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37 半獣

 憎いだろう、と声がする。

 胸の奥から湧いてくる殺意が我が身を委ねろと迫って来る。


 あたりには炎が立ち上っていて、ちぎれた耳と女の死体が折り重なっており、幼子の泣きわめく声と肉の焼ける匂いがしていた。

 

 オレは唇を震わせ力の限り叫び声を上げると、手のひらにある魔剣を握り込んだ。

 力を入れて握り込むと途端に感覚が冷え込み、目の前の風景がまるで氷の塊を通して見ているようにリアリティを失っていく。


 妙に穏やかな心境に「殺せ」という声だけが頭の中で鳴り響いていく。

 抑えきれない殺意が身体を震わせ、つま先からひじの先まで今にもはじけそうなほどの衝動が埋め尽くす。

 喉が渇いて仕方ない。

 

 抗えないほどの殺意が、自我を捨て身を任せろと伝えてくる。

 魔剣ダーインスレイブ。

 オレはそれを握り込み、誘惑する殺意に身を任せた。


 ☆★


 じっとりと汗をかき、飛び起きた。

 何か怖い夢を見たようだったけれど……

 近頃夢見が良かったので、オレの周りには誰もいない。

 ぐーたら寝ているオレと違ってみんな働き者だ。


 屋敷の完成という一世一代の大仕事を終えたカンナとキヅチ。

 役目を終え、消えようとしていた二人にオレは【魂継たまつぎ】という延命処置を施した。

 魔鉱石とオレの体液を使って長く生きれるようにした。


 かなりの量の血液をカンナとキヅチに与えた。

 血を抜かれてふらふらしたが、カンナとキヅチがいなくなるよりマシなんだから仕方ない。


 ただ、【魂継たまつぎ】を施した後も普段から魔力をもらわないといけないらしくオレとピッタリくっついて寝ている。

 氷竜の住まう洞窟攻略にカンナとキヅチも連れて行ってくれって言ってたのもこのせいなのかな。

 

 【九十九神つくもがみ】はオレから魔力をもらって生きている。


 伝説級の武器であるクリームやブリュンヒルデは違うけど、ハガネやカンナ、キヅチはオレの魔力で生きているのでなるべく近くにいないといけないらしい。


 そうか。

 だからクリームは少し遠慮していていたんだな。

 オレと一緒に居ることを。


 そして、ハガネはそのこと自体を知られたくなかったみたいだ。

 

 ハガネに理由を聞いてみたところ、義務感で一緒に居られるのは嫌だったみたい。

 ハガネはオレが顔を見てくれないことを随分気にしていたらしい。

 嫌われているのに義務感で一緒にいるくらいなら、とひとり気に病んでいたようだ。

 そういえばハガネが寂しそうにしていることもあったな。

 「そんなことはない。一緒に居て欲しい」と伝えた。


 ハガネは「私、冷たいよ」と言っていた。

 「温かくなるまで一緒に居よう」と言ったら喜んでいた。


 ☆★


 オレ達が氷竜を征伐したことはすぐにネコ族の知るところとなり、オレ達の評判はまた上がった。

 

 クリームは氷竜の死体がもたらした鱗や魔鉱石を適正価格でもって近隣に売り払った。

 その利益をもとにネコ族が売っていたものを買い取ってネコ族は随分潤ったと聞いた。


 そんな中ダンジョン攻略中に懐に入れていた【ハサミの九十九神】と【包丁の九十九神】が生まれることとなり、神事や祭りごとで大層にぎやかになった。


「ククルとシザーも可愛いね」


 ハガネが宴会を抜け出してオレの側に来ていた。

 ネコ族は宴会好きらしくことあるごとに宴会を開いては誘ってくる。


 今日は衣服を司るハサミの九十九神【シザー】と、料理を司る包丁の九十九神【ククル】の誕生祭だ。

 

 もちろんオレは二人の誕生祭は嬉しかったけれど、それを肴になんでも飲もうとするネコ族の飲み会の多さに辟易していた。


「そうだな。

 一緒に頑張っていこうな」


 オレはいい気分になったので、近づいてきたハガネに寄っかかっていた。


「なに? ユーリ酔っぱらってるの?」

「いや、酔ってないと思うよ。

 ただハガネが来てくれて嬉しいんだ」


 これはそのまま気持ちが出た言葉。

 

「ふふふ。

 随分、泣かなくなったねえユーリ」


 そういえば、最近は随分楽に寝れている気がする。


 ☆★


「朝ですよー」

「朝よー」

「ごはんが冷えますよー」


 カンナとキヅチが起こしに来た。

 まだ氷竜退治の疲れが残っていたのか。

 随分と寝てしまったようで、一緒に寝ていたはずのみんなはもういない。


 朝起きるのを促され、ムニャムニャ起きて寝ぼけまなこで食卓へ。

 タタミの敷き詰められた広間に一人分の机。

 ちゃぶ台っていうんだったっけ。

 

 置いてあった汁物へ口を近づける。

 おお、これは野菜を油で炒めたけんちん汁というものか? 

