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SS ソフィアと桜を見に行く

「あ、ユーリ」


 ソフィアと王宮の廊下でばったりあった。


「お、おう」


 しばし沈黙。北国のわずかな春を喜ぶかのように風が吹いていた。

 ……えっと、沈黙がながいんだけど。

 オレから話せばいいんだけど、何を話したものかと逡巡する間にも風は吹き続けた。


「風、強くなってきたね。

 春嵐」


 ブリュンヒルデとともにクソ寒い中、鳥肌たてて臨んだティーパーティーから時は過ぎて。

 うららかな春の陽気に喜んだ風がわずかな春を喧伝するかのように一番風、二番風と言わず、毎日吹き荒れていた。


「そうだな」


 オレは外を見た。ソフィアも何も言わずぼーっと外を眺める。

 きっと、ソフィアは沈黙が別に平気なんだろうけど、オレは何かしゃべらないといけないのかと義務感に襲われて会話の糸口を探していた。

 ……見つからないから、オレは流れゆく雲を見続けていた。


「あ、明日暇かな。

 ユーリ、いつも忙しくしてるから誘うの躊躇するけど」

「暇だ」


 ソフィアが話しかけてくれたのでオレは明日の予定を頭の中で見開いて、先送り可能と決めつけソフィアに返事をした。

 オレの頭の中のアレクセイがぶーぶーと文句を言っていたが、「お前にはジーナの分の貸しがある。なんとかしろ」と言いつけた。


「えっとね、レナトが外を走り回ってるときにサクラの木を見つけたらしいんだ」

「サクラ?」


 知らない木だ。


「えっとねえ、大きな木でわずかな間だけ一斉に花を咲かせるんだよ。

 東方だとメジャーな花だけど、ここは寒いから珍しいんだ」

「へえ、見に行きたいな」

「でしょ?」


 ソフィアは手を後ろで組むと、オレの顔を見上げて満面の笑みを見せてくれた。

 あの、近いんだけど。

 ソフィアは魔法も使える剣士として戦いのときの間合いは広い方なんだけど、ヒトとの間合いは詰めてくる方で、オレはたまにびっくりしてしまう。


「レナトはみんなで夜、一緒に腸詰を食べようって宴会を企画していたんだけど」


 レナトは花より腸詰の、超肉食系でわびさびもわからない脳筋系ネコ族だ。


「できれば昼の間にユーリと一緒に行きたいなあって」


 ソフィアは金色の髪をかきあげながらはにかんだ笑顔を見せた。


「私ね、大人になったらユーリにお弁当を作ってあげようと思っていたの。

 好きなモノ作るよ。

 私ね、ククルほどじゃないけどいろいろ作れるよ」


 ソフィアは胸を張っていた。

 料理作るとこなんて見たことないけど、半端なことは嫌いなソフィアのことだ。

 きっと、ようやく人にあげられる自信がついたのだろう。


「わかった。楽しみだな」

「じゃあ、西門を出たところで待ち合わせね。

 早起きしてね」


 ソフィアはそう言うと、すぐに剣術場へ向かっていった。

 ソフィアが遠ざかるのを待っていたかのように、ブリュンヒルデが天井から飛び降りてきた。


「ユーリ様。私が暗殺者ならソフィアと話している間に30回は死んでますよ」


 ブリュンヒルデは黒傘をくるくると回しながら、石突をオレに向けた。


「だから、天井から現れるなと言ってるだろ。

 まったく、少なくとも暗殺者が天井にいるならお前が守ってくれるんだろ?」


 オレはため息をついた。ブリュンヒルデはいつまでたってもオレのストーキングをやめるつもりはないらしい。


「私の趣味のストーキングのことはこの際置いておいてくださいますか?」

「おい、ついに趣味って言いやがったな。

 仕事でオレの警護をしてるんじゃなかったのか?」

「仕事は一日八時間です。

 そのあと、ユーリ様を付けて回るのは私の趣味でしていることですから。

 ユーリ様、いかに上司と言えど部下のプライベートに口出しするのは褒められませんわ」


 鍔広帽子に隠されたブリュンヒルデの表情もそれだけ口角をあげていれば笑っているのが分かってしまう。


「上司のプライベートを四六時中覗き見てる部下は褒められるのか、へー」


 オレは鍔広帽子をめくりブリュンヒルデの顔を見た。


「あ……どうぞ」


 唇を突き出してきたブリュンヒルデの頭をはたいた。


「アホか、明日ついてくるなよ」

「わかりました、明日くらいは譲りましょう。

 西門付近の桜、見ごろは明日から数日……

 私、明後日以降空けておきますわ!」


 ブリュンヒルデはオレの影にダイブすると亜空間に消えた。


 ☆★


 きっとぽかぽか陽気というのは今日の日のことなんだろう。

 いつもの鎧姿になったオレは、じっとりと汗をかくのを感じていた。

 ただ、風は強く吹いていて汗をかいたことすら心地よく思えた。


 麻袋を担いだオレが街道を歩いていると、小さな子がオレに気づき手を振ってくれた。

 ぴょこんと猫耳がはえているのでネコ族だろう。

 オレは手を振り返す。


 街道を歩く人々はオレに会うと笑顔で頭を下げてくるので、ちょっととまどってしまった。

 

