02 婚約破棄
こいつら勇者パーティーはみんなオレの幼馴染。
小さな村出身だからお互い子どもの頃から知ってるんだ。
オレ達は冒険者になりたくっていつも木剣を持って遊んでいた。
なんで冒険者になりたいかだって?
それはね、いろんなところへ行けるからだよ! 夜の森、ダンジョン、荒野……。
その頃のオレならそう答えただろう。
故郷の村は、夢見がちなオレ達には狭すぎたのだ。
この国に住む人間が12歳を迎える朝に、特別な技能が授けられることがある。
運よくオレ達はみんな仲良く「勇者」の加護をもらえた。
村の大人たちはみんな喜んでくれたし、オレ達も飛び上がって喜んだ。
オレ達はそれぞれの体の「あざ」を見せ合った。
加護は「あざ」として体のどこかに浮かび上がるからね。
戦士であるオレは「剣」、魔法使いは「杖」、癒し手は「手」。
そして勇者は「光」――
もちろん、みんながみんな思った加護が出るわけじゃない。
癒し手や魔法使いもオレの「剣」のあざを羨んでいたし――
オレだって、勇者パーティーの中でも一番のあこがれである、「光」のあざを持つ勇者になりたかった。
でも、あこがれの冒険者しかも勇者パーティーに選ばれたのだ。
それぞれの職業でオレ達は頑張ることにした。
パーティーのバランスもすごく良かったしね。
仲の良かったオレ達は切磋琢磨してお互いの技を磨きあった。
みんなで仲良く修行して……だんだんオレ以外のみんなはスキルを覚えていった。
「剣技」「神聖魔法」「精霊魔法」といったスキル。
オレは、どうしてかスキルを覚えられなかった。
他のみんなは何個もスキルを持っていたけど、オレのスキルは【九十九神】一つだけ。
しかもどんな効果かわからない。
そのせいで、人より多く稽古をして一つでもレベルを上げていたわけだけど……
本音を言えば、戦闘用のスキルが欲しかった。
「剣技レベル1」でもあれば戦い方の幅は随分違ってたと思う。
オレはいつも勇者と剣の練習をしていたんだけど、勇者が持っている多彩なスキルを相手にするには同レベルだと辛いものがあった。
オレは、剣で勇者には負けるわけにはいかなかった。
勇者にだけは負けたくなかった。
ひとつでも先へ先へ――。
オレはレベルを上げ続けた。それはスキルを持ってないオレの意地だったのかもしれない。
そんな喉から手が出るほどにスキルを欲しがっていたオレの隠しスキル――
「ゴキブリ」…このスキルの持ち主は生きているだけで殺したい程人に嫌われる。
SSS級のレア・ペナルティスキル。
あんまりだ。あんまりじゃないか。
オレが悲しみに暮れているとき、魔法使い達は大笑いしていた。
「ひぎゃーっはっは。
あー、おかしい。そういえばさあ、助けたコドモがさあ、オレラにウンコ投げてきたときあったじゃん。」
「あー、勇者パーティーにウンコお投げになるなんてひどいお子さんもいるもんだって思いましたけど。
あのウンコは戦士にぶつけられたものだったのですね」
覚えている。
街道沿いの町が魔物に襲われたとき、オレ達のパーティーで体を張って討伐したときだ。
みんな勝利に沸いたけど、あの子だけはウンコを投げてきた。
精いっぱいの力を込めて。
オレは頭が真っ白になった。
今まで――
オレが外でご飯食べに行くと、みんな嫌そうに我先に店から出て行ったのも、
魔物に襲われたところを助けた少女に、ツバをかけられたことも、
勇者と魔法使いと癒し手が前に3人で座って、後ろにオレっていう馬車の座席配置も、
全部全部、オレが、殺したい程嫌われていたからだっていうのか!
この『ゴキブリ』というスキルのために……
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
オレは慟哭した。
オレはホントは気付いていたんだ。オレは嫌われているんじゃないかって。
必死で気付かないふりをしていたが、もうどうしようもない。
そうだ、イザベラ。
オレの婚約者のイザベラなら、オレをわかってくれるはずだ!
オレは、イザベラに会いたくなった。
意地の悪そうな悪役令嬢にしか見えない、オレの婚約者イザベラ。
彼女はキツい見た目をしていて、そのせいで意地が悪そうに見られるのを気にしているだけの、優しい女の人なんだ。
だから、イザベラ。君さえいれば……
オレはふらふらと、婚約者であるイザベラに居場所を求めた。
他の人に嫌われてもキミと一緒なら……
「どこに行く。まだ話は終わっていない」
勇者の呼び声を無視し、ふらつく足取りで部屋から出ようとする。
「おい、どこにいくんだ?」
「イザベラ……」
オレはうなされたように婚約者の名を呼ぶ。
「感謝しろよ、オレが呼んでおいたぜ、感謝して死ねよ。」
魔法使いが扉を開けると、イザベラが歩いてきていた。
オレはすがるようにイザベラに手を伸ばす。
「さ、触らないで!」
イザベラがオレの手を払いのける。
どうしてだ、イザベラ。
「あなたに触られるくらいなら子宮にゴキブリの卵を産み付けられるほうがマシよ!」
おいおい、さすがにひどくないか……。
「なぜだ、じゃあなぜ婚約なんか……」
「金よ。シンプルに金が欲しかったのよ。魔王討伐の報奨金がね!」
うおおおおおおおおおおおおおお!!!!
オレは崩れ落ち叫びを上げた。
「それにあなたの目には私なんて映ってなかったじゃない」
「どういうことだ?」
「あら、とぼけるの。あなたは」
「あああああああああああああ!」
イザベラの口をふさぐように真横スレスレを特大の火球が飛んでいく。
「キャッ」
火球を避けるため転びそうになったイザベラを勇者が支える。
オレを目掛けた火球をクビを動かして躱す。
火球は城の床に落ち、くすぶり続けた。
「避けてんじゃねえよ。
イザベラにも捨てられてお前に生きる価値なんてねえだろ。
骨は拾ってやるから、死ねよ。
まあ、拾ったあと塵一つ残らず燃やし尽くしてやるけどな」
魔法使いの口癖だった「死ねよ」。
ははは、まったくもって冗談じゃなかったんだな……
魔法使いは再び攻撃呪文の詠唱を始めた。
「……下がれ。パーティーのリーダーは私だ。私が決める」
勇者は魔法使いを剣で制し、呪文の詠唱をやめさせた。
へたり込むオレの前に勇者が立つ。
勇者はオレの鼻先に剣を突き付けた。
「――お前に一騎討ちを申し込む。賭けるものは、お互いの首だ」