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幼馴染が逆攻略してきた日のこと

作者: 蒼原はえる

「うふふふ。そうよ! いっぱい動いて汗かいて、お腹をせいぜい減らすがいい! 一之宮、貴方の胃袋をがっちり掴むのは私よっ!!」


 校庭のグランドでサッカーをしている爽やか系イケメンに、私は5階の窓際から指差し宣言した。

 家庭科室で一人で何をしているかって?

 愚問よ。家庭科室ですることは、料理しかないじゃないの。

 今も、ほら。オーブンレンジで、クッキーが焼けているでしょ?

 あっ、やばい。黒い煙が出てる。


「なぜ?! 料理の技能Lvは、もう5以上はあるでしょう? なぜ備長炭が生まれるの!!」

「うわあ。懲りずに美香が、暗黒物質を生成してる……。煙、くさい」


 文句を垂れつつ家庭科室に入って来た人物は、幼馴染の穂鳥である。

 中学生までは私の方が、背が高かったのに。高校生になってから、気が付いたらコイツの方が高くなっていた。

 男子はまだまだ身長伸びていいわねぇ。私なんか、縦に伸びずに体重だけ増えてんの。

 穂鳥は窓を開けて煙を出してくれてる。


「黒いの突っついてないで、自分で窓開けなよ」

「ねぇ、これ食べれると思う? ココアクッキーだと思えばどうにか。うん、そうだ。これはココア味なんだ。よし、いけ鈴白美香」


 口に放りこもうとしたら、手首を掴まれ止められた。


「自分に暗示かけてまで食べなくていいから」

「だって、もったいないわよ。せっかく作った一之宮へ渡す、メープルクッキー」

「今、何て言った?」


 穂鳥の眉間にシワができた。

 しかめっ面されたら、流石に食べる気がしない。そんなに臭いかなコレ。

 私は掴まれてた手を解いて、炭をゴミ箱へポイっとした。


「せっかく作ったメープルクッキー。もちろん焦げたコレは渡さないわよ。きちんと作り直すから」

「……誰に、渡すって?」

「一之宮和佐。この前の関東大会で優勝したのは、ほどんど彼が活躍したからといっても過言ではないわね」

「女子に大人気の一之宮和佐」


 小麦粉を測りながら相槌を打つ。


「そうそう。その彼よ。今もグランドから黄色い声援が、聞こえてくるじゃない」

「美香、止めとけ」


 私は危うく卵を握り潰しそうになりながら、穂鳥を睨みつける。直ぐに視線を逸らされたけど。


「渡してポイントを溜めるのよ。大丈夫。次はアレンジなんかしないで、レシピ通りにクッキー作るから」


 俯いてぶつぶつなんか言っている。


「なんで、やっぱりああいうのが? 一生懸命作ったりして。人気者同士、気が会ったりしたら、僕は……」


 私は思わずふふっと笑い声を小さく出してしまった。

 それに気が付いた穂鳥が、顔をなぜか青くして上げた。


「穂鳥、一人称が僕に戻ってる。中学生頃から、俺って言い始めたのに」


 今度は顔を真っ赤にしている。


「気付いてたんだ……」

「もちろんよ。正確には、中学2年の夏休み後ね。男子の殆どみんなが、背も高くなって声も低くなったのに、アンタだけチビだった夏よ」


 真っ赤になったまま次第に涙目になってる。

 やばい。流石に泣く事はないだろうけど、いじり過ぎたみたい。

 話しを戻して誤魔化そう。


「それで? 私がなんで一之宮に、クッキー渡しちゃいけないのよ」

「い、いや、渡しちゃいけないとは言ってない。ただ、その……」


 穂鳥は目を彷徨わせていたかと思ったら、何かに気が付いたのか笑顔になる。


