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SS アリシアとイザベラ

 私はハガネ様とユーリ様と一緒に王都を散策しております。


 はて?

 ハガネ様の予定はパンパンだったはずなのですが……

 そもそもティーパーティーが予定と異なり二日も開催されたのでユーリ様の予定は消し飛んでしまい、分刻みのスケジュールが組まれているはずなのですが……


 なぜか私はお二人とともにリンゴ飴なんかをなめなめ、王都を散策しております。


「あ、ユーリ冷やし飴が売ってるよ」


 ハガネ様はキラキラとしたとてもきれいな瞳でユーリ様を見つめていらっしゃいます。

 よだれが垂れていましたので、私が瞬時にふき取りました。

 たぶん、ユーリ様以外には見つかっていないかと思います。


「よだれまで垂らして……どれだけ食い意地が張ってるんだよ」


 口ではハガネ様を非難するユーリ様ではございますが、胸元からお財布を取り出し露店の主に3つ冷やし飴を注文しておりました。

 ユーリ様はハガネ様が欲しがるものは結局すべて与えておりまして、ハガネ様はいつも甘いものと揚げ物ばかりたらふく召し上がっているのです。


「お菓子は一日おひとつですよ」


 そのせいで私が苦言を呈することとなっているのですが……


「今日だけだよ、イザベラの分もあるんだよ。

 この冷やし飴とっても美味しいんだから」


 ハガネ様のとってもまぶしい笑顔に結局、お目付け役の私でさえ篭絡されているのです。

 ペロペロ。


「イザベラも甘いものが好きなんだな」


 ユーリ様は冷やし飴をなめながら笑っておりました。


「わ、私はハガネ様がくれるから仕方なく食べているのです!」


 食い意地が張った女だと思われたくなくてそんな言葉を口にしました。


「じゃあ、イザベラの冷やし飴は私がもらっていいんだよね」


 ハガネ様の笑顔からニヤニヤという言葉が聞こえてきました。


「嫌です、これは私のです」


 妙にきっぱり私は言い切ってしまいました。

 ……冷やし飴の上品な甘さがとても美味しかったのです。


「はいはい、そうだな。

 イザベラはハガネに無理やり食べさせられるだけだよな」


 ユーリ様はさらに大きな声で笑っていました。


「……知りません。ユーリ様は意地悪です」


 私もユーリ……様に軽口を叩きます。


「あ!

 ユーリ、この店ね、可愛い服がいっぱい置いてあるんだよ」

「じゃあ覗いてみようか」

「うん」


 二人は楽しそうに腕を組んで店に入って行きました。

 王と王妃の来店に店主は震えあがっているようでしたけど。


「イザベラは店に入らないのか?」

「私はやることを思い出しましたので、少し別行動をとらせていただきます」

「そうか。

 しばらくここにいると思うから、イザベラの用事が終わったらここに来てくれるか?」


 ユーリ様は今となっては王なのですから「ここに来い」でいいと思うのですが。

 

「はい、わかりました」


 私は二人と別行動をとることにしました。

 特にやることなど思い出してはいませんが、二人きりの時間を邪魔したくなかったのです。

 

 近くに開けた場所がありました。

 霊樹と呼ばれる格式の高い樹木があるせいか、露店などはなく、子ども連れやカップルなどが備え付けられた丸太に座ってとりとめのない話に花を咲かせておりました。

 私は誰も座っていない丸太を見つけて腰をかけ、氷魔法でいまだ冷たさを誇っている冷やし飴をただ舐めておりました。


「やっぱりレナトはカッコいいと思うんだよね」


 ネコ族の3人組がこの広場に入ってきました。

 ちらりと横眼で私を見るとヒソヒソ話をご丁寧に私にも聞こえるように話し始めました。


「はあ、最近いい男いなくなったよね」

「そうそう」

「誰のせいなのかなあ」


 彼女らは私をちらちらと覗き見ては、私に言葉をぶつけてきました。


「誰かさんのせいで、男がみーんな殺されちゃったもんねえ」


 心臓が脈を激しくしました。

 私がロランに情報を漏らしたせいでネコ族は襲われてしまいました。

 ガガーリン家があそこまで苛烈にネコ族の村を攻め立てようとは思っていませんでした。

 

