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終わらない事件

 野中美菜世の処遇については、彼女の家族に委ねることになった。彼女の年老いた両親と別居状態にある夫の意見を聞いて、彼らの判断に任せるという結論だ。

 人生の決定権は本人にある。実際には、家族にもその決定権は無いはずだ。でも、当然SICSにも、その権利はない。本人が死を望んでいることを伝えて、彼女が負った深い心の傷を、一生かけて癒していく、その手助けをしていく自覚が家族にあるのか、おそらくそれを問うことになる。

 裕樹達は、既にモニタールームを出て、出口に向かって歩いていた。

「弥生班長、口寄せの巫女の拠点だった場所は、SICSの管理下に入っているんですよね?」

 裕樹が前を歩く弥生に質問する。

「えぇ。まぁ、より正確に言うと、警備局、公安の方の管轄下で監視を継続中よ。彼女の家にあった呪法関連のものはすべて、既に兵部司(ひょうぶのつかさ)の地下倉庫に保管してあるわ。見られるように手配しておきましょうか?」

 天御柱(あまのみはしら)の術者に任ぜられている蒼雲と裕樹には、SICSの地下基地への自由な入域が許されている。彼らと一緒なら、梓乃と雅哉も入ることができるのだろう。

「ありがとうございます。では近いうちに伺います。それと、巫女の拠点だった場所を、ぜひ見せていただきたいと思うのですが」

 この意見は、昨夜全員で話し合って得たものだ。

「秩父の?」

「はい」

「もう、何もないわよ? 口寄せの巫女は、自宅の一室を祈祷のための部屋に使っていて、その部屋に、祭壇などの呪法道具が置かれていたんだけど、それらすべて撤去してあるし……」

 弥生は、首を軽く動かす動作で、斜め後ろの梨木に説明の補足を促す。

「はい。自宅として使われていたので、生活用具そのものは残っていますが、徹底的に家宅捜索をして、怪しそうな物はすべて回収してあります。もちろん、祈祷室以外の部屋もすべて調査していますし、庭も含めて場の検証も行っています」

「蒼龍先生が調査された、土蜘蛛の術者が黄泉津醜女を召喚したと思われる祭場も秩父なのですよね?」

 弥生の隣を歩く蒼龍の背中にも問いかける。蒼龍の肩に乗っていた虎風と龍風が、同時にこちらを振り返る。

「そうだ。既に焼け落ちて何もないがな」

「資料は一通り拝見しています。それでも、ぜひ、自分たちの目で、口寄せの巫女の自宅を視ておきたいのです」

 裕樹は一歩も引かなかった。

「土蜘蛛衆が関与している可能性があるってことですね?」

 彼の熱意に、梨木が指示を仰ぐように弥生に視線を向けた。

「そういうことならいいわよ。あなた達は正式に仕事を請け負っているのだから、それに伴う調査をSICSが妨害する理由は無いしね。いつ行く予定なの?」

「できれば…」

 裕樹は後ろを振り返った。最後尾の蒼雲に無言の確認をする。

「できるだけ早いうちに」

 蒼雲が頷いたので、裕樹は力強く返事をした。

「わかったわ。事前に連絡を頂戴。今日の4人のうちの誰かを案内に付けましょう。地元の警察にも話を通しておくわ」

「ありがとうございます」

 最後のゲートをくぐって、一同はようやく一般棟へとつながる通路へと出た。厳重に結界が張られている特別棟は、窓が無いことも相まって、圧迫感で息が詰まるほどだった。

「ふぅぅ。娑婆(しゃば)の空気は旨いぜ~、って感じだな」

 まだ刑務所の中に変わりはなかったが、特別棟と一般棟ではそれだけ拘束感が違った。解放された喜びを、雅哉は正直に口に出した。

「お前は正直だな」

 裕樹が苦笑いを浮かべる。

「遠山一佐も弥生班長も緻密な人なのに、どうしてお前はそんなに豪放(ごうほう)磊落(らいらく)なんだよ」

海闊(かいかつ)天空(てんくう)って言って欲しいね。俺は心が広いの」

 裕樹のコメントに口を尖らせる。

「何が心が広いよ。あなたは何事も大雑把すぎるのよ。裕樹君の指摘してくれている豪放磊落は、森ばかり見て木を見ないあなたを戒めてくれているのよ。もっと緻密になりなさい」

 すかさず、弥生が雅哉を振り返って教育的指導をする。その干渉に不満そうな顔をするものの反論しないのは、自覚があるからか。雅哉の家庭も、修行中の息子の立場は弱いらしい。

「雅哉さんも、お母様には頭が上がらないのね」

 梓乃も楽しそうにクスクスと笑っている。

「大丈夫か? 蒼雲」

 裕樹は足を緩めて最後尾を遅れ気味に歩いている蒼雲に並びかける。先ほどよりもだいぶつらそうな歩き方をしている。

「眠い、裕樹」

 蒼雲の左肩で、トロンとした眼をした雲風が気怠そうに欠伸をする。

「おいで、雲風。寝かせてあげるよ」

 裕樹が手を伸ばすと、雲風がすぐに裕樹の腕の中に飛び込んできた。化け猫が、契約者以外に体を委ねることは極めて珍しい。雲風は、裕樹の腕の中に抱えられ、ゴロゴロと喉を鳴らしている。

 その姿に、蒼雲はほんの少し口角を吊り上げた。緊張感から解放された蒼雲は、長時間の完全猫化による作業の影響もあって、今すぐにでも気を失いそうなほどの眠気と倦怠感、体の激痛に襲われていた。呪術に力を貸した雲風も同様だろう。

