SS 満開のサクラの木の下で
ソフィアは両手に握った短剣をじっくり観察していた。
「これ、女神さまが封じられている短剣だよね」
「ああ」
女神には名前がない。
クリームやブリュンヒルデは名前を知っていたはずだが、「真名」を知られて術法のターゲットにされるのを恐れた『女神』が他の九十九神から記憶を奪ったのだという。
女神を封じてからも九十九神に名前の記憶が戻ることはなく、女神は今でも名前がないままだ。
「すぐオークが向かってくるから詳しく説明できないけど、握っていてくれ。
ソフィアを守ってくれるから」
「うん。本当に戦わなくていいの?」
ソフィアはオレを心配しているんだろうけど、ソフィアが戦う方がサンダルが突っかかってこけちゃうんじゃないかと思って余計心配になるんだ。
「大丈夫、ものの数じゃないさ。
幸い、武器を持っているようだしな」
「「グモ、グモモモモオ!」」
数十体からなるオーク達はソフィアの香りを遠くから感知して、鼻息荒く襲い掛かってきた。
「悪いけど、全力でやらせてもらうぞ。
ソフィアにケガさせられないからな」
オークがオレ達目掛けて矢を放つ。
「九十九神よ、我が九十九神当代である。
九十九神の眷属たる矢よ、剣よ、槍よ。
我に歯向かうものを滅せよ。
あるじの喉元へ食らいつけ!」
矢は射手へ、剣は剣士の喉元へと帰った。
「「ギュモオオオオオオオオオオン!」」
剣や槍がオークの喉元へ突き刺さり、喉から吹き上がる血で辺りは真っ赤に染まっていた。
数十体のオークが血を流し、その場に倒れた。
「すごいね……」
ソフィアは目を背けることなく、その場の状況を見つめていた。
『殺生するときは、その目で見つめよ』
オレたちの故郷ナチャロの村のオレとソフィアと師匠の教えだ。
「ああ、だいたい片付いただろ」
オークは戦士が大半を占める。
ほぼ片付いているはずだが……
「な、なぜ5体も生きてる?」
生き残っていたオークの魔術師が一斉に魔法を唱えた。
オレは今日は九十九神を持ってきてはいない。
発動された術法をつぶす方法を持っていなかった。
唯一、持ってきている九十九神はソフィアの手の中にあった。
「ソフィア!」
オークの魔術師が火球を数発生成し、ソフィアへ放った。
一瞬、ソフィアが硬直した。
赤竜の火のブレスを食らった時の記憶がよみがえったのだろう。
ソフィアは硬直がとけるとすぐに反応し、氷壁を前面に作り出した。
前面は氷壁で防げると踏んだオレはソフィアの側面に位置するオークの魔術師に飛びかかり、手刀で首をはねた。
「ギュムウウウウウウ!」
首を失った魔術師の身体から血がほとばしる。
だが、魔術師の首をはねる前に仕込んだ魔法陣が完成したのか、ソフィア目掛けて大きな火球が飛んで行った。
「クソオオオ!」
ソフィアは前面の氷壁を形成して、飛んでくるすぐに魔法を使える状況ではなかった。
「ソフィア!」
オレはソフィアへ駆け寄ったが、火球に追いつけそうにはなく、火球がソフィアの眼前へ迫っていた。
――ボクは君に期待していたんだけどね。ユーリ、大切な幼馴染くらい自分の手で守ってやるべきだろう。
――貸しだよ、ユーリ。
ソフィアが握った氷剣から声が聞こえてきて、とあっという間にヒト型へと変わった。
青い髪をした男の子と女の子が手をつなぎ天へ祈ると、ソフィアの周りは氷でできた球体に包まれた。
火球は氷で出来た球体に何一つ傷を負わせることが出来ずに消えて行った。
「なにこれ?」
ソフィアは氷で出来た球体と青髪の子どもたちを見つめていた。
「無事だったのか。氷剣を持たせていて良かったな」
