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38 採寸

 倒れたプリシラを抱えようとしてハガネに止められた。


「私たちに任せて、ユーリ」


 倒れているのを見てつい助けようとしたけど、オレが触れることで殺気でムリヤリ起こしてしまう可能性があった。


 オレのスキルは近ければ近いほど発動しやすく、強く殺意を起させてしまう。

 つまり、オレがあの子にしてやれることは何もない。


「そこの帽子をかぶせて」


 クリームの指示にハガネが従う。


「カンナ、キヅチ。

 この子の家まで案内して」


 二人が頷いた。

 クリームがプリシラを抱いて歩く。

 オレの目の前で一旦足を止めた。


「ユーリ様、あなたの居場所は私たちが守ります。

 ハガネ、ついてきなさい」

「は、はい」


 クリームとハガネが出かけて行った。

 任せるしかない。


 ククルが焼き魚を持ってきた。


「ユーリ様。

 ……食べよう。

 ……た、食べたら、元気」


 ククルがオレの手を持って、ぐっと握った。


「そうだな、食べよう」


 うん、とてもおいしい。

 ククルに元気づけられるほど、きっとオレはひどい表情をしていたのだろう。

 作ってくれたククルにきちんと笑顔を返そう。


 ☆★


 次の日。

 プリシラを親のところに連れて行ったクリームたちは多くを語らなかった。

 うまく話してくれたのだろうか。


 オレの体はまだ疲れが取れていないらしく昼過ぎまで寝ていた。

 起きてみるとだれもいない。

 氷竜のブレスで凍りついた足はまだ全快ではなく、杖をついて大広間を目指す。


 ガララ。


 扉を開けると、シザー以外のみんなが素っ裸で並んでいた。


「へ?」

「ユーリ様おはよー」

「おはよー」


 カンナとキヅチは裸のままオレのところに挨拶に来たが、ハガネとクリームとククルは体を隠している。


「「う……」」


 少し非難するような目を向けられた。


「ご、ごめんね」

「「ばいばーい」」


 カンナとキヅチはさようならの挨拶をしてくれた。


 そうか。

 裁縫の【九十九神】シザーが生まれたので、皆の洋服を作るべく採寸しているのか。

 

 んー、みんなの裸も見ちゃったし少し気まずくて外に出た。

 屋敷には縁側があって、カンナとキヅチの力作の庭が広がっている。

 クリームも手伝ったって言ってたっけ。


 縁側に腰かけて庭を眺める。


 黒い大きな傘を差した小柄な女性が散策をしているのが目に入った。

 傘なんて晴れてるから不要だと思うんだけどな。


「ユーリ様!」


 黒傘の女性はオレに気づいて近寄ってきた。

 誰だっけ? 見たことない人だと思うんだけど。


 女性は足音も立てず近づいて来てオレの隣に座ると、傘を畳んだ。

 なるほど、軒先では不要ということは日傘なんだね。


「こんにちは。

 ネコ族の村では見ない服ですね。

 旅の人ですか?」


 刺繍を尽くした青色のロングシフォンワンピース。スカートは優雅に広がっていた。

 腕はスケルトンだが白手袋をして黒傘と良く似合う青の鍔広帽子を被っていた。


 貴族趣味にしても華美な装いであるが、色使いが抑え目なことと、唇は薄く切れ長の目に整った顔が上品さすら感じさせていた。

 服は髪色と合わせているのだろうか。

 青髪を肩を超えるくらいに伸ばし、つばの広い帽子の下の方からポニーテールをのぞかせていた。


「あ、失礼いたしました。こちらの装い、ヒト型では初めてお目にかかります。

 ブリュンヒルデ・ダーインスレイブでございます。

 魔剣、と申したほうが伝わりますでしょうか、ユーリ様」


 ブリュンヒルデはワンピースの裾を掴み、あいさつをした。


「ああ、ブリュンヒルデ。

 目が覚めたんだな。

 良かった」

「ふふ。ボディにきつい一発ありがとうございます。

 私の依代よりしろの女剣士は見事にノックダウンでございました」


 ブリュンヒルデは楽しそうに、先の戦いについて話してくる。


「あの女冒険者はどうしたの?」

「人間の元へ帰してしまいましたわ。

 ハッ……私としたことが、すみません!

 ユーリ様の食後のプディングを奪うような真似をして申し訳ありませんでした!」


 いや、縁側から降りて土に向けて土下座なんてしなくていいんだけど。

 というか、あの女剣士がプディングって何? 