「もう、こんな時間だよ。クッキーが完成するまで、一之宮は待ってくれないだろ? だから、止めとけ」


 私は壁に掛かっている時計を見た。


「ちょっ……もう5時じゃない!! アルバイトに遅れる!!」


 広げていたクッキーの材料や道具を、颯爽と片付け始める。

 何も言わなくても、穂鳥は手伝ってくれた。


「片付けはいいよ。家庭科室の鍵ちょうだい。俺が先生に返しておくから」

「ありがとう、穂鳥! この恩は必ず返すからっ!」


 廊下を走りつつ肩越しに振り返り、 手を振る。

 穂鳥は手を振り返してくれた。





 この世界が私がやっていた恋愛シミュレーションゲームだと気が付いたのは、幼稚園生の時だった。

 なぜゲームの世界に転生したのかは、考えても仕方ないので思考を放棄している。

 プレイヤーは操作する主人公の技能を上げつつ、攻略対象と親密な関係になっていく。会話だけでは落とせない。

 それに早々に知れた私は運がよかった。

 これがゲームの舞台の高校生になってから気が付いたのなら、全員を落とすのは困難だったに違いない。

 そう。私はせっかく恋愛ゲームに転生したのなら、と張り切っている。

 一之宮和佐も攻略対象の内の一人。料理の技能Lvを上げて、作った料理でもてなして会話を少しするだけ。

 難易度はとっても簡単。主人公への恋愛達成の設定ポイントが、とっても低いのよ。

 ただ現実となったこの世界では、時間の概念やら肉体疲労やらは考慮されてない。

 料理の材料費も自分で働いて稼ぐのは、ゲームと変わらないけど。

 朝日の降り注ぐ教室。

 眠い。

 お昼の料理番組よろしく解説する。


「今日は誰でも簡単に作れる枕を紹介します。まず鞄に教科書をお好みで入れます。次にジャージをくるくる巻きます。はい。これで枕の完成です。では、おやすみなさい」


 友達の柚子が隣りの席から、半笑いしてる。


「来て早々、寝るとか。期末テストは大丈夫なの?」

「大丈夫だ。問題ない。穂鳥がノート見せてくれる」

「渡里は美香が気になって仕方ないのだよ。ほら、今もこっち見てるし」


 顔を特製枕から上げると、たしかに穂鳥が私のことを見ている。ちなみに渡里が苗字。

 まぁ、昨日あんなに慌ただしく帰ったから、アルバイト間に合ったか心配だよね。

 間に合ったよ。余裕で。

 ただし、20時からシフトの人が無断欠勤で、私は22時まで延長で仕事したけど。おかげさまで、くそねむです。

 穂鳥には親指を立てて合図した。意味を分かってくれたのか、軽く頷き返してくれた。その後さり気無く、自分の友達グループの会話に加わってた。

 ありがとう穂鳥。アルバイトに遅刻してたら、店長の怒りがやばかったよ。

 親指を立てたまま、枕に顔を沈めた。

 肩を揺すられ優しげな声が、私を目覚めさせる。


「美香ちゃーん。朝ですよー。学校に遅刻しちゃうわよー?」

「…………私のお母さんは、そんな優しく起こしてくれない。丸めた朝刊でスパーンだから」

「何それ。スパルタか」


 柚子かあちゃん。役が終わるの早過ぎ。


「今寝たばっかりなのに、もう少し寝させてよ」

「いやいや、もうお昼ごはんですしおすし」


 がばっと上体を起こすと教室内はすでに、お昼休みのざわざわした雰囲気になってる。


「穂鳥は? よし、まだ居た! お昼ゴチで昨日の御礼をっ!! ごめん。行ってくる」

「はいはい。早くいってきな」


 教室を出て食堂へと向かう穂鳥と友達ズ。

 声をかけようとしたんだけどね?