オレが球体に触れると、何事もなかったかのように消えて行き、青い髪をした子供たちだけが残った。
☆★
「私はね、飼い犬に手を噛まれたのよ。
まさか人間のユーリに封印されるなんてね」
「ただ、ボクを封印できる人間が現れたこと、ボクは嬉しく思うよ」
満開のサクラの群生地の下、青髪の子どもたちはオレに生意気な口を聞きながら、ソフィアのお弁当をぱくついていた。
おい、ソフィアがオレのために可愛く飾り切りした腸詰を食うな。
「お前ら、ソフィアがオレに作ってくれた弁当なんだからな。
もし卵焼き食ったら跡形もなく殺すぞ」
オレの脅しに子どもたちはソフィアに駆け寄った。
「「うわーん」」
「ユーリ、こんな小さな子をいじめちゃだめじゃない」
ソフィアは青髪の子どもたちの頭を撫でながら、オレに文句を言った。
「そうだよ、ユーリ。
あたしをいじめないでね」
「ボクもいじめないことを望んでいるよ」
子どもたちはソフィアの影に隠れてオレにあっかんべーをした。
こいつら、もう一度首をとばしてやろうか。
オレは二人を睨みつけた。
「子どもに対してなんて顔するのよ」
ソフィアの両腕に守られた子どもたちはオレに向かって唾を吐いた。
「「そーだ、そーだ」」
「んだとこらあああ!」
「ユーリ」
オレはいきり立って拳を振り上げたが、立ち上がったソフィアに止められた。
ソフィアはオレの拳を握って首を振った。
「ソフィア、こいつらが女神の分身だってわかってるんだよな?
女神がオレたちに、王都の住民に何をしたかわかってるだろ?」
女神はオレに『人から殺したいほど嫌われるスキル』を付け、王都を赤竜に責めさせ大量の死傷者を出したんだ。
忘れることなどできない。
「でも、今は子どもだよ」
ソフィアは、子どもたちに向かって優しく話しかけた。
「もう、悪いことはしないのよ」
「はーい」
女の子は元気よく返事をした。
「どーせ、何かしようとしたところでボク達は九十九神になってしまったから、すべてはユーリの思いのままさ」
男の子は肩をすくめた。
「信じていいんだよな」
「うん、大丈夫」
ソフィアは大丈夫と言うが、お人よしのソフィアのことだ。
根拠なんて何一つないんだろ?
「まあ、ボクらとしてもソフィアに憑依し、意のままにできるほどの力は残っていないよ」
男の子は卵焼きをつまみながら答えた。
「おいこら、卵焼き食うな言っただろ」
「大丈夫だよ、ユーリ。
重箱はもう一つあるよ」
☆★
おなかいっぱいだ。
ソフィアは誰かと食べるのを予想してたのかというほどの量を作っていて、女神キッズたちもいっぱい食べて、オレも満足するくらいの量をしっかり作ってあった。
二人は食べて満足したのか、氷剣に戻ってしまっている。
「フフ、いっぱい作ってあって良かった」
「美味しかったよ」
「ありがとう、卵焼きはしょっぱいのが好きだったよね」
ソフィアはオレが美味しかったといったことが嬉しかったのか、満面の笑みで食べ終わったお皿なんかを片付けていた。
皿なんてオレが命じればひとりでに片付くんだけど、オレのために動いてくれるソフィアのことを見ていたくてそのままにしていた。
片づけの終わったソフィアがオレの方へ近づき、空になったお茶を注いでくれた。
「ありがと」
「うん。
ユーリ、氷剣ありがとうね、って私が使っていいのかな」
ソフィアは女神が封じられた短剣を使うのに戸惑っているようだ。
「うん。
オレの言うことには逆らえないし、この国にソフィアくらいの使い手なんていないからな」
