妹との出会い
朝の通勤か、国道を車が走っている。
田舎と言えど、この時間帯なら、車だってわりと混雑する。
しかし、東京と違うのは、やはり歩く人間の少なさだ。
東京みたいに綺麗に舗装されてない歩道は、このお気に入りの高いヒールでは歩きづらい。
服装だって目立つ。周りは畑ばかりなのに、こんなショッキングピンクは不釣り合いだった。
運転手たちは、必ずといっていいほど私を見つめて、赤信号に急ブレーキを踏む。
東京でも視線が痛いんだもの、こんなとこじゃ、そらそうよね。
「おーーーーい!のぼるー!!」
ふと私の本当の名前を呼ぶ声がして振り返ると、ハゲ頭の中年おやじが手を大きく振りながら嬉しそうに走ってきた。
なんて、懐かしい顔だろう。ますます老けていらっしゃるその顔に、私は早く過ぎる年月の残酷さに恐怖を感じた。
「お父さん・・・」
「よう、戻ってくれた!疲れたやろ?」
ヒーヒーと息を切らしながら、笑顔で私の疲労を気遣ってくれる。こんな良いお父さんは、きっと珍しいんじゃないだろうか。
車に乗る。車内は加齢臭と煙草の臭いで充満していた。もし、これで一時間も移動しなければならないのだとすれば、私は何回、車を止めて道端に四つん這いになっただろう。幸いにも、30分もしないほどで家に到着した。
私の家は、住宅街から少し離れたところにある。周りは山だったり竹藪だったり、とにかく自然溢れる立地にあった。
木造建築で、屋根は昔懐かしの瓦。東京じゃ狭いアパート暮らしだったから、そういう点では凄く良いのかなとも思う。
玄関に入ると子供の頃に嗅いでいた匂いが鼻の奥、口の中に入ってきた。懐かしさとほろ苦さが体いっぱいに広がる。
「やっぱ、田舎やわ〜」
思わず方言が出た。なんだか恥ずかしくなって口元が緩んだ。
「なんか、変なんおる・・・」
玄関で思いきり空気を吸い込んでいると、幼い女の声がした。
そこには、まだ身体も大人に成りきれていない華奢な少女が柱に隠れてこっちを見ていた。
ああ、こいつか。あの女の娘は。私の妹は。
「なんなの?初対面でしょ?挨拶くらいしなさいよ。実の姉に向かって”変なんおる”って・・・私は怪物かい!」
「姉って・・・。どう見てもオカマやん!」
この程度なら、言われ馴れている。
「こんなんと家族とか嫌なんやけど・・・」
そう吐き捨てて、妹になる予定の女は奥の部屋へのそのそと消えていった。
「あんの、生意気娘が・・・!」
*
「まあまあ、のぼる、あの子も突然お母さん亡くして、心に余裕が無いんや・・・。許してやりな」
お父さんはあったかい緑茶を淹れながら私をなだめてくれた。
わかっている。私だって、実の母親が死んだことにショックを受けている。だけど、一番心に傷を負っているのは、離婚してからもお母さんのことを愛していたお父さんなんだ。だから、私はあの人を憎んでいる。
妹は関係ないと、お父さんは言うだろう。けど、私も心に余裕がないんだ。妹を受け入れるほどの余裕が。