「羨ましいよね? 蒼雲」

 裕樹の腕に完全に首を乗せて、顎を天井に向けた逆さまのポーズのまま、雲風が蒼雲の顔を見上げる。

「うっせー。羨ましいわけねぇだろう」

「嘘嘘。蒼雲だって今すぐに寝たいって思ってるもんね」

「裕樹。蒼雲のこともお姫様抱っこしてあげたらいいのに」

「お前、そんな単語どこで覚えてきたんだよ、ったく」

 蒼雲は忌々しげに吐き捨てるように言う。

「源五郎が教えてくれたんだよ」

「ツンデレだからお姫様抱っこが似合うんじゃないかって」

「ねー」

 猫たちのやり取りに、チッと舌を打つ。

「お姫様抱っこ……」

 梓乃がなぜかその言葉に頬を赤らめている。

「なになに? 裕樹が蒼雲をお姫様抱っこするの?」

 会話を聞きつけた雅哉が大げさに振り返る。後ろ向きに歩きながら、ニマニマと笑っている。

「するかよ、バカ」

 裕樹が当然のように雅哉に否定する。

「ったく、お前が余計なこと言うからだぞ、雲風」

「蒼雲の心の声を代弁しただけだもんね」

「ねー」

 雲風の言葉に、蒼雲の右肩の風霧が相槌を打つ。

「蒼雲はツンデレだから、心の声を表に出さないのねー」

「ねー」

「煩い。何が心の声だ、ったく」

 頬に寄せてくる風霧のヒゲを、くすぐったそうに顔を振って嫌がる。

「ヒューヒュー、素直になっちまえよ、ったく」

「ちょっと、雅哉も、なんでこんな時だけ猫たちの会話聞き取ってんだよ」

 裕樹も雅哉の冷やかしを叩くが、効果は無さそうだ。

 先ほどまでの緊張した雰囲気は彼らの間には一切なくなっていた。楽しそうにじゃれ合う高校生らしい会話。

「こら、きみたち、まだ刑務所の中だよ。静かに」

 梨木が注意して小声にはなったが、それでも楽しそうな会話が続いている。

「私達にもあったわね、あんな頃」

 先頭を歩いている弥生が、微笑みを浮かべながら独り言のように呟く。

「御鏡君は可愛い後輩だったけど、猫風君は学院生の頃から可愛げ無かったからなぁ」

 隣の猫風蒼龍の顔を悪戯っぽい笑顔で見上げる。

「賀茂さんが、俺に可愛げを求めていたとはな」

「後輩は可愛い方がいいに決まっているじゃない。今も昔も生意気な後輩なんて、どうかと思うわよ」

「そちらの都合に合わせる義理は無い」

 蒼龍は、弥生の戯れをすげなく打ち返す。

「うん。ほんと、可愛くない。私だってそれは、わかってるわよ。風の一族の当主に可愛さも求めていない。でももう少し、子供らしい自由もあってもいいんじゃないかな、ってね」

 弥生は、後ろではしゃいでいる自分の息子と、裕樹、梓乃、そして蒼雲の方へと意識を向けた。

「子供世代がまた土御門典膳と対峙しなくてはいけないなんて……、いったい何の因果かしらね。まったくどうしてあの子たちが……」

 子供たちを眺める視線は、すっかり母親のものになっている。自分たちが青春の一時期を捧げて命懸けで戦った相手が、また自分たちの子供まで苦しめるなんて、納得いかない。その気持ちはよく分かる。

 それでも、蒼龍はそんな彼女の気持ちを頭から否定した。

「情けなど、かけるもかけられるも術者には不要なものだ。上に立つものが感情に流されると、死人が増えるだけだ」

 蒼龍の言うことは正論だ。弥生も、自分の立場をよく分かっているつもりだ。

「皆があなたのように百錬成鋼な精神を持っているわけではないのよ」

 弥生の言葉も、また事実だった。

「そんなものは、生まれつき持っているわけではなく作られるものだ。疾風に勁草を知るという。あいつらは、天御柱にとって重要な人材だ。この苦難を乗り越えられねば、その先は無い」

 蒼龍は、決して後ろを振り返らなかった。淡々と会話を交わしながら、前に進んでいる。それは、彼がこれまで歩んで来た道そのもののようにもみえた。

 玄関脇の駐車スペースに、蒼雲たちが乗ってきた方の車が止まっていた。もう一台は、食事のあとそのままSICS本部へと帰投している。

 最後尾の座席に蒼雲と裕樹、真ん中の席に梓乃と雅哉が乗り込む。三匹の猫たちは、ラゲッジスペースに入り込んで、お姫様抱っこの話題で楽しく盛り上がっている。

「猫風君。雅哉のこと、よろしく頼むわね」

 車に乗り込む若者四人を眺めながら、弥生が蒼龍に声をかける。

「うちは託児所じゃないんだがな」

 蒼龍が珍しく自嘲気味に笑った。

 すでに辺りは夕焼けに覆われていて、ピンクがかったその色も、刻一刻と色を変えていた。

 車は静かに医療刑務所の敷地から公道へと走り出て行く。さっきまであれだけはしゃいでいた雅哉も、黙ったまま外を見ている。

 コトッと、突然蒼雲の頭が裕樹の肩に触れる。

「蒼雲?」

 慌てて声をかけたが反応がない。

 一気に寝落ちしたのだ。蒼雲は、すでに意識を手放している。

 裕樹は肩にかかるその重さを、そのままにしておくことにした。

いったんエピローグ。

まだまだ続くのですが、続きをここにアップし続けるかは未定。

お付き合いありがとうございました!


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