オレはついついソフィアに過保護にしてしまうが、そもそもこの国をしょって立つ勇者様なのだ。
氷剣の使い手として申し分ないだろう。
「じゃあ、大切にするね」
ソフィアは頷き、氷剣を大事そうにバッグにしまった。
「この氷剣があれば、ユーリが悲しそうな顔をするのも減るかな?」
ソフィアは氷剣に語り掛けた。
「ねえ、ユーリ」
ソフィアはオレに体を向けて改まった姿勢で話しかけてきた。
「何だ? 急に真剣な顔をして」
ソフィアの真剣な顔にオレも緊張したのか、喉の渇きを感じてお茶を飲んだ。
「ユーリはいつも私の部屋に来て一緒に話してくれるし、たまに一緒の布団で寝てくれるけど……
ねえ、私って魅力ないかな? 抱きたくならない?」
「ブハッ!」
オレは飲んでいたお茶を噴き出した。
ただ、ソフィアの顔は真剣そのもので、冗談を言っているわけではなさそうだった。
「私の背中がそんなに嫌?」
ソフィアの声は震えているようだ。
「違う! ソフィア、それは違うぞ」
ソフィアはオレに背を向けワンピースを脱ぎだした。
「ちょっと、何やってるんだよ!」
いきなり脱ぎだしたソフィアに近づき、肩に手をかけてワンピースを脱ごうとしているソフィアを後ろから抱きしめるようにして止めた。
「ユーリはいつも、悲しい顔をするよ。
火傷の後はひどいけど、私は悲しくなんてないの」
ソフィアを抱きしめているオレの手に大粒の涙が落ちた。
「オレのせいで、ソフィアを傷つけた。
だから、ついオレが自分を責めてしまっているだけだ。
悲しそうな顔をするのは、そのせいだよ」
「この背中は私がユーリを守った証。
だから……怖がらずに触れてほしい。
ユーリは背中を見たくないから、私を遠ざけてるんじゃないの?」
ソフィアが嗚咽をもらした。
オレの甘さがソフィアを傷つけた。
ただ、オレの後悔がソフィアを傷つけ続けているのなら……
オレは背中が全部見えるようにソフィアと離れ、ワンピースを脱がせた。
「……ユーリ」
ソフィアの背中はかつて赤竜の炎のブレスで大やけどを負い、大きくそのあとが残っている。
こうやってまじまじと見ることはなかったけど、こんな火傷のあとくらいでソフィアの美しさが消えることなんてない。
「キレイだよ」
オレはそう言ってソフィアの背中に触れた。
「……ん……手、温かいね」
「火傷のことで、口汚い奴はあれじゃお嫁にいけないなんてソフィアを馬鹿にしたやつもいた。
もちろん、ぶちのめしておいたけど」
「……ふふ」
ソフィアは手で涙をぬぐい、笑ってくれた。
「それにソフィアは魅力的だと思うし、だから泣くことはないし、ヨメの貰い手はいっぱいいると思う」
オレは緊張して早口でまくしたてた。
「……ほんとかな」
「オレが、手を出さなかったのは、失われた7年間をゆっくり埋めていきたかったからで、一緒にデートをして、キスをして、それから……」
ソフィアはくるりとオレの方を向いた。
ワンピースを脱がされて裸のソフィアがオレの目の前に近づいて来たことに、オレが目を白黒させていると……
あっという間にソフィアの唇が目の前にあった。
「私の貰い手は、ずっと前に決めてあるの」
オレはソフィアを抱きしめて、唇を奪った。
金色の髪からのローズの香りと、ソフィアの柔らかい身体の感触……
あたりには満開のサクラが花びらをまき散らしていたが、オレの目にはソフィアしか映っていなかった。
「……ユーリ、デートもしたし、キスもしたよ」
ソフィアは抱き合っているオレの耳につぶやくが、吐息がかかってオレの顔が火照ってしまい、ソフィアが何を言ったのかは正直聞き取れなかった。




