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思い出を辿る

 四人は一列になって、距離を開けずに山道を登っていた。

 先頭を蒼雲が歩き、その後を裕樹、梓乃と続き、殿を雅哉が務めている。

 蒼雲たち三人は式服と呼ばれる水干と袴姿だ。時に戦闘にもなるので、こういった山間部で式服を着る際は、足元はブーツのことが多い。一方の雅哉は、頭巾をつけた修験者の格好で、彼の足元は慣れ親しんだ地下足袋。

 雅哉はそれが気に入らないようで、「なんで俺だけ」と、歩き始めから何度も愚痴っている。

「一層のこと、制服でよかったんじゃないか?」

「雅哉も諦めが悪いな」

 裕樹が肩越しに笑う。

「今日は御霊寄せをやることがわかってるんだから、式服の方がいいだろ?」

「雅哉さんの修験者衣装、素敵ですよ」

「ほんと? まじ? まじで?」

 梓乃の一言で、雅哉の愚痴はようやく収まる。

「それにしても、この道、ありえないくらいに急な斜面だね」

 山道とは言っても、主要な登山道ではない。いわゆる獣道といわれる細い通路だ。

「登山者に遭遇するのは極力避けなきゃならないからな」

 蒼雲が振り返らずに裕樹に応じる。

 歩くたびに雅哉が鳴らす錫杖の音が、山道に響く。

「平気? 梓乃ちゃん」

 裕樹が少し遅れがちになった梓乃を振り返る。

「はい。大丈夫です。雅哉さんはともかく、裕樹さんも山登り馴れていらっしゃるんですね?」

「そうだね。俺も、雅哉ほどではないけど山登りはしているからね。強力な木霊は、古木に宿るんだ。俺たちが戦闘に使っている木霊は深い森の中に眠るそのような古木の精霊なんだ。何度か通って信頼関係を作って木札として協力を依頼したりね。そのためには深い山に入らなくちゃならなくて、結構大変なんだよ。でも、今日は俺も結構つらい」

「すまない。もう少ししたら上りは終わりだから我慢してくれ。日が暮れるまでには野営の準備を終えなければならんからな。雲風、こっちに来い」

 肩越しに振り返りながら、蒼雲が二人を気遣う。

「いや。大丈夫だよ」

「はい。私も頑張ります」

 裕樹と梓乃がほぼ同時に返事を返す。

「雲風もそのままでいいよ」

「ほんと? 裕樹、無理してるでしょ」

 雲風は「ふふん」と鼻を鳴らしながら、裕樹の頬に自らの頭をこすりつける。

「くすぐったいよ、雲風」

 頬に当たる髭に、裕樹がくすぐったそうに首をすくめる。

「体痛いには痛いけど、お前を乗せて歩けないほどひどいわけじゃないよ。俺だってそこそこ鍛えてんだぜ」

「ふぅん」

 納得したのかしていないのか微妙な声で、雲風は目を細めた。

「優しいんだね、裕樹は」

「気にするくらいなら、お前、自分で歩けばいいだろ」

 前を向いたまま、蒼雲が嫌みを言う。

「疲れるからやだ」

「ったく」

 案の定の雲風の応えに、小さく舌打ちをする。

「七枝。お前がこっちに来い」

「え? いいんですか?」

 名前を呼ばれた三毛猫が、梓乃の背中から顔を覗かせる。梓乃の使役する化け猫である七枝は、彼女の肩ではなく、リュックサックの上に踞っていた。

「大丈夫ですよ、蒼雲さん」

 梓乃が小さく手を振って遠慮した。

「先を急ぐ。遠慮するな」

 七枝が体を起こして梓乃の肩に移りながら、彼女の意思を確認する。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 梓乃の返事を待って、七枝は軽やかに蒼雲の肩に移った。左肩に七枝、右肩に風霧を乗せた蒼雲が、歩き始める。

