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火種

 二日後。

 裕樹たち四人は、再びSICSの本部に呼ばれた。SICS側も、あの日の夜と同じメンバーだ。蒼龍が参加していない代わりに、蒼龍の名代ということで、風祭(かざまつり)光流(みつる)が参加している。

「新しく、わかったことがあります」

 賀茂弥生の部下の真山が、今日もまたPCを使って状況を説明してくれる。

 画面に、戸賀の写真と花田の日記帳のページの写真が並列される。

「解析の結果、花田萌が付き合っていたと思われる男性が、代表者の戸賀昇であることがわかりました」

「事件の計画について何か記録が残っていたのですか?」

「いいえ。計画についての記述は全くありません。おそらく、履歴が残ることを予期して、計画についてのやりとりは直接対面で行なっていたのでしょう。二人だけで会った、いわゆるデートと思われる痕跡が判明したということです。花田萌の居場所は、相変わらず不明です。戸賀は、事件後も普通に、会社の本社がある南青山のオフィスに出社しています。彼のオフィスが見える位置に、常時監視のカラスを配置していますが、ここ数日変わった様子はありません」

 スクリーンが、カラスに偽装した式神の記録した映像に切り替わる。オフィスで、窓を背にして仕事をしている戸賀の姿が映っている。カラスの存在に気がついているようにも見えない。

「彼の近辺を調査したのですが、花田萌の姿はどこにもありませんでした。それで、昨日、戸賀本人に接触して花田のことを聞いたところ、戸賀自身は、花田のことを、たくさんいる女の子の一人と認識していただけだったようです」

「ほらやっぱりセフレじゃんか……イテッ!」

 背もたれに大きく寄りかかって今回も軽薄な言葉を吐いた雅哉は、梓乃に思い切り脛を蹴られて悶絶した。

「それで?」

 下がった緊張度を、蒼雲の一言がまた高める。

「それで、って?」

 弥生が蒼雲の方を見る。

「その男と土御門典膳(つちみかどてんぜん)との関係もわかっているんでしょう?」

「まったく、隠せないわね」

 弥生が呆れたようにため息をついて、背もたれに体を預けた。弥生に促されて、梨木が説明を引き継ぐ。

「よくよく調べたところ、『MORINAKAYOGA』は、天赦鬼道宗(てんしゃきどうしゅう)が作った資金集めのための隠れ蓑団体の可能性が高くなってきました。今まで気がつかなかったのは、戸賀の経歴そのものが偽造されていたからです」

「偽造?」

「戸賀は、現在の両親と血縁関係がありません」

「え?」

 そのタイミングでスクリーンに映し出されたのは、戸賀の戸籍だ。

「でも、実子って書いてあるぜ」

「そこのカラクリはわかりませんが、別の親から生まれた子供を、戸賀の両親が、実子として引き取り戸籍登録したようです」

「とはいえ、確かめようにも、戸賀の両親は何年も前に亡くなっていて、この話は、彼の親戚筋にあたる方に聞いたものよ。その方も、論拠には乏しいようなので、噂程度のものかもしれないのだけど、科学的な根拠ということなら、彼の親族のDNAと戸賀自身のDNAには全く共通点がなく、血縁関係を証明できる要素が微塵もない、ってことくらいかしらね」

「そこまでわかっているんですか」

「突貫で調べさせたのよ」

 弥生が、手元の資料を蒼雲たちのテーブルに回した。親族数名の遺伝子解析データと戸賀自身のデータが並べられる形で比較されている。

「半同胞判定だけど、何検体か比較してるから、データに齟齬はないと思うわ。もちろん、この家系に霊能力の遺伝がないことも確認済み」

 蒼雲との間に置かれた検査結果を、裕樹も覗き込んで確認した。

「でも戸賀には、霊力があった」

「そうね、戸賀自身の出自は、何らかの霊能力者の家系でしょう。知っての通り、呪術師として使える程度の霊能力は遺伝でしかありえないけど、何世代も不顕性で遺伝することは稀にあるわ。霊能力の遺伝元を追跡するのは不可能ね」

 追跡のルートが途絶えたことで、会話が一旦途切れる。

「でもね」

 少しの間をあけて、弥生が口を開いた。テーブルの上の両手を軽く組み合わせる。

「戸賀自身には、人の記憶をコントロールする能力がある可能性が高いのよ」

「その、根拠は?」

 蒼雲が尋ねる。

「これは、彼と会ったことがある人何人かを調べた辺りから見えて来たことなんだけどね。戸賀自身のイメージが、安定しないのよ」

「安定って、どういうことでしょうか?」

 今度の質問は裕樹だ。

「人の印象が、個人個人違っているのは当たり前よね。ある人のことを、嫌なやつだと思う人もいれば、気があう親友だと思う人もいる。自分と相手との1対1の関係性の中で、相手の印象を決めていく。でも、その印象を集めていけば、大抵は、一人の人物が出来上がっていくものなのよ。例えば、喧嘩っ早く乱暴だけど、弱いものには優しく、仲間思い。大雑把な性格で大胆だけど、その実は人の心の弱さに敏感な人物。みたいな感じね。一方は長所で一方は短所。それらの印象をまとめて、一人の人物が出来上がる」