「だから、あれは絶対偽物だから」

「いやでもよ、横乳の感じが本物なんだよね」

「誰か触診してくれれば分かります。無料動画で、ヤってくんねーかな」

「それもう、グラビアアイドルの域でてる」


 話している内容がさ、某グラビアアイドルは偽乳か否か。無理だ。流石の私でも、ここで話しかける勇気はない。

 購買でぼけーと弁当を選んでいる穂鳥の横に来た。友達ズは離れた所にいて、まだ乳談義が終わってない。


「私に奢らせて。昨日の御礼にさ」

「うわっ。びっくりした。美香、いつの間に横に?」

「あはは。教室出た後、声かけようと思ったんだけどね? 何か楽しそうに話してて、悪いなと思って」


 友達ズが今度は、通りかかった女子のサイズ当てクイズをしてる。あの3人、彼女できないね。

 穂鳥が申し訳なさそうに眉を下げる。


「悪い。根は良い奴らなんだけど」


 私なんか攻略対象全員落とそうと思っているから、それに比べたら良い人達なんだろうけど。気の弱い子なら、泣くよ? 

 弁当を見て溜息をつく。


「購買の安いけど種類少ない。私が持ってきたのを、追加であげるね」


 穂鳥が笑窪を作った。


「美香の手作り弁当?」

「コンビニで買った、からあげ。私の料理の腕前は、昨日も見たでしょ」


 肩を落として落ち込んでる。からあげ嫌いだった?


「でも、料理は上手くなりたいなぁ。穂鳥、私の実験た……じゃなかった、実食係になってくれない?」

「実験体って言いかけたよね」

「イッテイマセン」


 穂鳥は今日食べる弁当を適当に選びつつ、了承してくれた。


「実食係やるよ。美香の料理、楽しみにしてる」


 レジに並んで後ろ姿だから、顔見えないから分からないんだけど。本当に楽しみにしているのかな。

 昨日は、暗黒物質を生成してるって評価してたし。幼稚園からの縁で請け負ってくれただけのような気がする。

 穂鳥が弁当を買い終わったのを見て、友達ズが合流してきた。3人の視線が私の乳に集り、そして顔を見合わせて頷いた。失礼過ぎる。


「神にサイズを問いてはならぬ」

「せやな」

「穂鳥、もげろ」

「なんで俺に暴言?」





 炭製造業者ではないのよ、私はね。料理本の手順を間違えずに、それだけでいいのよ。

 炭から脱却するのに、一カ月かかったんだけどね。長い道のりだった。

 ゲームならLvマックスになっているんじゃないか、ってくらい料理した。


「メニューは定番の卵焼きと、ミニハンバーグ、ブロッコリーとハムのサラダ、白身魚のフライ。さあ、食べて! 炭でも暗黒物質でもない、真の料理を!!」


 お昼休みに中庭の隅のベンチで、弁当を広げていた。 穂鳥はいただきますと礼儀正しく言ってから、卵焼きを口に入れた。


「実食係のこと、忘れてないかと焦ってた。弁当ありがとう。すごく嬉しい」

「焦ってたのは私もよ。普通の料理が作れて、これで一之宮へあげれるわ」


 私は安堵から思わず頬が緩んだ。

 一之宮和佐の難易度が簡単なのは、ゲーム開始から夏休みに入るまで。そこからは主人公の友達である柚子が、一之宮と交流するようになる。

 そうすると柚子がライバルとなり、時間経過とともに難易度は跳ねあがっていく。最終的には一之宮は攻略不可能になってしまう。

 よかった。料理一つ作れなくては、幸先が暗くなるところだった。

 あれ? 隣りが静かだ。確認すると、穂鳥が私のことを無表情で見ている。箸からおかずが落ちそう。


「どうしたの? 味、不味かった? 生焼けとか?」


 穂鳥は俯いて、ぼそっと言った。


「わからない」


 わからないって、卵焼き一口食べたよね? もしかして味覚音痴?