 けれども、私は彼女たちに言い訳できる材料を持ってはいません。

 ロランに顎で使われていたこと、私の一族を守るためであったこと。

 それらすべては私の事情であり、彼女たちの村を襲わせた免罪符には決してならないのです。


「フィトもマルコもさあ、結局あの女狐に会ったから死んじゃったんだよ」


 半獣である私のありのままを認めてくれたフィトとマルコはもういません。

 だからこそ、私はどこにも居場所のなかった半獣の居場所を作ってくれると言ったユーリ様に協力したいと思っているのですが……


「結局さ、フィトが死んだら尻尾を振ってユーリ様に近づいてるじゃん。

 可哀そうだよね、フィト。

 結局いい様に遊ばれて殺されちゃったんだから」


 それは違うといくら私が彼女たちに話したところで、聞き入れてはもらえないでしょう。

 私が彼女たちに楯突いたら、その牙はきっと半獣であるプリシラにも向くのでしょう。

 私は奥歯を噛みながら彼女たちからぶつけられる悪意に耐えていました。


 村の仲間を、愛するものを失った彼女たちの気持ちは私にもわかりますから。


「アンタ達、ダサいことしてるんじゃないよ」


 アリシアがこの広場に現れてネコ族の娘たちを一喝しました。


「だって、アリシア。

 あいつのせいでみんな殺されちゃったんだよ?」

「そうだよ」


 3人のネコ族の娘はアリシアに言い返しました。


「殺されたあいつ等のことは今思い出しても私だってはらわたが煮えくり返るよ」

 

 アリシアは全身の毛を逆立てました。


「そうでしょ?」


 3人娘はアリシアの言葉に深く頷いていました。


「じゃあ、あいつ等の仇を取ってくれたのは誰なの?

 大勢の騎士がいた。

 きっとレナトとリカルド様だけじゃ敵わなかったよ」

「だから、ユーリ様には感謝してるよ」


 3人娘うちの茶色の髪のネコ娘がアリシアに反論した。


「じゃあ、アンタたちはユーリ様に何を返したの?

 ありがとうございますって定型文をみんなで唱えただけじゃないの」


 アリシアは敵意をあらわに3人娘に突っかかっていました。


「だから、あたしはブリュンヒルデさまの使い手になったんだ。

 せめて少しでも役に立ちたかったから」


 ユーリ様をあの手この手で篭絡しようとするアリシアのことを私は少し苦手に感じていましたけど……撤回します。


「アリシアは優秀だもの」

「でも、イザベラは別にネコ族みたいに運動神経がいいわけでもないし、何でハガネ様に選ばれたのか不思議で仕方ないわよ」


 白い髪の毛の子が言いました。

 特に反論することはありません。

 私は貴族の子女として多少の剣術のたしなみはありますが、ユーリ様みたいに種族の差を覆すほどの腕なんてありはしませんから。


「騎士たちに村が襲われたとき、イザベラはプリシラを守って斬られた。

 私だって100人を超す騎士たちにかなうわけなんてないって思って言いなりになった。

 アンタ達だって同じでしょう?

 抵抗しなかったんだからね」


 アリシアは自嘲しているように空を見て笑っていました。


「そんな私たちがイザベラを責める権利なんてありはしないよッ!」


 アリシアは3人を睨みました。


「それでもイザベラを貶めるって言うんなら、私がブリュンヒルデさまを握ってアンタたちをぶった切ってやるからね!」

「わ、わかったわよ」


 3人娘たちは下を向き、その場を後にしました。


 アリシアは私を見て照れたような笑顔を見せてくれました。


「アリシア、ありがとうございます」


 私は頭を下げました。


「ははは、つい熱くなっちゃった。

 あの子たちにタンカ切ったのは男たちには内緒だよ?

 おどおどして可愛らしい方が男受けするんだから」


 徹頭徹尾計算高いアリシアのこと、私は好きになりました。


「ええ、内緒にします」

「ありがと。

 特にユーリ様には内緒だよ。

 私、狙ってるんだから。

 イザベラ邪魔しないでよね」


 指を口に当て、内緒にしてねとジェスチャーするアリシアのためにも黙っていることにしましょう。


 ……ユーリ様が遠くから私とアリシアを見て、くすくす笑っていたことは。

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