「なんかそれ、俺のこと言われてるみたいなんだけど」

「あら。雅哉にしてはよくわかったわね」

 口を尖らせた雅哉に悪戯っぽい笑みを浮かべる弥生の姿に、裕樹も梓乃も、思わず吹き出してしまった。

「戸賀昇の場合は、そのイメージが安定しない。証言を集めても、一人の人物が出来上がらないのよ。それぞれの人が、戸賀に理想の男性を見ている。カリスマ性とかそんなレベルではないのよ。歴史上、稀代の詐欺師と言われたような人は、そんな錯乱の術を持っていたと言われているけど、それだって、一般的に知られていないだけで、その人が記憶操作に特性がある術師だったというだけよ。今回の戸賀の状態も、何らかの意図的な印象操作が行われたと考える方が自然よ」

 弥生の言葉は、確信に満ちていた。

「弥生班長がおっしゃるように、戸賀昇の場合、プロファイルがうまくいきません。それで、彼の行動を監視するのが難しくなっています」

 梨木が話を続ける。

 彼の霊能力の根源については、引き続き調査を進めています。

「それより気になるのは、」

「このイベント会社の実態ですね」

 弥生が言いかけた言葉に、梓乃が言葉をかぶせる。

「天赦鬼道宗の資金集め団体ということは、社員に関係者がいる可能性があるってことですよね?」

「そうね。いくら戸賀がカリスマ社長だとしても、たった一人で経理を不正処理するのは難しいでしょうからね」

「でも、すべての社員が天赦鬼道宗のことを知っているとは限らない、ということですよね?」

「それについてもその通りよ。ただ、記憶の人工的な書き換えができるのだとしたら、知らないうちに記憶改変されている可能性もあるからわからないのだけど」

 運営側が知らないなどということがあるのだろうか。という疑問は、ここで推論していても答えは出ない。

「イベントに参加して内部の様子を探ってみることは可能でしょうか?」

「梓乃ちゃん」

「囮捜査、ってことか」

 雅哉が、身を乗り出す。

「囮というのかはわかりませんが、人気のイベントで参加者が多いということは、その人たちが、何らかの危険にさらされている可能性があるということですよね? それをそのまま放置しておくのは良くないのではないかと思っただけです」

「なるほどね」

「内部を覗いてみるというのはいい考えかもしれない」

 ずっと黙って聞いていた蒼雲が、ポツリと呟く。

「でも、危険じゃないかな?」

「イベント参加者自体は行方不明になったりしていないんだし、平気じゃねぇの?」

「それは、一般人は平気かもしれないけど、僕たちは、向こうからはもう個人が識別されてしまっているわけだし」

 裕樹の指摘はもっともだ。入学したての新一年生を殺して入学式に術者を乱入させた土御門典膳には、学院の一年生の情報が筒抜けだ。

「知られているなら、逆に、気を使う必要がないから探りやすい」

「それなら、警戒されてちゃんと探れないんじゃね?」

「ちゃんと探る必要はない。警戒して偽装しようとしているなら痕跡がわかるし、逆に『疑わしい』ということになる。参加者は常連が多いみたいだから、直接内部で話を聞くだけでも意義はある」

 裕樹と雅哉の懸念に整然と答えを返した蒼雲には、何か具体的なビジョンが見えているのかもしれない。

「蒼雲くんが計画を立てるというのなら、イベントに潜入して情報を集めることを止めはしないよ」

御鏡(みかがみ)副長官」

 俊樹の言葉に、弥生が驚きの声を上げる。

「彼らの仕事だからね。僕たちに止める権利はないよ」

「それは、そうですけど……」

「まずは、計画を立ててごらんよ。参加に必要な偽装IDなんかは、SICSで用意できる」

「……えぇ、はい」

 俊樹に視線を送られた梨木(なしき)が小さくうなづく。

「潜入する人が決まったら連絡してください。氏名や住所、クレジットカードなどについても、こちらで偽造したものが用意できます」

「へぇ。そんなことまでできるんだ、すげぇな」

「計画段階から相談には乗るけど、危険な任務であることは間違いないよ。そのあたりも、よく考えるように」

 俊樹は向かいに座る四人の顔を見渡して、最後に視線を蒼雲に戻した。

「わかりました」

 蒼雲の声はいつも以上に固く、緊張感に満ち溢れていた。

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