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SS 春風とワンピース

 オレはソフィアと手をつないでいたが、気恥ずかしくてどちらともなく手を離した。

 西門からはヴィクトリア帝国まで続く街道が広がっていて、ときたま馬車が通ることはあっても、人通りなんてないから恥ずかしがる必要も薄いんだけど……


「わかりやすい地図ね」


 ソフィアが地図を広げたオレの手元を覗き込んだ。

 金の髪から、ローズの匂いがしてくる。

 昔は香なんてつけていなかったのに。腰まで伸ばした金の髪はツヤも良く、丁寧に香油を梳かし込んだのだろう。

 

「いい匂いだな」

「あ……うん。変じゃない?

 私、普段あまり香油とかつけないから」


 ソフィアは恥ずかしくて手持ちぶさただったのだろう、指で金の髪を巻き上げくるくると巻き取っていた。

 普段つけないってことはオレのためなのか。


「変じゃない、髪もきれいだよ」


 オレは思うことを正直に言っただけなのだが。

 ソフィアは軽く笑った。


「ユーリも成長したね。

 女の子を褒めるがうまくなった。

 なんだか嬉しいんだけど、寂しいな。

 地図も嫌がらずに読んでるから、フフフ頑張ったんだね」


 『地図も座学も頑張っていたのはお前のためだ』なんてさらっと言えたらいいんだけど。

 結局、本当に伝えたいことってやっぱり軽くは伝えられないんだよな。

 

 オレは、地図に書いてある目印と、ここから見える風景を照らし合わせて道筋を把握した。

 戦闘になる可能性を考えると、地図を見れない場合も考えるべきだからな。


 レナトが書いてくれた地図はしっかりとしたもので、きちんと目印をつけてくれているので、道筋さえ覚えておけばサクラの群生地までは迷うこともないだろう。


 ただ、ここから見る限り街道を外れるとモンスターがいるのが見える。

 モンスターも生物であるので、陽気に浮かれているのか、春には人里近くに来ることが多くなる。

 豚面をしているオークが集団で日向ぼっこをしているのが見えた。

 今はソフィアに気づいていないようだが、奴らは人間や亜人の女を見つける嗅覚に長けているから、近くを通り過ぎると襲い掛かってくるのは間違いないだろう。


「「今日はオレがパーティーリーダーを務めるよ。

 ……絶対ケガなんてさせないから」

「うん」


 ソフィアは下を向いていた。

 

「でも、まさかソフィアが剣すら持ってこないなんてな」

「だ、だってデートの本には剣が必要なんて書いてなかったんだもん」


 ソフィアが持っている手提げバッグから本がはみ出していた。


「あ……ダメ!」


 ソフィアが本を取り返そうと手を伸ばしたが、オレは身長差を利用してソフィアに取り返されないよう、その本の表紙を見た。


「必見! デートマニュアル。白ワンピを制する者がデートを制す。

 白ワンピースで距離を縮めろ!

 サクラデートで男子を落とせ。満開のサクラの木の下でキスすれば、あなたも花嫁ゴールイン!」

「あー! か、返して!」

 

 ジャンプしたソフィアに本を取られ、いそいそとソフィアはその本をバッグにしまい込んだ。


「……じゃあ、行こうか」

「うん」


 どう話したものかわからず、沈黙が訪れた。


「あ、あの。ユーリ」

「ん? 何だ」


 ソフィアは立ち止まり、小さな声でオレに話しかけた。


「白いワンピースも、サクラを見に行くのも、わ、私が好きでしているだけで……別にこの本のことは関係ないの、関係ないからね」

「わかってる」


 オレは強がっているソフィアが面白くて笑ってしまった。


「ソフィアは昔から、教科書をしっかり読み込むタイプの優等生だったもんな」

「うん、そうよ。……って、ユーリ、全然わかってないじゃない!」


 ソフィアは怒って一人で歩いて行こうとしていた。


「ちょっとまて、ソフィア。

 それ以上進むとまずいってば!」

「じゃあ、ユーリが早くついてきてよ」


 ソフィアは歩みを止めなかった。ソフィアの背中に向けて春風が吹いた。


「キャー!」


 ソフィアがスカートを抑えているが、風が強くて収まらないようだ。

 麦わら帽子も飛ばされそうになっており、ソフィアの手では、麦わらもワンピースも同時には守れそうになかった。

 オレはソフィアに慌てて駆け寄ってしゃがみスカートとフトモモをぺったりとくっつけてめくりあがらないようにした。


「ふう、これで大丈夫だな」

「ねえ、ユーリ。

 スカートが風でめくられるのは恥ずかしいけど……」

「うん、オレが抑えていたから安心だろ?」


 オレはソフィアを見上げた。ワンピースから長い脚がすらっと伸びている。


「ユーリにフトモモを触られるのはもっと恥ずかしいんだけど……」


 オレはソフィアの悲鳴に体が反応し、最善の手を尽くしたつもりだったが、これは確かに大胆なことをしてしまっていた。


「ご、ごめんな。

 わざとじゃないんだ」


 オレは慌てて手を離し、立ち上がった。


「白ワンピースで距離を縮めろか」


 ソフィアがなにやらつぶやいていた。


「どうした、ソフィア」

「ううん、ユーリの手が温かくて大きかったなあと思って」

「そうだな、ソフィアのフトモモも温かかったぞ」


 おっと、思ってることをそのまま言ってしまった。


「あ、ごめん。べたべた触られるのは嫌だよな、ごめん」

「いやじゃないよ」

 

 ソフィアはぼそりとつぶやいた。


「ソフィア何か言ったか?」

「なんでもないの」


 ソフィアは麦わら帽子を被りなおしたが、また突風が吹いた。


「わわ、帽子!」


 ソフィアは帽子を両手で抑えているが、さらに突風が吹きつけてきて……

 オレが抑えるのに躊躇している間にソフィアのワンピースは胸までめくりあがってしまい、完全に下着が見えてしまっていた。

 白の下も白か……って、そんな場合じゃないぞ。


「すまん、抑えるぞ。

 触るからな」

「宣言して触られると逆に困るの、いいから早くしてよ。

ぬ、脱げちゃう!」


 オレは、脱げてしまいそうになっているワンピースを抑え、強風が過ぎるまでワンピースとソフィアの太ももをぐっと抑えることにした。

 ソフィア自身も風に揺られていたので、ぐっと抱いて体を支え、ワンピースを抑えた。


「「ブモオオオオオオオオオオオ!」」


 突如、日向ぼっこをしていたオークが立ち上がった。


「な、何?」


 ようやく風が落ち着いたので、ソフィアにオレの身体は優しく押され、二人は距離を取った。

 

「オークが昼寝してたんだよ。距離が遠かったから平気だったけど……

 さっきの風でソフィアの匂いがオークにまで飛んで行ったんだろう。

 あいつら目が血走ってやがる」


 オレは麻袋から短剣を二つ取り出し、ソフィアに渡した。


「剣がないならちょうど良かった。

 サンダルの女の子に戦わせるつもりはないけど、御守りがわりに持っていてくれ」


 ソフィアは短剣を見つめて呆然とつぶやいた。


「……女神の氷剣」

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