「どう? どう? 乗り心地いいでしょ」

 右肩の風霧が、大きく身を乗り出すようにして、蒼雲の顔越しに七枝に声をかける。背中に垂れた二本の尻尾が大きく左右に振られている。

「こら、うざい。黙って座ってろ」

 頬に触れる髭を嫌がって首を振りながら文句を言う。

「いいでしょ? ね、ね?」

「えぇ。とても」

 そんな蒼雲のことを無視して、猫達は顔を見合わせて会話をしている。

「ったく、お前らなぁ。それよりさっきの話の続きだが」

 首回りにまとわりついてくる長毛を避けながら、チラリと背後に視線を送り、梓乃に中断した質問の続きを促す。

「口寄せの巫女が自分で、この山の中からあの榊の精をあの場所に移動させたんですよね?」

 歩き始めてからずっと、巫女が残したメッセージについての話が続いている。

「俺たちが見たビジョンではそうだな」

 蒼雲は、「俺」ではなく「俺たち」と言った。蒼雲とともに、裕樹も同じ光景を直接、視覚野に映像として視ていたのだ。

「こんな険しい山道を、よく歩けたんですね」

 大丈夫だとは言っていたが、あまり山歩きの経験がない梓乃は、すっかり息が上がっている。木の根が剥き出しになった複雑な山道を、ほとんど体を揺らすこともなく猫のような身のこなしで登る身体能力は並の女子高生のものではないが、同行者との間には明らかな体力差がある。

「巫女が随分と若い頃のことみたいだからね。当時の彼女には、この山道を歩けたんだと思うよ」

 裕樹はそう言いながら、首を回して体の違和感を払おうとする。裕樹も、山歩きに馴れているとはいっても、今日は万全ではない。裕樹の声にもあまり余裕はなかった。

「なぁ、裕樹、蒼雲。お前達が視た物って、どういう風に視えるんだ?」

 大きなリュックサックを背負ってはいても、山歩きのエキスパートである雅哉はさすがの貫禄で余裕の表情だ。少しも息を乱していない。

「霊視の時みたいに第三者の視点で視えるのか? あー、基本的に、俺は霊視得意じゃないから、そうだと言われてもよく分かんないんだけどさー」

「なんですか、それ」

 梓乃が吹き出す。

「なら聞いてもわからないじゃないですか。雅哉さんって、ほんといつも面白いですね」

「それ、俺が馬鹿だってことだろ」

 大きく振り返って口を尖らせる雅哉を見て、梓乃はまた笑い出す。本当に雅哉は表情が豊かだ。

「そんなこと言って無いじゃないですか。面白い、って言ってるんですよ」

「雅哉。多くの場合、面白いってのは褒め言葉だぞ」

「そうなのか?」

 裕樹の言葉に急に嬉しそうになった雅哉に、梓乃と裕樹が顔を見合わせて笑う。

「で? どうやって視えるんだよ?」

「まぁ、本質的には霊視と同じように視える。直接視覚野に映像として送られてくるから、目で視ている感覚はない。それに、霊視の時と同じように、第三者の視点で客観的に視る。ゆっくり視れば、当事者の目線とその時の本人の感覚や気分なども体験できるが、今回みたいにごく短い時間だと本人の記憶を開いてそれを追体験するしか無い」

「目的の場所も、もうはっきりわかってるのか? そんな昔の記憶なら、随分と様子も変わっているんじゃないか? 当ても無く彷徨うなんてやだぜ」

「目的地ははっきりわかっている。地図上では難しいが、実際に体を向ければ、どこの方向のどこに向かうべきかはわかる。視える物を逆に辿れば、榊がもといた場所に戻れるはずだ」

