最終話 冷たい手
――女神との戦いから数か月がたって……
オレはハガネと連れ立って王都を散策していた。
王都を出歩くと二人とも目立って仕方ないので、変装をしている。
オレは道化師の格好をして、完全に顔がでないようにした。
ハガネはイザベラにお願いしてキツネ耳のイミテーションを付け、獣人っぽい体のラインの良く出る薄手の服を着ていた。
正直言って可愛い。
このロシヤのわずかな夏であるので薄手の格好でも悪目立ちしない。
石畳を歩く人たちも、皆薄手の格好で、それでも歩いているとじんわりと汗ばんでくる。
王都を腕を組んで歩いてもばれてはいないようだ。
サーカスの一団とでも思われているのだろう。
石工の九十九神、タガネによって王都の修復は終わっていてすべての住民へ家を用意し、街灯を立て、雨天時のグラウンドまでばっちり作り上げられていた。
タガネ、作ったばかりでこき使ってすまない。
ロシヤ内の反抗勢力を仕分ける夜桜の宴会でも、ほとんどの領主が参加。
十数名の宴会に来なかった領主はアリシアとブリュンヒルデによって代替わりさせられていた。
もちろん、元の領主は一刀によって首を斬り落とされて絶命させられている。
「アリシアとの絆が深まり、首を一刀できれいに落とせるようになりましたわ」とブリュンヒルデがいきいきとオレに報告してくれた。
宴会に来た領主の中にも貴族を重視していないオレたちのことを内心良く思っていない奴らもいただろうが、城門に並べられた十数名の元領主の首を見て、慌ててオレに忠誠を誓ってきた。
とりあえず、旧領は治めさせることにして徴税権を保障したが、帳簿を改めさせ、私腹を肥やしていたものは厳罰を与え、裁判権と立法権を取り上げた。
領主たちが優秀な行政マンになってくれるとうれしいものだが。
――今日は、内戦が終わったことを内外に宣言する日。
オレとハガネは一時間後、内戦の終わりと、侵略戦争をはじめることを王都の民に向け演説しなければならない。
「あ、ユーリ冷やし飴売ってる」
「ユーリって言ったらばれちゃうだろ」
「あ、そうか」
ハガネは舌を出して笑っていた。
「買って来いよ、オレの分もね」
「うん」
オレとハガネは冷やし飴をなめながら王都を歩く。
街を行く人々の顔が明るいのがせめてもの救いだ。
これから戦争に駆り立てることになるからだ。
「飴美味しいのに、ユーリの顔は暗いねえ」
「良くこの道化のメイクでオレの表情が分かるな」
ハガネは立ち止まり、首をかしげる。
「たしかに……なんでかな。
なんだかそんな気がしたんだ」
「そういえば、ハガネも悩みがあるって言ってたよな」
「うん。でもね、悩むようなことじゃないんだ。
もう、決めたから」
ハガネの目に迷いはなかった。
「何を決めたんだ?」
「私ね、人間になる」
「え?」
ハガネはオレの愛刀で、オレの能力で擬人化しているハガネの剣だ。
だから、もちろん人間ではないけど……
「私ね、成長したいんだ。
ユーリと一緒に年を取りたいの」
ハガネは冷やし飴をなめながらなんでもないように言った。
「ルタが教えてくれたんだ。
『人化の法』ってのが、この世界には伝承されているって。
他の九十九神を探すときのついでいいからユーリ、一緒に探してくれないかな」
「わかった。探そう」
ハガネは、オレのスキルで作った九十九神でオレの魔力で生きている。
だから、オレと離れることなんてできない。
一人で探すことなんてできないんだ。
オレだって、ずっとハガネのしたいようにはさせてやれない。
だからこそ、ハガネが望むなら方法があるなら、叶えてやりたい。
「私はクリーム様たちとは違うから、人間になったら剣になって一緒には戦えないかもしれない。
それでも、私を側においてくれる?」
「当たり前だろ」
オレはハガネを抱きしめた。
「私の身体は冷たいよ」
「今日は暑いからちょうどいいよ」
「たまには役に立つんだね」
ハガネは笑いながら、オレを抱きしめ返してきた。
道化の格好でよかった。
だれがオレたちを見てもふざけているようにしか見えないから。
「じゃあ、オレも悩むのはやめるよ」
オレはハガネを抱いていた手を離した。
「王をやめようと思う」
ハガネは笑顔で頷いてくれた。
「それがいいよ。
ユーリ仕事しすぎてつらそうだもん。
それに私も王妃疲れるよ。
ドレスが重くて動きづらいんだもん」
笑いながらそう言うハガネにもオレは無理をさせてきたんだな。
オレは女神を殺した後始末をしなければならない。
少なくとも人間を庇護してくれていた女神を殺してしまったから、この世界を守っている結界が崩れてしまった。
今は女神の身体を奉納することで、なんとか結界をつなぎとめているが、あと一年は持たないだろう。
女神の結界が崩れた後、女神が封じてくれていた魔の者たちが襲い掛かってくる可能性がある。
そのため、結界が壊れる前に女神だった他の九十九神すべてを手に入れるため、他国を侵略しようと考えていたが……
笑顔で街を歩くこの国の人々を巻き込みたくはない。
「なあ、ハガネ。
オレ達だけで他の九十九神すべて手に入れられると思うんだ。
もし、他の国が九十九神を手放さないと言っても真っ向から叩き潰せるだけの力をオレは持っているから」
「そうだねえ、ヴィクトリア帝国は銃火器の発達してるらしいけど……ユーリにかかれば銃なんてイチコロだしねえ。
だいたい投射物だからルタだけでも勝てそう」
ハガネはケラケラと笑っていた。
ハガネは優しい心を持っているんだけど、武器の九十九神の例にもれず、戦闘が好きなんだ。
「よし、そうしよう。
じゃあ、演説すっぽかして旅に出るか」
「え、今から行くの?」
「うん。演説面倒だし」
「あ、じゃあ他の九十九神に連絡するね」
ハガネと同じくオレが作り出したカンナやキヅチ、ククルやシザー達はオレと一緒にいなければ死んでしまうから連れてくとして……
「クリームやブリュンヒルデはこの国に残ってもいいけど……」
ハガネが眉を吊り上げた。
「ユーリ、二人の気持ち知ってるよね?
