18 反乱制圧(2)
「騒ぐな!」
年配者が獣人たちの群れを一喝した。
「話し合える余地があるからこそ、あなたはまだ一人も殺してない。
先ほどの魔法陣だって我々を殺さないように通り過ぎてから使った。そうでしょう」
年配者は笑って語りかけた。
こんなときに笑えるのか。自分たちが殺されると思った時に、その相手に対して。
オレは心を打たれた。
「姿を現せ、フロル」
魔法使いの名前を呼ぶが出てこない。
「お前が聞こえないわけないよな。フロル、いや、アレクセイ・ペトロフ」
魔法使いが現れた。真名を知られて怯えている。
「何であんたが、その名前を知っている」
「知っているさ、調べたからな。
この依頼を受けるにあたり、監視役はだれがつく可能性が高いか調べて、そいつの過去を洗った。
お前だって自分の過去を調べられた事はないだろう。
見事、調べてある監視役候補の中でお前が来てくれてよかったよ。
弱点が多い、お前が来てくれて」
オレはニイっと笑う。
「小さな村の平民からのたたき上げで騎士の身分まで得た。
村で神童と呼ばれていたらしいな。
めったに帰れない故郷の村の妻と子ども達には領主のもとで騎士団の副団長を務めているって言ってるんだよな。
まああながち間違っていないよな?
領主に取り立てられて副団長クラスの扱いはしてもらっているんだからな」
「あんたは何がしたいんだ! オレなんて調べて!」
偵察が得意な魔法使いでも、自分が尾行されているとは思わなかったのだろうな。
オレは足音を鳴らさずに歩ける。
きちんと弱点を、アレクセイの大事なものを調べさせてもらった。
距離を保つ必要はあったので大変だったけどな。
対象と近いと、スキル効果で殺したい程嫌われるせいでばれる可能性があった。
「いまから、獣人たちを見逃す」
「バカな、全員の始末が依頼ですよ! ばれたらこっちの命がないんです! わかっていますか!」
獣人たちはざわついている。
「君たちのうち強いものから10人と戦いたい。
申し出を受けてくれないか。私に勝てば、全員見逃そう。
ただし、挑んだ10人には死んでもらうことになるが」
オレは先ほどから土下座の構えを崩さない年配の獣人にそう告げた。
「馬鹿が。10人じゃなくてオレたち全員で相手をしてやるよ!」
若者が飛び掛かってきた。仕方ない、あと9人か。
年配者が瞬時に立ち上がって若者の腹に一撃を加えた。
「ガハッ……」
若者はその場に崩れ落ちた。
「失礼いたしました。
まだ若輩ものであるこの者には戦士の誇りも、あなたができる最大限の譲歩も、理解できていないのでしょう。
申し出を受けます」
土下座した年配者は立ち上がって、獣人族に伝えた。
「強いものから9人立て。
親族のかばい合いも、うぬぼれも許さん。
ただただ、強いものから9人立て。できるな」
9人が立ち上がった。
女子どもの中には立った男達に泣いてすがるものもいたが男たちはその手を振り払った。
唇を噛み、拳を握りしめて縋りつきたいのに耐えている女も、子どももいた。
「先にこちらが約束を守ろう。
10名以外の戦わない者たちは早く逃げてくれ。
オレ達以外の追手がいるかもしれない。」
速やかに脱出の準備をすますと、戦わない者たちは足早に歩き出した。……振り返ったものがいた。
振り返らずに拳を握り込んで耐えるものもいた。
オレは戦わない者たちが逃げるのを見送った。
「ユーリ様、全員抹殺が任務ですよ、そんなことをしたら…」
魔法使いは見逃すことを躊躇している。
「ガブリール。まだ小さくって可愛かったなあ。
ナターリヤはいい女だったな。
お前が不幸な事故で命を落としたら、オレがもらってやるぞ」
「……アンタ、脅すつもりか」
「妻子の名前を言うことが脅しになるのか?」
オレは飄々と言ってのける。
「お前にも妻子がいるように、獣人たちにもいるんだよ」
戦う男たちは覚悟を決めたようだ。
「まだ10人以外の男が残っているが」
「見届けたいのだと思う。あいつらも戦士だからな」
男たちは頷いている。
「では、はじめようか」
オレは獣人たちに伝える。
「一気に10人で来てもかまわないし、一人ひとりでも構わない。どうする?」
「我ら獣人族は、戦士であることを大事にしております。
10人でも構わないというほどの力量を持った戦士に相手にしてもらえる機会を棒に振ることはありません。
一人ずつ、お相手ください。
王国最強の戦士、ユーリ・ストロガノフ様」
男たちは、深く礼をしてくれた。
オレも深く礼を返す。
殺さなければならないのなら、戦士として誇りを持って死ねる場を用意したかった。
何かを守りながら、戦って死ねる場を。
行くぞ。
一人ずつ、礼を尽くし、真剣でもって戦う。
アーロン
ブルーノ
ダミアン
エスタバン
エセキエル
ヘラルド
イスマエル
ホセ
マカリオ
そして、年長者ペドロ。
みんなそれぞれの武器を持って挑んできた。
小剣、大剣、弓、槍、オノ等々。
獣人たちの戦いで戦士としてオレが得たものも多かった。
ペドロは短槍を自分の手足のように扱い、足技も駆使してオレを攻め立ててきた。
剣だけでさばききれず咄嗟に左手でかばい、切り傷を負ってしまった。
見事だった。
オレはその全員を斬った。
泣き暮れる残された男達の中で、ペドロが後を頼むと言っていた男が話しかけてきた。
オレと少し下の、ペドロの息子。
「ユーリ様、お見事でございました。亡骸を持って帰ってもよろしいでしょうか」
「それはダメだ、彼らの死を無駄にすることになる」
オレは獣人族の男、ペドロの息子に説明を続ける。
「女子どもも含めて、ここで全員殺したことにする。
少なくとも10人分ほどの死体が必要なんだ。
バラバラにするとしても」
「そんな……」
「早く行け。念のため、この場所を破壊し調査を引き延ばす。
その分だけお前たちに追手がかかる時間を延ばせる。
早く行け!」
「は、はい!」
残った男達も後ろ髪をひかれながらも足早にその場を去った。
「じゃあ、任務完了だな。
オレが死体のパーツを増やして何人死んだかわからなくするから、あたりの魔法陣を一気に爆発させてくれ」
オレは愛用の鋼の剣で、死体のパーツを増やした。
正直趣味の良いことではないが、死体の数を増やさないと追手がかかるからな。
「じゃあ、頼む」
オレは死体だったものから離れ、指示を出した。
【岩石積】と【岩石圧】を中心に地形変化魔法を幾重にも組み上げていた。
轟音が鳴り響いて土砂と岩石が崩れ落ち山道のすべてを埋め尽くした。




