16 目覚めの良い日
目が覚めた。
オレと寄り添ったままのハガネにオレの体温が伝わっていて、とても暖かい。
相変わらず枕、いやマクラ代わりのハガネは多少濡らしてしまったが、うなされて目が覚めることは無かった。
「早起きだね、ユーリ」
すぐにオレが起きたことに気付いてパチリと目を開けるハガネ。
ハガネはオレが起きると起きてしまう。
たとえ夜おそくオレがうなされて起きるときも。
オレはその優しさに随分救われていたんだ。
「うーん、外で体を動かそうかと思ったけど、大人しくして小屋に居ろって言われたしなあ」
トレーニングをはじめようとして、外出を控えるよう言われていたことを思い出した。
「もう少し寝ようかな」
「それがいいよ」
オレはハガネにタオルを取ってあげる。
「ありがと」
ハガネは布団から体を起こして拭いている。
「今日はあまり濡れてないよ、ユーリ途中で起きなかったしね」
ハガネはまた布団に戻る。
「来ないの?」
ではもう少しだけまどろむとするか。
ハガネの布団に入ると、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「もうちょっと寝ようかな」
「一緒にもう少し寝ようよ」
二人で抱き合って寝ていた。
☆★
ガチャリ。
「……あいてるけど、いないんですか?」
誰か入って来たのかな。
「誰?」
オレは念のため武器を取って構えようとする。あれ、武器がぽよぽよと柔らかい。
ああ、そうか。愛用の鋼の剣であるハガネを取ろうとしたけど、今はヒト型だったね。
ハガネをぐっとつかんでしまった手を放す。
布団から起き上がる。
「ユーリ様、朝の会議に出席いただけますか?」
「ああ、アリシアか。おはよう」
「へ? ひあああ」
アリシアが驚いて目を塞いでいる。
オレも裸のままだし、そんなオレにこれまた裸のハガネがくっついたままだった。
参ったな。
まあ、いいか。
「おはよう」
オレは限りなく爽やかな笑顔で言い放つ。
「へ? あ、おはようございます」
「寝るときはハダカなんだよね。ごめんねびっくりさせちゃったかな」
アリシアがきょとんとしている。
「アリシアおはよう」
ハガネも目が覚めたようで、目をこすりながらアリシアに挨拶をした後、大きく伸びをした。
「……ユーリ様とハガネ様は寝るときに服を着ないのですか?」
「着ないよ。ユーリがびちゃびちゃにするからね」
「ええ?」
アリシアが驚いている。
ハガネの言う通りであるが、空気みたいなものを呼んでくれると助かるんだが。
なんとなくこの流れだと恥ずかしいぞ。
ただ、動揺したらなんだか負けた気がする。
オレは終始爽やかな笑顔でアリシアに話しかける。
「辛いことがあってうなされることが多いから一緒に寝てもらってるんだ」
この言い訳だと子どもみたいだけど、アリシアは納得したのかうなずいていくれた。
「戦場は心を壊すと言います。
うなされるような現場を多数見てきたんですね。
可哀想なユーリ様」
アリシアはオレのために悲しんでくれた。
「うんうん」
ハガネはそんなアリシアを見て満足そうだ。
「ユーリ様ほどのお方であれば、お辛いことは多いでしょうね」
「それで、なんの用かな?」
アリシアは、「あ、そうでした」と言ったのち、オレ達に伝えた。
「今、村の朝の会議が行われています。出席いただけますか?」
アリシアは部屋を出るとき思い出したようにこう言った。
「服は着てきてくださいね」
そりゃ着るよ。寒いもの。
会議中に呼ばれるってことは急がないとな。
「ユーリ、服ここに置いてあるからね」
ハガネは最近オレの服を用意する技を身に着けている。
甲斐甲斐しいな。
「ありがとう。ただ、ハガネが服を着てからでいいよ」
ハガネはローブなので着るのが早いので、いつもオレの分を先に用意してくれる。
「おはようございます。ユーリ様」
振り返るとクリームがしっかり着替えて立っていた。
いつ起きたのか。
さっきアリシアが来る前には寝てたのに。
クリームは服を着たがらないが、着替え途中を見られるのは嫌らしく、いつの間にやら支度していることが多い。
【九十九神】であるクリームヒルトも肌の手入れや化粧などはするらしく、それを見られるのが嫌なのだと言っていた。
