1:誕生日の次の日。
「じゃあ行ってくる」
「行ってきまーす! 夕飯楽しみにしてるわ」
「そういうなら早く帰ってきてくれよな! いってらっしゃい、兄さん、母さん」
早くに職場に向かう兄と母を玄関で見送り、少年は寝起きの欠伸をした。兄と母の職業の関係上朝はとにかく早い、午前四時。それがこの家の起床時間だ。長いことこの生活をしているのでもう慣れた。
朝もやの強いこの時間帯、寒々しい気温が睡魔を呼ぶがそれよりもまず腹が減ったので台所に向かう。
「……おはよ」
居間に入ると四つ下の妹、志奈が目をこすりながらテレビを見ていた。
「おはよう。朝飯何がいいよ?」
「卵焼き、めだまの。二つ」
「はいよ」
確か昨日の安売りでベーコンもあったはずだ、一緒に出すか。
台所に立ち朝飯を作る、米はもう昨日のうちに予約炊きしているからあとはご所望のものを作るだけだ。
「……今日もやってるね」
「何が?」
「テレビ。ゴーストの話」
「ん、そうだな。確かにここのところ多いな」
テレビは今日も特異災害ゴーストの話題を流していた。
どうやらまた夜鳥羽区──東の港口の付近でゴーストが現れ街を荒らしていったらしい。
ゴースト。
大昔から海からやってくる旧世代の遺産、が暴走しているもの。率先的に人を襲い人を殺す非人道兵器は、時折気まぐれに街にまで流れ着いて嵐のように暴れていく。幸いこの街……泊木区には表れたことはそんなにない。何度か警報を聞きシェルターに避難したことはあるが。
遠い災厄。その程度のものだとよく人は言う。
だが、この家では少々事情が違った。
「あ、お兄ちゃんだ」
「またか、やっぱ兄さんすげぇな。これで何回目だよ」
出来上がった朝食をテーブルに並べながらテレビを見る。
テレビにはゴーストと戦う有人機動兵器、アセンブルブラックボックスの映像が宛らヒーローのようにうつしだされていた。白銀のフレームと赤い腕章、特徴的な騎士のような装甲。見間違えるはずもない、ガーベラ04──兄の機体だ。
昨日も帰りが遅かったから出動していたんだろうなと思ったが、やっぱりそうだったか。
ゴーストに対抗しているのがいくつかの軍事企業と夜鳥羽海域保安隊。
兄と母は、揃って夜鳥羽保安隊の正規隊員だ。
兄はテレビで報道されるぐらいには有名な、アセン乗りの切り込み隊長。
母は整備班の一人だ。
今時アセンに関わる仕事をしているなんて変わったことでもなんでもないが、よく変わった家だと言われるのも仕方がない。
「いただきます」
「いただきます。ねぇ、今日は」
「今日は送ってくぜ。迎えいるか」
「お願い」
「ういうい」
有名人が身内にいると色々とあるのだ。
◇
黒田弥平、昨日十七歳になった。
高校二年生だが今のところバイトはしていない、っていうか家事全般と勉学の関係上やる時間がない。進路は今のところパイロットが本命だがどちらかといえば整備士も同時に目指しているせいで、とにかく学ぶべきことがたくさんありすぎて時間が足らないのだ。
そう、足らないせいで朝勉派なのに遅刻しかけてたりもする。
「(昨日、寝れなかったしなぁ)」
昨日は弥平の誕生日だった。早く帰ると言っていた兄もお察しのことで出動命令がかかり、結局夜中に差し掛かるところだった。
この年だからもう昔みたいなケーキは作らない、ただ兄が前から渡したいものがあるといっていたから待っていた。そのプレゼントが存外意外なものだったせいか、結局昨日分の睡眠を弥平は取っていない。
「飛ばすか」
街道をスクーターで行く。
志奈を中学校まで送り、隙間時間を見てカフェに入り勉強していたところうっかり集中しすぎて少し時間をオーバーし、少し急ぎ足で走らせ高校に向かう。変な遅刻の仕方だが、わりとよくやる。
流れてくる潮風は今日も穏やかだ。
「よう黒田弟! 今日は学校か?」
途中呼び止められ、弥平はスクーターを一時停止させた。通り沿いにあるアセンパーツ屋のおっさんだ、今日もそのテッカテカな笑顔が太陽みたいに眩しくて目がうっとなる。
「おう学生業だ! ってかその呼び方やめろ!」
「わりぃわりぃ、今日放課後遊びに来いよ! おもしれぇものが手に入ったんだ」
「よっしゃ寄る。妹連れてきてもいいか? 今日迎えあるんだわ」
「志奈ちゃんか! いいぜ! ちょいびっくりするかもしれないが志奈ちゃんなら大丈夫だろ」
じゃあまた放課後とスクーターを走らせる。
今は冬の終わり際、春の風は少し冷たい。立地上山の上にある泊木から見える夜鳥羽の海は随分と穏やかで静かだ。本来はここは海際じゃなくて山の中だったらしいが、正直なところ弥平はそこらの歴史をよく知らない。
大昔色々あって、この星の八割は海に沈んだ。
その程度の話だ。
そうこうしているうちに高校の門をくぐる、スクーターを置き場に止めて教室に向かう。
「遅いですよ、弥平」
置き場の入口を背にやれやれだとそいつはため息をついた。
ゆるくウェーブのかかった長髪に丸眼鏡、いかにもといったお堅い女子生徒は随分としれっと怒っているらしかった。
「まだベルは鳴ってねぇだろ、亜希」
「弥平と朝を歩く時間が減るという意味です、私の楽しみなんですから少しは気にしてください」
「俺の都合は」
「聞こえませんね」
「まったくお前はよぉ……」
東雲亜希、同じクラスの普通の女子生徒。顔は整っているせいで人気はあるらしいが、本人の性格が少々マイペースすぎるせいでお近づきになろうというやつは中々いない。そんな彼女に何故か弥平は懐かれていた。
たまたま整備訓練の授業中アセンについて少し話をしただけだったのだが、彼女はどうにも弥平の知識がいたく気に入ったらしい。
足早に教室に向かいながら今日も話す。
いつもの朝。
「珍しいですね、弥平がアクセサリを付けているとは」
「これか? 昨日貰った」
誕生日プレゼントに貰った銀のプレートのネックレス。ドッグタグ、というらしい。
兄が渡したかったもの、いつか必要になる日が来ると随分真面目に手渡されたものだ。タグには保安隊が使う文字で弥平の名が刻まれている、いつの間に用意していたんだか。
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「昨日誕生日でしたしね。あぁ放課後、少しでいいので時間をください」
「いいけど少しだけだぜ」
「えぇ十分で構いません。プレゼント、昨日は間に合いませんでしたが今日こそは渡せるので」
「……期待していいのか?」
「もちろん」
それは楽しみだと教室に入る。
少なくとも昨日よりかは、普通の日になりそうだ。