13 蛇
ソフィアが傷ついたユーリを抱え回復魔法をかけ続けている。
オリガは回復魔法の効果を高める術式を発動させた。
さっきまでは二人がかりでユーリへ直接回復をしていた。
長時間になると踏んで、オリガは魔法陣の作成を優先させた。
「大丈夫。顔に赤みは戻っている。
手当がすぐだったから、ヤケドのあとが残ったりしないと思いますよ」
「良かった」
プロフェッショナルであるオリガの説明にソフィアは泣きはらした目をぬぐい、ほっとしたのか笑顔を浮かべた。
ボクはユーリに勝ちたかった。
思えば、【魔法使いの加護】を手に入れて浮かれていたのかもしれない。
これでユーリに勝てるんだって。
でも、ボクは何で強くなりたかったのか。
ボクは、なんにもできずに逃げ出した。
ソフィアとユーリだけにしんがりを任せるのなんて嫌だった。
でも、いても何の役にも立たないボクは逃げ出すためにちょうどいい理屈すらオリガに作ってもらっていたんだ。
それなのにボクは傷ついたソフィアを背負って帰ってきたユーリを問い詰めた。
「お前がついていたのに何をやってるんだ!死んだらどうしてくれるんだ!」って。
ユーリは泣きながら肩を揺らし続けるボクにただ「ごめん」って言うだけだった。
ユーリは戦いの中でもしっかり周りが見えていた。
このまま避ければソフィアに当たってしまうのではないか。
そう考えて直撃を受けるという選択をしたのだろう。
ボクが使ったのが火炎魔法だったから。
赤竜の火のブレスはソフィアの背中に大きなヤケドの跡をのこした。
あれ以来、ソフィアは火を見ると少し硬直してしまうようになった。
背中の傷が痛むのだと。
もちろん、ソフィアもそれを表には出さないよう気遣っている。
ボクは何も考えずに火炎魔法を選択し、あたりも考えずに火炎魔法をぶちこんだ。
――この試合のルールでは、ボクの勝ちだよ。
でも、こんな勝利に意味なんてあるのか?
「ロラン」
ソフィアがボクに話しかけてきた。
「ごめん……ごめんなさい」
ソフィアの目が見れない。
「ロラン。あなたはルールの上でなにも謝るようなことはしてないわ。
後ろにいた私の不注意だし、私をかばったユーリもルールの上では勝手にしただけ。
だれもあなたを責めたりしない」
でも、これじゃ勝ったことに何てならない……
「でも一つだけ教えて。どうしてそんなにユーリに勝ちたかったの?」
☆★
目の前にいるアイツはすでに事切れていたように思う。
胸に大穴が開いており、呼吸も止まっているように見えた。
ユーリの顔はすでに生気を失っていた。
それと同時にソフィアの表情も優しく変わっていくのが見て取れた。
ずっと会いたかった人に会えて微笑んでいるような。
しばらく見ていなかったが、思い出した。
よくお前はその顔をしていたよ。
オレ達が加護を得て、ユーリが人から嫌われ出して、だんだんとしなくなったがな。
ユーリと話しているとき、一緒にいるとき。
「ユーリ……」
とても愛おしいものを呼ぶような声。
ソフィアはユーリの体にそっと手を置いた。
オレの体からも殺気が抜けていったから、ユーリが死んだことはオレにもわかった。
じゃあ、今胸を苦しめるこの衝動は何だ。
オレはユーリに勝ちたかった。
ユーリになりたかった。
涙を流すことを隠そうともしないソフィアの瞳はまっすぐユーリに注がれている。
……目障りだな。
オレはソフィアがずっと目で追っているお前になりたかったんだ。
愛用の杖を取り出すと特大の大魔法を描いた。
「ソフィア、どけよ。念のためだ」
ソフィアは聞こえているはずだがそこを動こうとしない。
オレは丁寧に風魔法でソフィアをくるみ、そこから動かした。
「ロラン、なにもそこまで……」
3つの魔法陣の交点に立ち、オレは呪文を詠唱した。
【氷の槍】をぶっ刺して
【岩石圧】で押しつぶして
【爆裂魔法】で締めた。
爆発の後、桃色の蛇がシュルシュルと音を立て裾から入って来ていたことには、その時のオレは気がつかなかった。
☆★
ちくしょう。いまいましい。
なぜか知らないがユーリは生き返っていて、オレとは戦う価値もないと言わんばかりに一方的に拘束しやがった。
何なんだ、あの力は。
あれが【九十九神】とでもいうのか。
ソフィアと戦っていた時の速度、速いなんてもんじゃなかった。
武器防具を操り、身体能力を上げる――
そんな力聞いたこともない。
魔物や人間を操る力はオレも何種類か知っている。
ただ命なきアイテムの類いを操るなど、禁術を含めても聞いたことがない。
正攻法で戦って打ち破るのは至難の業だぞ。
まあ、正攻法でなければいいんだけどな。
「入るわよ」
ユーリの婚約者、元婚約者か。
イザベラが入って来た。
そうか、呼びつけてあったな。
もうこんな時間か。
「まあ、座れよ」
「長居するつもりなんてないわ。
あと、侯爵令嬢にその口の利き方はなに?」
イザベラがオレを睨む。
「そう、目を吊り上げるなよ。
そのキツネみたいな目を」
「アンタねえ!」
イザベラがオレに詰め寄る。
「何が気に入らないんだ、オレはあんたがキツネって言ったわけじゃない。
キツネみたいな目って言ったんだ。
ねえ、どうしてそんなに怒るんだ?」
オレはわざとイザベラに笑顔を向ける。
「そのわけをオレに教えてくれるなら、あんたにひざまづいて礼を尽くしてやるよ。侯爵令嬢様」
「……この外道!」
イザベラはオレに手を振り上げる。
どうせ振り下ろすことなどできない。
「どうした、殴れよ。
何なら殺してくれてもいいぞ。
お前にあげた【ハデスの兜】はオレしか治せないんだからな」
「……」
イザベラは拳を握り込んだ。
「オレ、お前に頼みがあるんだよね」
「前に婚約破棄したときに言ったじゃない。
これっきりにしてくれるって」
「ああ、前回の続きだよ。
仕事が完了してないんだからしょうがないじゃない。
失意の底のユーリに死んでもらう、までで完了。
全然終わってない」
オレは、両手をあげる。
「あんたは! ユーリと婚約破棄させといてまだ足りないの?
