4:彼はキミが憎くて仕方がない。
訓練とは違う生き死にが関わる戦いは、無論少年は初めてのはずだった。模擬戦やシュミレーター、いくつかの戦いは経てきたもののそれらはしょせん仮想の戦い、実戦とはかけ離れたものである。
だが、少年は取り乱すことはなかった。
「あれだけで死ぬわけねぇか」
押しては返し、剣舞のように続く戦闘は依然と延長戦を求めていた。
大型のゴーストの息はまだある。それは背こそあったがまるで機体はおんぼろのガラクタの塊だ、人型の二腕二脚、その腕はアセンにしては長く作られておりまるで人の形に合わせたような造形。脚はどちらもまったく違う形をしていたが、歩行以外には脳がないらしい。
長い腕から放たれる剣、質量ブレードがレヴィア・スカルをたたきつぶさんと襲い掛かってくる。避けることも考えたが、これ以上建物にダメージは与えたくない。
「やらせるかよ!」
至極冷静に、少年はレヴィア・スカルで受け流す……切り払うことを選択する。レヴィア・スカルの近接武装はレイピアタイプのブレード、真面目に考えて切り払うことでさえも至難の業のはずだが、少年にとってはまるでそれは息を吸うことと同じぐらい簡単なことだと思えたのだ。
長腕のゴーストが振りかぶったブレードの機動からタイミングを見定め、一閃、ラインすら見えるようにレイピアが空を撫でる。
金属の擦れる音と火花が散る、覆いかぶさったはずの力の流れは、あっという間に後方へ抜ける。
「まるで昔から乗ってたみてぇだ……!」
長腕のゴーストが水の中、すぐ近くのスクエアに逃げ込んだ。
どのみち街のほうに下るつもりなのだろう、だったら選択肢は一つだ。
「逃がすわけねぇだろ」
レヴィア・スカルも続いてスクエアの中に突入する。
スクエアの中は水、海水だということは知っていたがそこは想像以上に重力がなかった。だが無重力というわけではないらしい、むしろ、重力はアセンにむかって引っ張られている感覚。
授業で数回だけやったことがある、海中の操縦……ここは深海と同じだ。
「海中戦……そのための酸素水か。……ん、なんだ?」
スクエアを経由しゴーストを追っていると、急にどこかの回線が接触してきた。
誰かからの通信のようだ。
『此方夜鳥羽海域保安隊! ガーベラ04、パイロットだ。所属不明アセン、応答してくれ!』
「あ、兄さんか。こちらレヴィア・スカル、パイロットで──」
『その声は……弥平!? 弥平なのか!?』
届いた声は少年の兄のものだった。
スクエアの中で一度止まり、周囲を見ると街のほうにもう一つあった大型ゴーストと戦っていたらしいガーベラ04の機影があった。他の保安隊は小型のゴーストに手間取っているようで、それでさっき中学のところに一匹流れてしまったのだろう。
それに対して少年は怒りは感じない、見た限りのスクエアはもう二ケタを突破している。
この数相手では、仕方のないことだ。
『弥平、お前自分が何をしているのか分かっているのか?』
「街は壊さないように気を付ける」
『そうじゃなくてだなぁ……! あぁここまでなったら文句もいってられないか、弥平! あの長い腕のゴーストを相手してくれ! お前の操縦ならやれるはずだ!』
「──! おう、任せとけ!」
兄の声はまるで呆れとあきらめが混じったものだったが、少年はまったく気にせずにゴーストの追撃を開始する。スクエアを行き来し、飛び、まるで空を泳ぐようにレヴィア・スカルは飛ぶ。飛行するための燃料はないはずだが、この水の箱のおかげで手間取ることなく自由に行き来ができること出来ること。
長腕のゴーストが行き場の選択肢を失ったのか街へ降りようとしている。
レヴィア・スカルは躊躇わず、今浮かぶスクエアからとびだった。
「だから逃がさないっていってるだろ」
直線上に見据えた長腕のゴーストをひっつかみ、さらに後方に見据えていた大きなスクエアに押し込む。
海中に押し込まれたゴーストは流石にこちらを敵として認識しなおしたのか、水の中で距離を取っては突進、ブレードを突き立てようとしてきた。水の流れを作るように、いっそ地上にいたときよりも速度を増した突撃にレヴィア・スカルは対応が遅れ、逆に別のスクエアに突き飛ばされる。
水面に叩き付けられる感覚が接続から身体に直接叩き込まれる。
しかも追撃と言わんばかりにライフルの弾が飛んできた。
「当たるかってェ……の!!」
勢いを殺さないように少年はレヴィア・スカルをスクエア内で一周ぐるりと回るように泳がせ、──貰った勢いのまま再度ゴーストのいるスクエアへ再度突撃する。着水の衝撃は今でこそ心地よい。
レイピアブレードを構え、一直線に長腕のゴーストへと切り込む。
装甲の隙間にうまいこと直撃した。
一気につなぎとめるようにレヴィア・スカルの左腕を突き出し、装甲の隙間に骨のような爪を食い込ませ内部のコードを引きちぎる。内臓を抉り出すように、いっそ握りつぶすように。
何か生ものを抉ったような気が、しないでもないが。
そんなことをしたせいか、長腕のゴーストはなんと頭部をぶつけてきた。
一瞬の衝撃と殴られたような錯覚。銃撃がレヴィア・スカルを襲うが重要部位は守られているようだ。一蹴りで距離を取り、銃撃から逃れ、泳ぎながら機会を探る。ブーストによるものか動きによるものか、勢いが泡となり軌跡を生んだ。
刹那。
「(M1C0035A2……?)」
長腕のゴーストが持つライフルに刻まれた文字列が目に入った。
アセンパーツには必ずといっていいほど何処かにパーツ番号が記されているものだ。
見覚えがある、あの番号を知っている。
「リボルト社のライフルか……!」
軍事重火器専門の開発企業リボルト社は、保安隊など国家機関のアセン乗りがよく使用している。弾数はそうでもないはずだ、よほどの改造をしていないかぎり。だからこそ分かった。
「だったら、」
確信めいた予感に従い長腕に接近する、長腕はライフルを構え間違いなく心臓部を狙って撃とうとしたようだが、そこから弾が出てくることはなかった。
「──もう撃てないだろ」
終われよ。
レヴィア・スカルのレイピアが長腕のゴーストを貫くことは、そう大して難しい話ではなかった。
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