 ……ああ、そういうことか。

 クリームもそうだけど、野蛮な国の出身のようだね。


「いいよ、別に。

 とりあえず、あの剣士が生きてるんならそれでいい」

「あ、ありがとうございます!」


 ブリュンヒルデはオレの隣へ座った。


「あ、ブリュンヒルデは服をつくってもらわなくていいの?」


 みんな、服の九十九神シザーに採寸をしてもらっているのだ。


「私は、服を自分で作るのが好きでして。

 他の【九十九神】は武器だけに装いを気にしない方も多いのですが、私は私なりのスタイルを守りたいのです。

 どうでしょうか」


 体のラインや露出は控えめだが、贅沢に刺繍で飾り付けたワンピースの装いはとてもキレイなものだとオレは思う。


「そうか、自分なりのこだわりがあるんだな。

 いいと思うぞ」


 オレはブリュンヒルデに笑いかける。


「ユーリ様の笑顔はずるい、とお姉さまがおっしゃっていましたが、本当ですね」


 ブリュンヒルデはオレのすぐ隣に来た。


「私、しばらく人と心を通わせておりませんの。

 私が慕いたいと思う相手にどうにも巡り合うことがなく……詮無く、【憑依】を繰り返しておりました。

 今度、私を握って頂けませんでしょうか。

 後悔はきっとさせません。

 私が一番人間を殺せますから」


 ブリュンヒルデはオレに自分を売り込んできた。

 でも、オレはそんなに人間を殺したいわけじゃないんだけどな。


「わかった。今度、そんな気分になったらな」

「……はい。私はずーーーーーーっとお待ちしておりますよ」


 オレを見つめてしなだれかかるブリュンヒルデに背筋がゾクっとしてしまった。


 ☆★


 あー、クソ。

 つまんねえ。

 夜道を歩きながら、オレはいら立ちを紛らわすように夜空に向かって咆哮する。

 村の見回りということで、オレと他に同年代が二人。

 今は夜、村の周りを見回りがてら散歩していた。


 いつもいつもオレについてきたアリシアが、あっという間に新しい男を見つけやがった。

 アリシアのあんな目オレは見たことがない。

 完全なる発情期のメスの目だ。

 ああ、腹が立つ。


 何より気に食わないのは、オレがその男に完膚なきまでにぶちのめされたってこと。

 この村で村長以外にはオレ一人しか使えない【獣化】を使ったのに、汗もかかずにオレを切り裂きやがった。

 しかも、後遺症など一切残さずに……


 必死になって攻撃したからでなく、獣人の体の構成を把握しながら、戦闘不能にし、なおかつ回復が容易な攻撃をわざわざオレにぶつけた……


 ちくしょう、これが手加減でなくて何なんだ。


 オレは、いら立ちを紛らわすために古木を爪で切り裂いた。


 ズーン、と古木が沈む。


「何、怒ってんだよレナト」


 三毛のフィトがオレに話しかけた。


「まあ、アリシアの奴もさ、今だけだってば。

 結局種族差はでかいよ。レナトのとこに戻ってくるよ」


 白ぶちマルコがオレを慰めるように話す。


「それよりさあ……へへへ。人間の女だよ。

 仕立てのいい服を水辺に置いて小川で一人で水浴びしてるよ、レナト」


 小川で水浴びをする女を見つけたのだろう。

 白ぶちマルコがオレに肩を組んできた。


「へへへ。

 何しに来たのか知らないが、やるだろ? レナト」


 白ぶちマルコは下卑た笑顔を浮かべる。


「何をだ」

「人間に好き放題やられてるんだ、こっちの領域に裸足で踏み込んで来たならそれなりの扱いをするってことだよ」


 オレの肩に手を置くマルコ。


「……勝手にしろ」

「真面目だよな、レナト。

 すっきりすればアリシアのことだって忘れるぜ?」


 オレはマルコの顔面に回し蹴りを加え、その場を離れた。


「ちくしょう、レナト!

 何だよ、スカッとするかと思って誘ってやったのによ」


 フィトとマルコは、その女へ気配を隠しながら近づいている様だ。

 その女が犯されようがオレの知ったことではない。


 それにあいつらは人間みたいに野蛮ではない。

 命まで奪いはしないだろう。

 獣人の領域に一人で来てるニンゲンが悪いんだ。


 オレ達を奴隷扱いし、役に立たなければ虫けらみたいに殺すニンゲンをオレがかばい立てする理由なんてない。


 ただ、なんだか嫌な予感がしていた。

 夜半こんなところに来る人間などいるわけはない。


 まさか身分の低い人間女を使ってオレ達に手を出させ、女を犯した事実を盾にネコ族すべてに罪を問おうとする罠ではないのか。


 ありえない話ではない。

 領主の代替わりによって、ネコ族に対する扱いは年を越すごとにひどくなっている。

 

 まさかな……


 オレは、その女を見定めようと小川の近くへ戻った。


「……誰?」


 その女は体を手で隠し、無言で近づいて来る白ぶちマルコへ声をかけた。

 マルコが接近しながら、水面を揺らす。


「ただのネコ族だよ」


 マルコはその女へ近づく。


「一人か」

「……」


 その女はマルコを睨みつけた。


「沈黙は、肯定なんだろうなあ」


 マルコは近づいて、その女の手を取る。


「やめてよ!」


 その女は体を隠しながら抵抗する。

 水面がかき乱され音を立てた。


 その様子に暗い欲望を刺激されたマルコは女を突き飛ばした。


 その女が足を滑らせ、体が小川に沈んだ。

 髪飾りが落ち、慌てて女はそれを掴んだ。


「はははは、立てよ」


 マルコが小川に沈んだ女を引き上げる。


 あの女の手、髪の上から伸びているものはまるで…‥‥


 オレは、小川に飛び込んだ。


「な、なんだよレナト。

 やっぱりヤリたくなったのか?

 しょうがねえな。アリシアに袖にされて溜まってんだろうから、一番はお前に譲るぜ?」


 マルコがオレに話しかける。


 オレは、その女の手を引き立たせた。


 水に濡れた女の体は月夜に照らされて怪しい魅力を放っている。

 しかし、オレはオレ達は獣を思わせるその腕の体毛や、頭の上から伸びるその耳に目を奪われていた。


「こいつ、半獣だぞ!」


 マルコが叫んだ。

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