そんなに、憎いの? 私も女だからわかるけど言ってあげようか。
ロラン、アンタがユーリが憎い理由を」
「黙れよ」
オレはイザベラの手を強く握った。
「痛い、痛いってば!」
イザベラはオレの手を振り払おうとした。
「まだお前は立場が分かってないみたいだな」
イザベラの腕を力任せに引っ張り、ソファへ放り投げる。
「何するのよ!」
「取れよ、【ハデスの兜】。
お前が立場が分かってないようだからな、取れ」
「い、嫌よ」
イザベラは頭を抑える。
「どうしても嫌ならしかたがないな。
無理やりにでも兜を取って――そうだな。
ついでにドレスも引きちぎって、警備兵に見てもらうか。
お前が不貞の子である証拠を」
「わ、わかったわよ。取ればいいんでしょ」
イザベラは【ハデスの兜】を取って、オレに渡す。
イザベラの髪にはキツネの耳が、体には体毛が生えてくる。
腕には白い手袋をしているがはた目にも異形に見える。
「侯爵令嬢の不貞の秘密が暴かれたらどうなるかなあ。
少なくともアンタの母方の一族は取り潰しだろうぜ。
侯爵も不貞の相手が人間ならまだしも、獣人なんだからなあ」
「もう、いいでしょう。返して」
イザベラが兜を要求してくる。
「頼みがある、聞いてくれるか」
「な、何をよ」
イザベラがオレを睨みつけた。
「内容を聞かないと頷けないならこれは破壊する」
「わ、わかったわよ、聞くわよ」
イザベラには肯定しか残されていない。
「ユーリが獣人の村を目指しているという情報が入った。
お前にはそこに行って欲しい」
オレは、小さな宝玉が入った石を渡す。
「これは……」
「監視と、連絡を兼ねた石だ。
お前からオレに連絡できるし、オレから連絡も出来る。
そして、お前がしていることもわかる。
お手製の魔道具だ。大事に使えよ」
「私に何をさせる気なの?」
「安心しろ、お前に危害は加えない。
ほら、【ハデスの兜だ】」
イザベラがそれを被ると、キツネ耳自体も見えなくなり体毛も消え、兜自体も見えなくなった。
さすが、伝説級の装備だな。
オレの手でも再現不能なギミックだ。
「もう、行けよ」
「何よ、行くわよ」
イザベラが部屋を出るところを立ち止まり、捨て台詞を吐いた。
「アンタ自分でわかってはいると思うけど、一応言っておく。
ユーリを殺しても欲しいものは手に入らないわよ」
「……行けよ」
イザベラは部屋から出て行った。
オレは机に座り、これからのことを思案することにする。
机の上に大きな鏡がある。
前髪をかき上げると赤い蛇のかたちをしたあざのようなもの。
――なかなかうまいことを考えるわね。
いつからかオレの体に浮かび上がったあざとオレは会話を続ける。
半獣人でしかできないことがある。
それをイザベラに獣人の村でやってもらうとしよう。
――あなたなら私が力を顕現させなくても、知識さえ渡せばユーリを殺してくれそうね。
ああ。アンタの力がなきゃ、監視装置もハデスの兜の治し方もわからなかった。
感謝してる。他にもいろいろ魔道具のこととか、教えてくれよ。
オレは子どものように期待を込めた目で、鏡を見つめた。
――そうね、許される範囲のものなら教えてあげる。礼には礼を。あなたは役に立ちそうだから。
教えてくれ。アンタ何者なんだ?
ユーリに恨みを持っているのはわかったけど、魔族の魔導士か?
正直、それだとオレが裏切り者として処罰されかねないけど、それでもアンタを裏切ったりはしない。 なあ、教えてくれよ。
――それは無理ね。
そうか、無理か。そうだよな。じゃあ、呼び名をどうする?アンタだけだと呼びづらいんだ。
なあ、呼び方を教えてくれよ。
――そうね、蛇。蛇と呼んでくれればいいわ。