そんなこと言わないで。
絶対ついてくるに決まってるよ」
ハガネは宙にふわりと浮かび、体を振動させ、他の九十九神に【共鳴】で連絡した。
「じゃあ、他の九十九神は後でついてくるだろうし、アレクセイに連れ戻されない様にもう行くか」
「うん」
オレはハガネと歩き出した。
「人間になったら、ハガネがオレと一緒にいなくても良くなるな」
オレはぼそりとつぶやいた。
「え、何それ? ユーリ。
私がユーリのもとを離れると思ってるの?」
ハガネは左手の薬指をオレに見せつけた。
「これが壊れるまでユーリと私はずっと一緒だって言ってたよ」
「そうだな」
イゾルデの身体の一部から作った木の指輪。
永久に腐らないらしく、耐熱性も備えているからこれが壊れるような攻撃を受けたのなら、オレは死んでいるだろう。
オレも道化の衣装の左の手袋を外して、オレの薬指にはまった指輪を見せた。
【氷の指輪】
「わわ!」
どこかから魔法が詠唱されオレの薬指に氷の指輪がはまった。
「ユーリ、少なくとも7年は私も一緒にいさせてね」
「ソフィア」
ソフィアが城外のパトロールから帰って来たところなのか、2本の氷の短剣を腰に差してこちらに歩いてきた。
「うん、ソフィアも一緒にいこうよ」
ハガネは笑顔で近寄ってきたソフィアの手をぎゅっと握った。
「私と同じ顔なのに、私よりいい笑顔をするのね」
「え? ソフィアも笑った顔は可愛いと思うよ」
ブリュンヒルデがソフィアの影から突如現れた。
「ソフィアの笑顔は前より素敵になっておりますわ。
私が保障します」
「え? そう?ありがとう、ブリュンヒルデ」
ブリュンヒルデは今日は黒バラのカチューシャを付けているようだ。
「花見の後からですわ、ソフィアの笑顔から固さが取れたのは」
「お前、まさかだけど花見の時にオレをストーキングしてないよな」
「まあ、ユーリ様。
部下のプライベートに土足で踏み込むなんて感心しませんわ。
麦わら帽子と白いワンピース。ワンピースから伸びる長い脚……」
「何でソフィアの格好を知ってるんだ」
ブリュンヒルデはオレの話を無視して話し続けた。
「桜吹雪舞い散るなか、二人の目には互いの姿しか映ってないようでした。
ええ、私は何も見ていませんわ。
口づけをした後のユーリ様の顔に花びらがついていたことなんて見ていません」
「ブリュンヒルデええええええ!」
オレはブリュンヒルデを怒って追いかけまわした。
ブリュンヒルデは黒傘をくるくると回し、こちらに近づいて来てたクリームの影にじゃぽんと逃げ込んだ。
「最近、あの子楽しそうですねえ」
クリームは呆れていた。
「お、来たか。
クリーム、いまからどこに行こうか」
オレはこういう時、まず一番にクリームに問う。
すでに答えを用意しているから。
「そうですねえ、まずはヴィクトリア帝国方面でしょうか。
我々には容易であるうえ、銃火器を抑えれば他の強国相手に有利にたてるでしょうから」
クリームはすました顔で言った。
オレがこの国を出て行くことにも特に反対したりはしない。
「じゃあ、行こうよ。
ユーリ」
オレは頷き、ハガネから差し出された手を取って歩き出す。
冷たい手。
でも、それでいい。
ハガネの手が温かくなるまでずっと手をつないでいればいいんだから。
最後まで九十九神にお付き合いいただきありがとうございました。
ユーリとハガネの話、これにて完結です。
少しでも楽しんでいただけたのでしたら、嬉しいです。
読み終わったら評価いただけると喜びます。
では、またどこかで。




