2:日常最後の告白と。
普通の日じゃなかった。
「黒田弥平、私はキミが好きです。結婚を前提に付き合ってください」
「お前愛が重いっていわれねぇ?」
「愛はともかく重いとはよく言われますね」
校舎の裏の早咲き桜の下に呼び出された弥平は、事の重大さを感じ取るのに数分を要した。
東雲亜希は依然としてまっすぐに弥平を見つめている。こうして目の前にいられるのは、中々のプレッシャーがあった。そして先ほど手渡されたプレゼントという名の小箱。
つまりなんだ? これが世に言う告白ってやつか。
……。
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告白ってやつか!?
「……お、俺でいいのか? いいいっとくが俺そういうのさっぱりだぜ!? 普段時間ねぇしよぉ」
「大丈夫です、私もさっぱりですし。弥平は大丈夫ですか? 熱があるようですが」
「お前のせいで出たんだよド天然!」
顔から火が出る、というのはこういうことを言うのだろう。
多分凄い顔真っ赤なんだろうなとそう思うと余計に恥ずかしくなった。
今すぐにでも穴に埋まって死にてぇ。
いや、嬉しいんだけど。
嬉しいんだけど。
嬉しいんだけど。
嬉しいんですけれど!! 話が唐突で!!
「まぁ、あれです。これからも一緒にいたいという話です」
末永く、と亜希はつけたし珍しく目線を逸らしては顔を赤らめる。随分と珍しいことだった、亜希はあまり感情を顔に出さないことを弥平はよく知っている。余程の事じゃないと言葉には出ても顔には出ない。
だから、これは本気だ。
彼女の瞳はアセンをいじるときのように真剣だった。
「……俺、マジでなにもできねぇぞ。漫画みたいなデートとかも時間がないから難しいし、クラスメートのやってるような話もできねぇ」
「それでいいんです。何も変わらないままの弥平と一緒にいたい。私も、弥平に出来ることは少ないでしょうし。
まぁ、何か困りごとがあったら勝手に手伝うかもしれませんが」
「スーパーの安売り戦争でもか?」
「望むところです」
あっこれやっぱり想像した告白と違ういつもの情報確認だ。身構えて少しびっくりしたが、一度深呼吸をして弥平は落ち着きを取り戻す。結婚はまだ遠い話のような気がして正直あまり想像がつかない、
ただ今まで通りをこの先を、という約束なだけだ。
「いいぜ、亜希のことは一緒にいて気が楽だしな」
「最高の褒め言葉、ありがとうございます。……プレゼント、あけてくれませんか」
「ここまで来たら良いも悪いもないなぁ」
「満更でもないって顔に書いてありますよ」
「うっせ」
プレゼントの小箱を開けようと、弥平はリボンを解こうとした。
そんな時だった。
──鉄がひしゃげるような、悲鳴のような音がした。
「わぁっ!?」
「なんだ!? 地震か!?」
びりびりとうねる様な地響きが空気を崩した、何だ何だと周囲を見る余裕もない。あまりにも強い、体験したこともないような地震。立ってもいられないぐらいの揺れとどこからか聞こえる何かの音。
亜希が驚いてよろけるが、弥平はすぐさまそれを支え揺れが収まるのを待った。
揺れは、存外あっさり収まった。
「な、なんだったんでしょう……!? あ、警報!」
携帯から耳をふさぎたくなるような不協和音と案内メッセージが流れてくる。
最優先の避難命令だ。
「ゴーストの襲撃か? いやでもあんな……ってこうしちゃいられねぇ妹拾いにいかねぇと!」
「私も行きます!」
上空に駆ける黒影など、気が付く余裕もなく。
◇
弥平はスクーターの後席に亜希を乗せ、アクセルを踏み込み出来るだけの全力で妹の志奈が通う中学校までの道を駆け抜ける。街のいたるところで火の手があがり、煙が立ち込めている。避難しようとしている人たちの怒声と車の渋滞をスクーターですり抜けながら、テレビの中では見慣れたはずの、異様な光景に目がくらみそうだった。
「もうスクエアが出来上がっているなんて」
