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希望

「降りるぞ」

「ここでですか?」

 現場からそれほど行かない場所で、再び車が止まった。

 ポケットに手を突っ込んだまま無造作に歩き始めた蒼龍に、裕樹も黙って従う。二匹の化け猫も、裕樹の前後になるように付いてくる。階段を登り切ると、目の前に壮大な砂丘が姿を現した。

 緩やかに下った先が、急勾配の砂の山で、その向こうの海岸線が全く見えない。

 鳥取砂丘だ。

 遠くに見える海の向こうの空が、オレンジ色に染まり始めている。

「頂上まで走れ」

 蒼龍が唐突に言う。

「え!?」

 言われたことを理解するのに数秒かかった。蒼龍の方をちらりと見ると、顎でクイッと、「行け」の指示。

「よっし、裕樹。競争するぞ」

 やる気になっているのは虎風(とらかぜ)だ。

「え?あ、はい。行きます」

 駆け出した虎風を追いかけるようにして、裕樹も走り出す。

 虎風の体は、柔らかい砂の上だというのに全く沈み込むこともなく、文字通り、飛ぶように丘を登っていく。

「虎風さんのそれ、ずるいですよ」

 虎風の、体重を感じさせない走りに思わず愚痴る。裕樹は、慣れない砂上に苦戦していた。不安定な砂は、足を置く度に沈み込んで滑る。柔らかな急斜面を、必死に駆け上がる。息が上がる。

「オレの勝ち!」

 丘の上で虎風が得意げにヒゲを震わせる。

「遅いぞ」

「蒼龍先生!? いつのまに?」

 ようやく砂丘の頂点まで上り詰めると、いつの間にそこに辿り着いたのか、何百メートルも向こうの丘の上で別れた蒼龍が、すでに砂山の上に立っていた。龍風(たつかぜ)も、吹きぬける風に全身の毛をなびかせている。

「少しは気が紛れたか?」

 ちょうど東の空に、オレンジ色の朝日が昇ってきていた。燃えるように鮮やかな朝焼けだ。海も、その色を映してオレンジ色に染まっている。

「俺たち天御柱(あまのみはしら)は、高天原(たかまがはら)(ことわり)に則り、悪鬼悪霊を祓うのが仕事だ。その理が、人間界の正義とは違うことはよくある」

 朝日を受けて、蒼龍の青い眼の奥がキラリと光る。それは、猫の眼の光そのものだった。

「お前も、好きで呪術師になったわけではないだろう?」

「?」

「呪術師になるのは、御鏡(みかがみ)の家の定めだ。しかしこの先、定めだけで呪術師を続けていくのは容易ではない」

 蒼龍が言った「お前も」という言葉が裕樹の耳に残った。呪術が使えるほどの霊能力は、ほぼ100%遺伝で受け継がれる。呪術師の多くが、望んでその道に進んでいるわけではないのだ。御鏡家にしても猫風家にしても、その家に生まれただけで生き方を決められてしまう。

「やっていけるか?」

 固く厳しいが、その奥に優しさが込められているような声だった。

「蒼龍先生」

 蒼龍が、裕樹の方に顔を向ける。裕樹は、まっすぐな視線で、青い眼の深淵を覗き込む。

「今回のことで、覚悟を新たにしました。人としてではなく、呪術師として生きる覚悟を」

 蒼龍が、満足そうに小さな笑みを浮かべた。

 差し込む朝日が、その横顔を照らす。裕樹の目に、朝の光が映り込む。

 それはまるで、瞳に赤い炎が宿ったかのようだった。

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