 出汁から丁寧に取っているのか。


 おお。……う、うまいじゃあないか。

 東方でうまいのものを食べた記憶はあるが、それを遥かに凌駕する味……


「う、うめえええええええええ!」


 ついつい叫んでしまった。


 ククルがこちらを向いて答えた。

 茶色のショートカットをきれいに肩で切りそろえていて、白の振袖に黒の袴を合わせている。

 恥ずかしがりなのか前髪を伸ばしており、表情はあまり見えない。

 

「ユーリ様……うめえって叫んだ……

 くす。……気に入った?」

「おいしいよ、ククル」


 ククルは嬉しそうに笑い、立ち上がって割烹着に手を通す。


「焼き魚、作るよ……これもすごく……」

「すごく?」

「……おいしい、はず」


 一つ一つ言い淀む。

 言いかけては言い直しているククルの話は、リズムがおかしいけど、オレはククルと話すのが嫌いではない。

 口下手なんだろうけど、オレと話したいって、一生懸命話そうとしているからだ。

 

 たどたどしい話し方は雄弁に勝るっていうけど、きっと話したい、伝えたいって気持ちがあるかどうかないんじゃないかな。


「お茶だよー」

「お茶―」


 カンナとキヅチがお茶を持ってきてくれた。

 

 屋敷が完成し、【魂継たまつぎ】をして延命しているカンナとキヅチは家づくり以外も覚えようといろんなことをしている。


 キヅチから湯呑を受け取って飲む。


「美味しいよ」

「しっかり急須で出したよ」

「ありがと」


 お茶を飲みながら、魚の焼ける音を聞いていた。

 ふう、贅沢な時間っていうのはこういうときを言うんじゃないかな。


「カンナー、キヅチー」


 誰かが、というか声を聴く限り小さな子なんだろうけど、カンナとキヅチを呼ぶ声がする。


「呼んでるぞ」

「プリシラ」

「友達」


 なるほど。ハガネから聞いていたが最近カンナとキヅチにネコ族の友達が出来たと聞いた。

 

「おいでー、ここだよー」


 カンナとキヅチが呼びに行こうとしたところで、ハガネがプリシラを連れてきた。

 

 プリシラはオレを見つけるとハガネの陰に隠れた。

 大人が怖いのかな。

 人間じゃないから、人から殺したい程嫌われるオレのスキル「ゴキブリ」の影響を受けないと思うんだけど……


「プリシラ、ユーリ様いいひとだよ」

「怖くないよ」


 カンナとキヅチがプリシラの手を引いてオレの側へ連れて行こうとする。


「気分、悪い」


 プリシラは気分悪そうにしている。


 ヨロヨロと台所に行くと、包丁を手に取った。


「……それは料理の道具。……どうするの。お姉ちゃんに……返して」


 ククルが包丁を取り返そうとした。

 プリシラは包丁を返そうしなかった。

 気分悪そうにふらついているプリシラが心配になって、オレは近くに行く。


「危ないよ、大丈夫?」


 通りがかったクリームが大声を上げた。


「ハガネ、その子をユーリ様に近づけてはダメ!」


 プリシラは包丁をぐっと握り込むと、オレの胸に突進してきた。目が血走っているようだ。


「え」


 全く持って反応できないオレ。

 

「ダメ!」


 ハガネがすばやくオレに近づいてプリシラを突き飛ばした。

 プリシラは飛ばされてちゃぶ台へぶつかった。


「ハガネ、力が強すぎるぞ」

「だ、だって……」


 いや、ハガネが悪いわけじゃない。オレを守ってくれたんだから。必死だったから、力の加減が出来なかっただけだ。

 ……オレは嫌な予感がした。


「どうしたの?」

「プリシラ……」


 カンナとキヅチは友達のプリシラを心配していた。


「耳が取れてる!」

「ええ! だ、大丈夫? ご、ごめん」


 ハガネは慌ててプリシラに近づく。

 クリームが静かに歩み寄り、取れた『耳』を触った。


「治るか、クリーム」


 オレはクリームに回復魔法で治療可能か聞いた。


 クリームは静かにクビを振った。


「作り物の耳。この子には、人間の血が流れています。

 だから、ユーリ様を殺そうとしたんです。

 ……この子は半獣、ヒトと獣人の子どもです」

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