亜希が震える声で呟く。
ビルや建物の上層や、何もない空にぽつんと浮かぶ「水で出来た立方体」。「スクエア」と呼ばれているゴーストたちが生み出す足場のようなものであり、ゴーストたちの巣であると弥平は兄から聞いたことがある。
ゴーストは海の中からやってくるもの。
自分たちの生息域を広げるようにスクエアは生み出され、そして街を飲み込むのだ。まだ確認できる数は少ないが一つ一つが途方もなく大きく、高校がある山はすでに半分がスクエアに呑み込まれていた。
スクエアの中には黒い虫のような群れが、まるで巣を巡回するように飛び出しては場所を広げていっている。
「志奈……! 無事でいてくれよ……!」
今はただ、ちらちら遠目に確認できた外敵が行先に向かわないことを祈っていた。スクエアの中にとどまらず、建物を軽く超える巨大な「影」が二つ、街を我が物顔で悠然と歩いている。
大型のゴーストだ。
ここからでは何を持っているのかは分からないし、そもそも鉄くずがアセンみたいな人型をして歩いているようなもの。
あんなのに襲われているのか。
あんなのと、兄は戦っていたのか。
「弥平! 前を!」
「へ? ──うっそだろぉ!?」
一番の近道を使おうと走らせていた道路の先は、水の壁によって通行止めになっていた。
これじゃあ先に進めない! 他の道を探さないと。
通りへ戻ると、弥平と亜希を呼び止める聞きなれた声が響いた。
「おいお前ら! こっちだ!」
「パーツ屋のおっさん!? どうしてここに」
「いざってなったら助けにいくつもりだったんだよ、裏道ならまだ無事だ! スクーターごと荷台に乗れ! 中学のシェルターまでいくぞ!」
「わりぃ助かった!」
パーツ屋のおっさんのいう通りに軽トラックの荷台にスクーターをつっこみ、そのまま荷台に座り込む。裏道といってもただの道じゃない、この街に敷かれた半地下道だ。普段は業者さんや保安隊、アセン乗りしか使わせてもらえないし存在も知らないもの。普段なら亜希と一緒に盛り上がるどころだが状況が状況だ。
とにかく早く、志奈を拾ってシェルターに入らないと。
「弥平、一度落ち着いてください。深呼吸です」
荷台に座る亜希が、きわめて冷静に弥平の肩に触れた。
「落ち着いてなんていられるかよ」
「今しかないかもしれません」
「は?」
「裏道を抜けたら、どうなっているか分かりません。ですから今のうちに深呼吸をしてください、いつでも走り出せるように」
「……そう、だな。わりぃな、亜希」
「当然のことをいっただけですから」
薄暗い裏道をおっさんが操作する軽トラックが抜ける。
目がくらむ眩しさに腕で目を庇いながらも、すぐさま周囲を見回す。志奈のいる中学の裏門近くに出たようだ。さすが裏道、移動速度が尋常じゃないぐらい早い。
「黒田弟、シェルターの入口はどこだ?」
「体育館か講堂、体育館のほうが近いはずだぜ」
裏門に到着し、軽トラックを止めてもらい、亜希と荷台から降りる。最低限の荷物は鞄に入っている、とにかくとそれでも冷静に避難時の手順を思い出しながら弥平は体育館に走った。
中学のシェルターは体育館や講堂から入ることができる、生徒が避難指示をされるのは基本的に体育館だ。
「志奈! いるか!」
体育館の扉を開く、そこには多くの中学生とその教師。合流したらしい親御さんがたくさんいた。
これからシェルターに入るところだったようだ。
「弥平おにい!」
生徒の中から志奈が飛び出し、弥平のところまで走ってきた。結構な勢いだったため弥平は志奈を抱きとめる、随分と怖かったのだろう体が震えていた。
「怪我ねぇか?」
「だいじょうぶ、でも、怖かった」
「そうか、でももう大丈夫だからな。俺がいるし、あんなの兄さんがぶっ飛ばしてくれっから」
「うん……!」
これで一安心だ。
あとはシェルターに避難して、保安隊がゴーストを追い払ってくれればもう大丈夫だ。
全部元に戻る。
元に戻る、はずだったんだ。