31 魔剣ダーインスレイブ
魔剣に憑依された女は「剣士」として理想的なフィジカルをしている。
スラっと伸びた手足に筋肉の動きを隠す長い丈のマント。
下に鎖帷子くらいは着こんでいるのだろうが、軽装で、瞳と同じ青色の髪を腰まで伸ばしており、、顔立ちも整っている。
剣から伸びた管のようなものが顔や手足に突き刺さっていなければ美人なんじゃないかな。
表情も冷たくて近寄りがたいけどね。
「そちらの殿方のお名前を教えていただけますか? お姉さま」
女剣士がオレを見てクリームに問いかける。
「当代の【九十九神】を統べるお方、ユーリ・ストロガノフ様よ。
素直に平伏できるわね」
女剣士は驚いた様子。
「ユーリ様のことは存じておりますよ。
私も人殺しを業として行うもの。
強き殿方の名は耳に入れております」
恭しく礼をする女剣士。ゆっくりと顔を上げて言った。
「しかし、当代一の戦士ユーリ様が【九十九神】当代様でいらっしゃいますか。
……私ったら。失礼いたしました。自己紹介が遅れておりました。
私、ブリュンヒルデ・ダーインスレイブと申します」
片足を引き、ドレスの裾を持ち、体を傾けてあいさつをした。
クリームといい、伝説級の武器は淑女のポーズが好きだな。
「これでも、魔剣と呼ばれる武器達の末席を汚させていただいております。
ユーリ様。私はきっと是非なくあなた様に平伏させられるのでございましょう。
……ですがその前に――あなたに決闘を申し込みたいのです」
ブリュンヒルデ(が憑依する女剣士)はオレに剣先を突きつけるように構える。
オレの顔目掛けて突き付けられた魔剣は室内での対人戦を意識した大きさで、片手でも両手でも扱えそうな直刀。
「不敬よ。死にたいのかしら」
クリームはオレが聴いた中で一番低い声を出した。
それに怯えるでもなくブリュンヒルデはオレに話を続ける。
「ユーリ様、ただ一度の反抗お許しください。
当代一の武器使いと噂されるあなたとお会いして……
手合わせしたいと思うのは魔剣として生まれたモノに備わった本能でございます」
ブリュンヒルデは魔剣に舌を這わせ、かすかに残った血を舐めとると体を大きく震わせた。
「ああ! ユーリ様と手合わせすることを思うと渇いて仕方がありませんッ!
その上、お姉さまと死合える機会などそうはございませんからね。
どうでしょう? お姉さま。
この剣士憑依するのにいい素体だと思いませんか?」
ブリュンヒルデは両手を広げて女剣士の体を見せつけた。
剣士として申し分ないことももちろんだが、均整の取れた丸みを帯びた体にむしゃぶりつきたい男も多くいるだろう。
「憑依はいいけど、素体を壊さないようにね。
ユーリ様は人間を大切になさるわ」
クリームの言葉を聞いてブリュンヒルデは嬉しそうに言った。
「それは、決闘を引き受けてくれるという意味でよろしいのですか?
【九十九神】で服従させるのでなく、死合ってくれるのですか?」
クリームはオレを見て話した。
「どうでしょう、ユーリ様。
私とヒルデの戦いなど、滅多にみられるものではありません。
ユーリ様さえ良ければ、私を使って戦ってくださいますか?」
クリームは申し訳なさそうにオレに問うが、しかし、これ以上ないほどの笑顔を浮かべている。
「お前が戦いたいっていうってことは、ハガネじゃ相手が出来ないってことなんだな」
ハガネはヒト型に戻り決意を瞳に宿しクリームに懸命に主張した。
「私、ユーリとうまく息を合わせて戦ってみます。
ダメでしょうか。私、頑張ります。強くなりたいんです」
クリームはハガネの肩に手を置き、諭した。
「ハガネ、今のあなたじゃ伝説級の武器を相手にするには強度が足りません。
ユーリ様があなたで魔剣の攻撃を受けたときに折られてしまうでしょう。
あなたが死ぬだけでなく、そのせいでユーリ様に傷を負わせてしまいますよ」
「……わかりました」
オレは下を向いたハガネの頭に手を乗せた。
「ハガネ、あなたの強度をあげる方法はあります。
あなたが経験を積めば、私がその方法を教えます。
責任を持ってあなたを育てますから」
クリームがハガネに語りかける。
「頑張ろうな、ハガネ」
オレはハガネの頭を撫で、声をかけた。
「うん」
「頑張ろうね、ハガネ」
「頑張ろ」
カンナとキヅチもハガネの頭を撫でる。
「カンナとキヅチに慰められちゃった」
オレとクリームも思わず和んでしまった。
「それにしましても、生まれたての子たちはとても可愛いらしいですね」
ブリュンヒルデも和んでいた。
「お前も、優しい気持ちは持ってるんだな」
「あら、嫌ですわユーリ様。
私も血と戦闘と殺し合いを好むだけの、優しい気持ちを持った普通の女の子ですわ」
「……ブリュンヒルデ。人は、それを優しくない女の子って言うんだ」
「あら」
ふう、クリームもやる気になっているし、仕方ない。
というか、オレも戦士なんだよな。
強敵と戦うことにワクワクしないわけがない。
戦闘中は興奮するより仲間の生存に気を回しているだけで、一人だったならばオレは結構無鉄砲な方だと思う。
「リカルド、カンナとキヅチを頼む」
「おまかせください。ユーリ様、先ほどは熱くなってすいませんでした」
リカルドは深く頭を下げた。
「リカルドの気持ちわかるよ。
オレだってみんなを傷つけられたら平気じゃいられない。
熱くなってしまったことで、アリシアやハガネを危険にさらしたことに気づいて謝ってくれてるんだろ?」
「はい。すみませんでした」
みんな、頭で考えた理想の行動がとれるわけじゃない。
オレは怒りに任せてソフィアたちをぶっ飛ばして王都から逃げ出した。
でも、面と向かって国にケンカを売る必要なんてあっただろうか?