 春の陽気に浮かれた人々は、往来を楽しそうに歩いていて、。大事な人や気の合う仲間と露店や酒場に吸い込まれていった。

 西門からは羊や牛が大量に運び込まれてきて、子どもたちは歓声を上げて喜び、商人たちは瞳をギラギラと光らせていた。

 長い冬が続いたからこそ、短い春を楽しめるのだろう。

 城門まで歩く道は咲き誇る花と、香ばしい匂いと子どもの笑い声であふれていた。


 うう……ククルに作ってもらったご飯をしっかり食べたのだが、羊や牛の丸焼きの匂いはずるい。

 暴力的にオレの食欲を刺激されてしまった。


 ただ、これからソフィアのお弁当がまっているので買い食いせず、まっすぐに城門を目指す。


 城門の騎士たちはぺちゃくちゃ談笑していたが、オレに気づくと背筋をピンと伸ばし、敬礼をした。

 まあ、ニンゲンそんなもんだよ。


「今日は、いい天気だな」

「「は! 全くその通りです!」」


 騎士たちの格式ばった挨拶は、春の陽気には似合わない気がした。


「これあげるよ」


 オレは麻袋から砂糖菓子を取り出して騎士たちに持たせた。


「これは?」

「砂糖菓子だよ。

 ククルが作ったから美味しいよ。

 疲れたら食べると元気が出るよ」

「「ありがとうございます」」


 よし、ようやく笑ったな。

 春なんだからみんな笑顔でいるといい。


「あ、ユーリ」


 オレは後ろから声をかけられた。

 白い半そでワンピースに麦わら帽子をかぶったソフィアは夏を先取りしている。

 足もそれ、サンダルか?


「ソフィア、まだ夏じゃないよ」

「え、でもちょうどいいよ。

 夜になったらきちんとしたドレスに着替えるから」


 夜の宴会はレナトが企画したんだが、クリームとアレクセイの悪だくみで公式なものになってしまった。

 近くの領主たちを招待し、盛大にもてなすことになった。

 

 ククルやカンナ、キヅチ、シザーは盛大な宴会のため、素敵な場所と料理と服をつくるのと大忙しだ。

 ハガネも大量の来賓の名前を覚え、開催のために必要な書類にハンコを押すのに忙殺されるらしい。

 アレクセイやクリームは来賓の領主たちを懐柔する作戦をきっと楽しそうに立てているのだろう。


 対して、ブリュンヒルデとアリシア、リンマ、レナト、リカルドは来なかった領主たちをもてなす準備で忙しくているらしい。

 武器と爪を研ぎ、仲間たちへ連絡し、襲撃するため地図を暗記していくのだろう。


 宴会に来れば、味方に。

 来なければ首を飛ばす。


 今日で味方と敵をきっぱり決めることにした。

 

 アレクセイたちの提案では来てくれた領主を味方につけることだけだったが、オレが来なかった領主を責めることを提案した。

 できれば早い方がいい。

 穏便に統治者の首をすげ替え、この国をまとめる。


 夜からはオレもその仕事を始める。 

 だから、昼ぐらいはソフィアと花見をしてもいいだろう?


「ユーリは何で鎧を着てるの? 暑いよね」

「あのさ、西門近くにはモンスターがいるんだけど……」

「あ!」


 ソフィアは目を見開いていた。


「忘れてたよ、着替えてくる」


 踵を返し着替えに戻ろうとしたソフィアの手を取った。


「いいよ、オレが守るから」

「……うん」


 オレはソフィアの手を握ったまま、何を話せばいいか考えていた。


「ねえ、立ち止まっているのは変だよ」

「あ、ああ。

 そうだな、行こう」


 オレはソフィアを掴んだ手を放そうとしたが、ソフィアは逆にオレの手を取ってぎゅっと握った。


「あ、あの……モンスターも出るから、手をつないで歩こ?」


 ソフィアはゆでだこのような赤い顔をしてオレの手を握っていた。


「え、あ……うん。

 だって、モンスターが出るからな!」


 そう言い訳をして、オレはソフィアと手をつないで歩き出した。

お読みいただきありがとうございます。


本日より新作を投稿しております。

『拳ひとつの最強勇者、追放された人外魔境で最強のキツネ耳守護獣と出会う』


剣と魔法のボーイミーツガールアクションファンタジーです。


下からリンクして読みに行けますので、こちらもよろしくお願いします。

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