 少しして実食が再開した。穂鳥が何も言わないから、私も思わず無言になっちゃったけど。

 全て残さず食べてくれたけど、ごちそうさまの声も元気がなかった。

 教室へと帰って行く穂鳥の背中を見送った。


「反省しなきゃ、鈴白美香。私は最大の過ちを犯したのよ。だから穂鳥が落ち込んでいた」


 中庭の隅で、私は一人反省会をした。


「卵焼きの砂糖と塩、間違えてたのね!!」


 午後になって体育だから、枕カバー……じゃなかった。ジャージに着替えた。

 グランドを見渡すけど、穂鳥が見当たらない。

 まさか、ミニハンバーグが生焼けだったとか?!

 慌てて探す場所は一つしかない!!


「やっぱり、保健室でしょ!!」


 素早く保健室の先生に注意された。


「鈴白さん。保健室ではお静かに」

「先生! ハンバーグで食中毒って、死んだりしませんよね? 穂鳥は大丈夫ですよね?」

「えっ、渡里さん。ちょっと気分が悪いって、食中毒だったの?」


 先生が椅子から立ち上がり、急いでベットに寝そべる穂鳥へいく。

 カーテンを開けた穂鳥が、先生に説明する。


「いえ、先生違います。俺のこれは、精神的というか、そういうやつなので」


 精神的? 塩と砂糖を間違うだけで、そんな攻撃を私はしていたのか。ショックだ。

 ベットから立ち上がって、先生に向かって軽く頭を下げる穂鳥。


「鈴白がお騒がせしました。俺は教室で休んでます。ちょうど体育で、皆いませんから」


 さっさと保健室を出て、教室へと向かう穂鳥の後を付いた。


「ねぇ、気分悪いって私の所為だよね。ごめん」


 さっさと前を歩く穂鳥は仏頂面していた。


「ハンバーグは、ちゃんと焼けてたよ」

「じゃあやっぱり、味付け……」

「味付けも美味しかった。一之宮が気にいる味付けか知らないけど。体育はいいの? あいつのカッコいい姿見なくて」

「そんなことより、穂鳥が心配だったから。それに攻略対象は一人じゃないし」


 教室の扉を開けた穂鳥が振り向いて、ますます不機嫌そうな顔になった。


「まだ幼稚園の頃の妄想を言ってる」


 ムッとして私は言い返した。


「妄想じゃないから。私は私を愛してくれる人達へ、全力で応えたいの」

「攻略対象とやらしか、美香は応えないんだろ?」


 幼稚園生の時に、穂鳥に言われたんだ。

 僕のお嫁さんになってくださいって。攻略対象じゃないから無理って私は答えたんだけど。

 そもそも転生前の年齢が大人の私に、当時幼児だった穂鳥の嫁なんて考えられるわけない。返事の仕方が駄目だったのは、反省してる。


「流石に悪かったと思っているわよ」

「いや、悪いと思ってないね」

「なんでそんなに怒ってるの?」

「何人もの男に愛されたいと思ってる誰かさんとは違う。俺は、昔も今も、愛されたいと思っている女性は一人しかいない」


 穂鳥が私の手を握った。クッキーを食べようとして止めた時とは違う、優しく包むような感じ。

 穂鳥の真剣な表情から目が離せない。

 私はゲームの主人公、鈴白美香。だから製作者が与えた人達の中からしか、恋人を選べなくて。

 現実となったこの世界で、他の人達から愛されるのが嫌われるのが怖くて。


「美香が、勉強がんばってこの高校入ったのは知ってる。料理だって上手くなった。私服や肌にも、気を使ってるのは気付いてる。攻略対象によく見てもらおうと、美香はいつだって努力してた」


 どうしよう。なぜか顔が熱い。どきどきする。

 顔が近いよ、穂鳥。


「俺もこれからは努力する。美香の攻略対象に選んでもらえるようにね」


 穂鳥の穏やかな笑顔に、私は一言返すだけで精一杯だった。


「は、はい」



 ―END―

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