オレはあの時、追放されただけだった。
そのまま、どこかで細々と暮らしていくことだってできた。
でも、ただ逃げ出すだけなんてできなかった。
オレの怒りをぶつける先が欲しかったんだ。
「じゃあ、頼む」
リカルドがカンナとキヅチをアリシアのいる安全な岩陰まで連れて行った。
ハガネは近くで見るとのことで、オレは反対したがクリームとハガネに押し切られた。
「じゃあ、行くぞ」
――はい、ユーリ様。
クリームはヒト型から、昔オレが欲しくてたまらなかった聖剣バルムンクへと姿を変えた。
――こんなことならもう少しユーリ様と訓練しておけば良かったですね。
オレはハガネと訓練している間、クリームは村との調整作業をしていてクリームを装備して戦闘するのは今回が初めてだ。
聖剣を手にするだけで、ハガネのときとは段違いに自分が強化されているのがわかった。
――本気で挑まないといけない相手と戦うことになるとは思いませんでした。
強いのか?
――というより、状況と相性でしょうか。
私とユーリ様の練度不足もありますし、私の二つ名は【竜殺し】でございまして。
【風刃】による広範囲殲滅攻撃とブレス防御障壁、最大の魅力はドラゴンですら真っ二つにする切れ味と破壊力ですね。さすが【戦士の剣】と言われるだけあります。
と、いうことで私、とても強いんですが、人間ひとり相手にはオーバーキル過ぎます。
持ち味が行かせません。
「ブレス吐く人間いないしな。ドラゴンより硬い人間いないしな。」
――ええ。対して、ダーインスレイブは【人殺し】の二つ名を持ちます。
脚力上昇と、剣速上昇効果、斬撃の鋭さは大剣を縦に真っ二つに出来る程。
後、気配察知能力や、足音を消したり、任意の相手の位置確認をしたり……
「ダンジョン突破に有利……というより、王侯貴族暗殺のためにあるような武器だな」
――おっしゃる通り、【暗殺者の剣】と呼ばれ、何人もの王侯貴族、英雄がダーインスレイブによって露と消えました。
あとは、自動クリーニング機能がついてます。
「へー、便利だな」
――まあ、指紋を消すためなんですけど。
「怖い、怖すぎる」
聖剣を構えて打ち合わせるオレ達にブリュンヒルデがツカツカと歩み寄る。
「そろそろ、よろしいですか? ユーリ様。お姉さま」
「まあ、あとは現場で調整だ。いいな、クリーム」
――はい、お願いします。
「この小石が下についたときに死合を始めましょう。ユーリ様それでよろしいですか?」
「ああ」
ブリュンヒルデが小石を拾い、ひょいっと高く放り投げた。
オレがその石に注目していると、ブリュンヒルデはおもむろに跳躍して投げた石を追い越し、小石を下に叩きつけた。
その小石が地面につくと同じタイミングでブリュンヒルデはオレの目の前に現れた。
「汚くないか」
「ふふ、兵法のうちじゃありませんか」
ブリュンヒルデが上段から剣を繰り出す。
オレは剣速についていけず、聖剣で防御しきれない。
体をずらし、後ろに引いて躱した。
「くっ……」
ブリュンヒルデの追撃は一歩足を踏み込んでの突き。
オレの身体を掠め、羽織と脇腹の皮を少し持っていかれたが、避けて一歩踏み込む。
右手で剣を持ったまま、空いた左手でブリュンヒルデのボディを殴って吹っ飛ばす。
「がはっ」
ブリュンヒルデはゴロゴロと地面を転がされた。
これは憑依の欠点だろうか。
剣での攻撃に意識が行くあまり、体への防御意識が甘いし、それ以外での攻撃の意思を感じない。
オレが拳を使ったように頭突きやヒジが効果的な場面があったが、ブリュンヒルデは選択しなかった。
「剣足で敵わないと悟ると、無手も厭わないなんて……
戦闘の間にも瞬時に冷静に分析し、華を捨て実を取れるお人でいらっしゃるのですね、ユーリ様。
ますます惚れこんでしまいますわ」
ブリュンヒルデはさきほどのダメージを全く気にせず、むっくりと起き上がる。
「せっかく小石を叩きつけるという奇襲をしたのに、先制できませんでした」
「なかなかいい案だったぞ。自分で投げた石より早く動ける奴なんていないしな」
「お褒め頂き、光栄です。
では、私も本気を出させていただきましょう」
ブリュンヒルデは跳躍し、体から大小さまざまな武器や道具をばらまくと、空中に漂う。
「人間で、暗器まで使わせてくださる方は希少ですので、喜ばしい限りですわ」
フワフワとブリュンヒルデの周りを漂う暗器を従え、嬉しそうに言った。
「できれば死なないでくださいね、ユーリ様」
――ユーリ様と私が負けるわけがないでしょう。
その気になれば、この洞窟ごとあなたを消せるんです!
周りに配慮してるから、戦いづらいんです。私も今から本気で行きますからね!
あまり活躍できてない聖剣が叫んだ。




