17 反乱制圧(1)
オレがまだ勇者パーティーの一員だったころ――
領主からの依頼を受けたオレは王都へ向かった。
獣人族の反乱を制圧するのがオレに課せられた仕事だった。
勇者一行にあてられた仕事を勝手にオレ一人で受けて一人で終わらせる。
失敗すれば処罰されるだろう。
でもそのほうがマシだ。
冒険の途中で、獣人たちの集落に立ち寄ったことがあった。
小さな集落であったが、心根の良い人たちだった。
大蜘蛛に襲われているのを助けたからという事情もあったが、彼らが持っていたわずかばかりの食料の中から温かいスープと干し肉を食わせてくれた。
そんな獣人たちが都市では奴隷として扱われ、ひどい場合には貴族達のひまつぶしの狩りの対象になっていることにソフィアは心を痛めていた。
そんなソフィアの元へ獣人討伐依頼が来た。
オレが憧れた、『光のあざ』を持つおとぎ話の勇者さまは、こんな汚れ仕事はしなかった。
勇者っていうのも面倒なものだな。
とっとと魔王でも倒してソフィアとナチャロの村にでも戻ろうかな。
ソフィアがついて来てくれればだけど。
王都で奴隷商館が襲撃された。
普段はあまり連携しての行動をとらない近隣の獣人たちが集結して、奴隷の扱いがひどいとうわさのあった商館を襲撃した。
情報によれば、襲撃してきた獣人たちは50人ほど。
彼らは王都で暴れまわり、獣人奴隷を解放して回っているとのこと。
当初は町の憲兵だけで事に当たっていたが、思いのほか獣人たちは強く太刀打ちできなかったらしい。
オレに与えられた使命は反乱に関わった獣人たち全員の抹殺。
女子どもに関わらず、すべて。
見せしめのための全員殺害なんだそうだ。
「歯向かってもひとりも逃げ出すこと叶わぬ」
これが獣人奴隷たちへ与えたいメッセージなのだろう。
オレは、領主につけられた魔法使いを伴って獣人たちのもとへ急いだ。
戦闘力は大したことは無いが、拘束魔法と捜索魔法に長けた人物だそうだ。
小さな村の平民からのたたき上げの人物で、村で神童と呼ばれていたらしい。
獣人たちを一人も逃がさないつもりなのは本気らしいな。
この反乱を失敗で終わらせ、不満の目を摘んでおきたいのだろう。
「ユーリ様。まもなく王都を立とうとする獣人たちの一団とぶつかります」
「そうか」
式神はまるで生きた鳥であるかのように魔法使いのもとに舞い戻ると、また新たな命を受け飛び立った。
大した魔法だな。
「式神を放ってあたりを見渡しておりますが、他の門からの脱出はないようです。
ここにいる獣人たちで全てでしょう。
また、ユーリ様に太刀打ちできるレベルの者はおりません」
【式神】【ステータス鑑定】【千里眼】の合わせ技。
優秀だな、こいつ。
「王都からも追撃部隊が出るだろう。一人も逃がさないために、ここで迎え撃つ」
獣人たちは女子どもも含んだ大人数での逃避行となるが、この山を越えなければ隣の領地へ抜けることもできない。
オレたちはこの山道で陣を張ることにした。
魔法陣の仕込みを終え、岩影に身を隠す。
「地形を利用してよろしければ、ユーリ様の手を煩わせることもなく、私の方で全ての獣人を始末できるかもしれませんが」
魔法使いがニイっと笑う。
「そんなに楽しいか、獣人殺しが」
「私の仕事が役に立つのであれば」
立場的にオレの機嫌を損ねてはまずいのだろう。
オレの言葉に含まれる怒気を受け、魔法使いはかしこまって礼をした。
「もとより、偵察、奇襲、内偵、暗殺……と、汚れ仕事に手を染めております。
仕事の内容、目的に貴賤はないと考えるしか、目的でなく手段に崇高さを求めることでしか、私などはプライドを保てません」
魔法使いは切れ長の目を小さく開けて笑った。
汚れ仕事を行うものは、感情を読ませないために表情を変えないとは聞く。
この男の精いっぱいの誠意が今の目を開けた仕草とでもいうのか。
この魔法使いにいら立ちを向けても仕方がない。
汚れ仕事っていうのは確かに存在している。
ただソフィアにはして欲しくないって言うのはオレのワガママなんだろうけど。
そろそろ到着するか。
「魔法陣の発動タイミング等、すべて私の指示で動け。
分かってるな」
地形変化の魔法陣を張り巡らし、峡谷を押しつぶす準備は出来ている。
「勝手な動きをするなよ」
「わかっています。あなたの手足となりましょう。
私の得意とするところです」
ある程度オレが近くにいても襲ってこないことからも自制心の高い人物であることは伺える。
二人の距離はだいぶ離れているんだけどね。
「来ました」
オレたちは息を潜め、獲物が罠にかかるのを待つ。
獣人たちはあたりを警戒しながら足早に歩いているが、獣人たちは魔法適性のあるものが少なく、カモフラージュしてある魔法陣に気づくことは出来なかった。
獣人たち全員が魔法陣を通り過ぎたのを確認して、魔法使いに指で指示する。
【岩石積】
通ってきた山道に瞬く間に岩石が積み上がり、後ろが見えなくなった。
「て、敵襲だ!」
「た、退路を断たれた?」
「前方へ急げ!」
「いや、急ぐな、罠だ。
罠に決まっている! 畜生、どこにいる、探し出せ!」
混乱していたが、すぐに陣形を組み、中央に女や子ども、周りを戦える男たちが囲んであたりを探している。
指揮命令系統は生きているようだしそれなりに優秀なようだな。指揮官とは話し合いができるかもしれない。
さて、制圧するか。
獣人たちの進むべき道からわざと靴音を鳴らして近づいていく。
当然、聴覚の鋭い獣人たちには把握される。
「追っ手か!」
「退路は塞がせてもらった。オレはお前たちの始末を命じられてここに来ている」
「一人だと? 馬鹿め、この数に勝てるとでも思っているのか!」
血気盛んな若者が今にも飛び掛かってきそうなところを年配者が抑える。
「勝てると思っているから、一人で来ているんだ。
敵の技量が立ち振る舞いでわからないならばお前はまだひよっこだ」
「一人ではない、もう一人潜ませてある。
いつでも皆殺しに出来るように」
「なんだと!」
男たちはあたりを探すが、魔法使いは潜伏に向いたスキルを多数持っている。
獣人達が探しても見つかることは無いだろう。
「というわけで、降伏してくれないか」
「頼む、見逃してくれ!」
先ほど若者を止めていた年配者が土下座して頼み込む。
「オレは全員の殺害を命じられてここに来ている」
オレの依頼内容を偽りなく告げた。
あたりはざわめき、獣人たちは警戒を強めた。