 その実、彼らは地図を広げることなく、黙々と山道を歩いていた。どこに向かうかは、感覚的に体が理解している。

「で? そこまでの時間は?」

「夜通し歩けば明日の日の出ごろには着くだろうな」

 当たり前のようにさらっとした答え。

「まじで? 徹夜?」

「それは嫌だろうと思って、手頃なところで野営の予定だ。日没少し前には準備を終えたいから、歩けるのはあと1時間くらいだろうが、それで構わないか?」

「もちろん、いいよ」

「えぇ。構いません」

「寝られるのならいい」

 三人からは、全く反論はない。

「蒼雲。そもそもなんだけど、榊がもといた場所に戻ることにどういう意味があるんだ? 俺も同じ物を見て場所はわかるが、そこに何か意味があるとはいまいち分からない」

「そうだな」

 裕樹の問いに返事をしながら、蒼雲は葛藤していた。語っていなかったことには気がついていたが、敢えて口にしていなかったのだ。

「俺が魂追をしたことは覚えているだろう?」

「あぁ。野中美菜世だろ?」

「言ってなかったが、彼女の魂は鏡に封じられていた」

「鏡に?」

「彼女は、ぬいぐるみの中に封印されていた何者かの憑依をうけて体を乗っ取られて、自らの子供達に手をかけた。ぬいぐるみは火災で燃えてしまっている。それどころか、家にあった物全てが燃えてしまっていた。それなのに、野中美菜世の魂は、土蜘蛛の術者達のアジトにあった鏡に入っていた」

「どういうことですか?」

 梓乃が固い声で続きを急かす。

「これは仮説に過ぎないが、事前に誰かが、その展開を見越して、魂を転移させて鏡に封じる呪をかけていたのではないかと」

「それが田原つゆ子ってことだね」

「仮説だがな」



 

 *****


「じゃぁ、今夜はここで野宿ってわけか」

 岩の隙間から水が湧き出して細い流れを作っている。川からそれほど離れていない場所に、わずかばかりの平らな場所があった。空はオレンジ色に染まってきている。

「そうだ」

「でも、蒼雲さん」

 梓乃が落ち着かない視線で周囲を見渡している。

「わかっている。この山は龍脈が通っている上に、霊道も何本か交差している」

 実際に彼らは、ここに来るまでにも何体か、霊の姿を見ている。

「俺たちが入ってきたことで、すでにいろいろ集まってきている。本来は、なんとかしてやるのが筋なんだろうがな」

 蒼雲の視線が雅哉に向けられる。

「俺?」

 上ずった声を上げ、露骨に嫌な顔をする。死者に引導を渡すのは、遠山衆が得意とするところだ。

「まぁ、それは今回の俺たちの仕事じゃないからどっちでもいい。干渉されないように念入りに結界を張って野営をする」

「ははぁん、そういうことね」

「この周囲5メートル四方くらいの結界なら、それほど影響を及ぼさないはずだね」

 裕樹はすでに、結界を張る起点となる木を定めているようであった。

「ということで雅哉。お前は野営の準備をしてくれるか。お前のリュックの中身が、一式その装備だ。簡易テントが入っているから、仮眠用の寝床の準備を頼む。ここなら霊道を外れているからどこでもいいが、あまり水場に近くないほうがいい。細かな場所は任せる」

「俺一人で?」

「得意だって聞いているぞ」

「お前、人使い荒いぞ」

 断る余地もない的確な指示に、雅哉は不満顔だ。

「梓乃は、薪を集めて、日が暮れるまでには火を起こしてくれ。宗徳が、レトルトの物をいくつか入れてくれているはずだ。お湯を沸かせば食べられる」

「わかりました。さぁ、頑張りましょう、雅哉さん」

 ブスッと口を尖らせていた雅哉も、梓乃の言葉にすっかり機嫌を直して、

「よし、なら頑張るか。任せとけ!」

 早くも歩き始めている。

「現金なやつだな」

 地面に降りて顔を洗っている風霧が、横目で雅哉の背中を眺めながら顔を洗っている。

「雅哉は女好きだからねー」

「梓乃のこと好きなんだよ」

「いや、あれは女なら誰でもいいんだよ、きっと」

 風霧と雲風は、およそ猫の会話とは思えない話題で盛り上がっている。

「二匹とも容赦ないね」

 裕樹はそんな猫達の姿に苦笑いを浮かべる。

「猫は世辞など言わないからな」

「その分本質を突いているってことか?」

「かもな」

「で、俺は結界を準備すればいいんだろう?」

 リュックサックの中から呪符や呪具を取り出している蒼雲の方に歩み寄る。

 二人は何度か一緒に仕事をこなしているパートナーだ。この辺りの意思の共有はできている。裕樹は、皆まで説明されなくても、何を期待されているのか理解していた。

「あぁ。頼む。俺も手伝う」

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