「先ほどのハガネとの逢瀬中に、アリシアに踏み込まれた時の対応も見事でした」
ハガネがひざまずいてオレに話す。
「あそこで謝ったりしますと女は勘違いしてつけあがるものです。
ユーリ様のさわやかな笑顔でみんな納得ですね」
「納得してくれたとも思えないが、別になんらやましいことはしてないからな。あと、別に逢瀬じゃないんだけど」
クリームヒルトは笑顔で答える。
「もちろんです。ユーリ様、私はともかくハガネとは一緒に寝てあげてください。そうしないと……」
「ユーリ、急ごう。会議でみんな待ってるよ」
ハガネがクリームの言葉を遮るようにオレを急かす。
「そうだな」
手早く着替えて小屋を後にし、村の会議が行われている場所へ。
☆★
村の中心には井戸がありそこに皆が集まっていた。
村人全員を集結させるような建物は、この村にはない。
井戸を中心として、生活が成り立っているのだろう。奥には少し立派な建物。
その手前に生活の礎となる店舗兼住宅が構えられていて、奥には住居。
ああ、この場所はオレが育ったナチャロの村に似ているのか。
数十軒しかないからオレやソフィアのことを村の人たちは全員知っていて、遊びに連れて行ってもらったり、叱られたりした。
ネコ族の村に来たこともないのに懐かしい気分になるのは、オレが子ども時代を過ごしたナチャロの村に似ていたからだろうか。
「こちらへどうぞ」
会議は円形を組んで行われていた。
村長とオレ達は向かい合うように配置。
村長は精強そうだが、初老に手が届くかと言ったところ。
昔は村一番の戦士だったりしたんじゃないかな。
眼光は鋭かった。
「ユーリ・ストロガノフ様、クリームヒルト・グラム様、ハガネ様」
村長は恭しく礼をした。
「この度は、アリシアをお助けいただきありがとうございました」
もう一度礼。
オレは貴族でもないので礼儀に詳しくないが、今のやり方は礼としては最上級に近いはず。
素直に受け取ろう。
「たまたま通りがかったまでのこと。
夜分に迎え入れてくれたこと、一晩宿を貸してくれたこと。
こちらとしても感謝している」
礼を返す。
「昨日は夕餉を用意できなくて申し訳ありませんでした。
あの時間ですと、火を消しておりまして」
丁寧に詫びてくれた。
火のこともあるだろうけど、どれくらいの対応で迎えるか判断つかなかったってところじゃないかとは思うが。
「構わない」
村長はほっとしたような笑顔。
「それでは、本題に入らせていただきます。
ユーリ・ストロガノフ様。
ヒト族から追われアリシアを助けてくれたあなた様を、この村で迎え入れるかどうか」
村長の眼光が鋭さを増す。
村を預かる者の責任だろう。
旅人が信頼するに足るかどうか判断する義務があるのだ。
オレも誠実に対応する。
「オレ達をずっとこの村に居させてくれなど言わない。
領主が、国王が、オレを討伐するため本気で軍隊を出してきたらこの村は数時間ともたないだろう」
少しざわついた。
「討伐部隊が結成されたならば、襲撃される前にオレは出ていくつもりだ。
だから、少しだけでいいから、置いてもらえないか。
この村の端っこでいい。何かしら役に立つこともする。
町がモンスターに襲われたら、一番に対応しよう。
お願いだ、この村に少しだけ滞在させてもらえないか」
オレは真剣に頭を下げた。
「ユーリ様、何もそこまで……」
クリームがオレのもとへ来た。
広場は話し声に包まれた。
「ユーリ様。我々にそこまでの礼を尽くしてくれたこと、感謝いたします。
ですが、この村のものは『王都での獣人族の反乱』を知る者たち。
あなた様のお名前を皆知っております」
村長はオレの目を見つめながら、話をつづけた。
「私たち政に関わるものなどは、あの反乱であなたが何をしたのか、全容は知らずともあなたの意図はわかっているつもりです。
ただ、反乱で亡くなったものの子どももおります。
その者たちにとって、ユーリ様はあの反乱を制圧した人物であり、憎むべき対象となっているのです。
その者たちへ、語っていただきたいのです。あの時何があったのか。
あなたは何を思って反乱を制圧したのか。お役目もあったことでしょう。
ですが、あなたの思いをお聞かせいただきたいのです」




