」
レナトが使い慣れてなさそうな敬語でオレに話しかけた。
「昔の知り合いなんだ。
その女、イザベラと」
男達は震えだし、オレを睨んでいる。
その中の三毛の獣人がオレの目の前で土下座をした。
「勘弁してやってください、ユーリ様!」
「フィト!」
土下座をするフィトと呼ばれた獣人の背中に、イザベラは手を置いた。
「見逃してやってくれ!
昔の知り合いなら、リズの秘密も知ってるんだろう。
お願いだ、リズはここを追い出されたらどこにも行けないんだ、頼むよ!」
「フィト、ここはまずい。
変に目立ってしまう」
レナトがフィトに話しかけた。
「ユーリ様、森の方へ来てくれないか」
レナトに連れられてオレ達は森の中へ移動した。
オレを中心に、レナト、フィト、もう一人の白ぶちの獣人。
「ここなら、だれにも見つからないからなあ!」
フィトと呼ばれた獣人は、背中を向けたオレに飛び掛かって爪で攻撃してきた。
「オレと戦うときは、服を脱いでくるんだな」
「何だと?」
オレの背中に向かって爪を伸ばすフィトに対し、オレは微動だにせず右手を前に出し命令を下す。
「九十九神シザーよ、我に力を貸し、眷属を収縮せしめこの獣人を制圧せよ!」
服はあっという間に収縮し、フィトの自由を奪う。
「ぐあああああああああ」
フィトは悶絶し、口から泡を吹いていた。
イザベラがフィトに駆け寄った。
「フィト!」
「レナト、勝者に対して複数で囲んで暗殺しようとするとはな。
見損なったぞ。
戦士の誇りをオレは投げ捨てましたって、アリシアの前で言って見ろよ」
オレの挑発に乗らず、冷静にオレを睨みつけるレナト。
「……リズのためだ、いや、リズ達半獣のためなんだ」
【獣化】し、身体能力を向上させようと咆哮するレナト。
「……あまり時間がないんだ、レナト。
悪いな、遊んでやる時間はない。
ハガネ!」
オレは空に向かって叫んだ。
――はい! 今来たよ!
ハガネが剣型のまま飛ぶようにオレの近くに来て、そのままオレの右手に納まった。
「はあああああ!」
オレは【獣化】へ移行しているレナトの腹を思いっきり蹴り上げる。
九十九神であるハガネを装備したうえでの蹴りは、獣化を完了していないレナトには十分の威力だったのだろう。
レナトは気を失った。
さて、もう一人。
「逃げないだろう? ネコ族の戦士なら」
オレの後ろに回り込んでいた白ぶちの獣人のさらに後ろに回り込む。
「あ、ありえねええ!」
剣で攻撃すると殺しかねないので、手刀を首筋に入れる。
「グフ……」
その場に倒れ込む獣人を放置し、オレはイザベラの元へ近づく。
「また、オレをだましに来たのか、イザベラ」
「私は……」
イザベラは下を向いた。
何をしに来たって言うんだ、この村に。
オレに何の用があるんだよ。
婚約者であるお前が、オレをゴミみたいに捨てたんじゃないか。
……言いたいことだってあるけど、オレはイザベラの耳が気になっていた。
昔見たことのあるキツネ族の耳。
作り物にしては精巧にできている気がするが……
「ああああああああ!」
フィトが、自分を縛り付ける服を破って立ち上がった。
「リズ……お前はオレ達が守ってやるからな」
「フィト……」
リズと呼ばれたイザベラは叫んだ。
「ユーリ、もうやめて!……十分でしょ。
これ以上、みんなを痛めつけるのはやめて!」
フィトは先ほどの気合いは長続きしなかったのか崩れ落ち、イザベラはそれを守るようにオレを睨みつけた。
「イザベラああああ!
お、お前がオレに被害者面すんなああああああああ」
オレは天に向かって吠えた。
「すべて話すから、みんなのことは許して、ユーリ。
なんでも、するから……」
イザベラがオレにしなを作りながら近づいてきた。
ヒト型に戻ったハガネがイザベラの手を取り、強く握った。
「い、痛い!」
「汚い手でユーリに触らないで!
あと、あなたにユーリって呼ぶ権利はないんだよ。
ユーリを傷つけたこと、私は許してないからね!」
ハガネがイザベラに啖呵を切った。
「あなた、だれ」
「ユーリの奥様(になる予定)だよッ!」




