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蒼雲と雅哉の場合

 3日前に焼け落ちた一軒家は、規制線と青いビニールシートで覆われていた。住宅地の一角にあって、そこだけぽっかりと穴の開いたように青い空が覗いている。敷地の入り口を塞ぐようにパトカーが一台止められ、警官が2名警備をしていた。普通の火災現場ではない証拠だ。

 警官たちの敬礼に見送られながら、橘が先に入り、蒼雲と雅哉がその後に続いた。規制線をくぐってブルーシートの中に入る。ブルーシートの囲いの中にはまだ、真っ黒に焦げた木材が半分ほど残っていた。蒼雲はその臭いに少し眉を顰めた。燃えた木材やプラスチックの臭いが、残骸から立ち上っている。抜け落ちた天井の部材や大きな梁など、崩落の危険のありそうなもの大部分は外されているが、多くが敷地内の隅の方に山積みにされたままだ。

「雅哉、この敷地の周囲に、結界を張れるか?」

 蒼雲がすぐ後ろに立つ雅哉を見る。

「結界? どんな?」

「地蔵菩薩」

 ぶっきらぼうな答え。

「あー。俺が苦手な方のタイプのね」

 返って来た答えに、雅哉が頭をかく。

「今回は、苦手な呪法のオンパレードだ」

 眼鏡を外して無造作にポケットに突っ込む。ジャケットを脱ぐ間も、猫たちは器用に肩に座ったままだ。

「何をするんですか?」

 蒼雲からジャケットを受け取った橘が、思わず敬語で話しかける。

「成仏しきれていない霊に引導を」

「え?」

「渡すのは雅哉の仕事だが、俺は彼らから、あの日の様子を聞き出す」

 答えながら、ワイシャツの袖を捲り上げていく。

「引導渡すの俺の係なの?」

「お前、修験者だろ」

「なんだよ、それ」

 にべもない態度に、雅哉は口を尖らせる。しかし、そんな茶番に付き合うほど蒼雲は優しくはなかった。

「いいからお前も早く準備しろ」

「ちぇっ」

 文句を言いながらも、雅哉はポケットから紙の束と筆ペンを取り出す。

「わりぃ。俺のジャケットも持っててくれる?」

 そして、脱いだジャケットを橘に押し付ける。この場に自分たちしかいないのを確認して、二人の口調は橘のことを無視したいつも通りのフランクなものに戻っている。

「敷地の外に、出ていてもらえますかね」

「あ、はい」

 橘が慌てて建物の基礎の外に出る。脇坂も、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。

「で? 俺はどうしたらいい?」

 雅哉は立ったまま器用に護符を書きながら、声だけを蒼雲に向ける。

「地蔵菩薩の結界をこの建物の基礎部分に沿って張ってくれ。兄弟の霊は、自分たちが亡くなった二階の部屋にまだ留まっているから、幻術で仮想的に建物を復元して、彼らの話を聞く」

「って、おい、それって?」

幽冥界(ゆうめいかい)に降りる」

「はぁ? まじかよ? お前、そんなこともできんの?」

 幽冥界はこの世とあの世の境に広がる世界で、成仏できない霊がそこに留まっている場所だ。生身の人間が、容易に入り込める場所ではない。そしてまた、一瞬でも気が緩めば、そのまま幽界、冥界に落ちる可能性もある。

「それ、俺も行くの?」

「当たり前だ。お前、身固法(みがためほう)は使えるな」

「うーんっと…」

 雅哉は少し困ったように頭をかく。

「ったく」

 蒼龍は溜め息をつきながら懐から呪符を取り出す。

九字(くじ)を切れ」

「幽冥界かぁ…、やだな。俺、まだ一度しか行ったことないんだけどな」

 呪符の意味を読み取って、雅哉は露骨に嫌な顔をした。

「俺だって行きたくはない。だが仕方ない」

 行きたくないという割にはあまり嫌そうに聞こえない。それはすべて、蒼雲の落ち着いた話し方のせいだ。感情を表に出さない。

「そもそも、こんな昼間っからできるのかよ」

 敷地の四隅に、書いたばかりの呪符を貼り付けながら、諦めきれない雅哉が悪態を()く。

「時間は関係ない。もちろん深夜の方が入りやすいのは確かだが、余計なものの介入も多いからな。ちょっと強引だがやるぞ、雅哉」

「強引ってさぁ……。大丈夫なのかよ?」

「雅哉の結界の出来次第だね」

「だね」

 蒼雲の肩でニマニマと笑っている風霧と雲風が、意地悪を言う。

「なんだよ、それ。そんなの信用できるわけねぇだろ。俺は裕樹とは違うんだぞ」

「しーらない」

「しーらない」

 二匹の猫たちは、それぞれの二本の尻尾をまるで手のように器用に動かしながら、無責任な台詞。

「ひどいな、お前達。下手すりゃ戻ってこられないんだぜ」

 戻ってきた雅哉は、渋々といった表情でワイシャツの袖を捲り上げている。

「オレたちは平気だもんねー」

「平気平気」

 相変わらず意地悪な物言いの猫達を交互に見やる。ふと、蒼雲と目が合った。

「お前の腕は信頼している」

「なんだよ、それ」

 照れくささに慌てて視線をそらす。

「無駄話はそこまでだ。そんなことより早く九字を切れ。気を集中していないと本当に戻ってこられなくなるぞ」

「はいはい」

 雅哉は、視線をそらせたまま手早く九字を結ぶ。

 蒼雲が先ほどの呪符を差し出す。雅哉はそれを片手で受け取り、左右の手を組み合わせて人差し指だけを前に出す形で印を結び、その両手の人差し指と親指で挟む。

「天を我が父と為し、地を我が母と為す。六合の中に南斗と北斗…」

 蒼雲も同じように呪符を構え、小さく咒を唱え始めている。

 護符が光り始める。

 それと同時に、呪符から何かが出て来て、蒼雲の腕を這うように取り巻いていく。黒い紐のようなもの。虫のようにも蔓のようにも見える。呪符の文字がまるで生き物のように躍り出て来ているような錯覚を抱かせながら、蒼雲のむき出しの腕を這って行く。同じ現象が雅哉の腕にも飛び火する。

 ボワッッッ

 二枚の呪符が、小さな音を立てて消滅する。

 次の瞬間、二人の体を淡い金色の光が包み込む。繭状に拡大した光が、二人と二匹の周りに展開し、渦を巻くように収束する。

「結界を」

 雅哉の手が印を結び、地蔵菩薩の真言(マントラ)を唱える。

 領域が隔離されたのが感覚でわかる。肌に触れる気配が違う。今まで聞こえていた車が行き交う音やカラスの啼く声が完全に閉め出されている。

 そこだけが世界からすっぱりと切り離れた。結界が広がっていた。

 地蔵菩薩の照らす光が、穏やかな暖かさとなって空間を満たすようだ。

「風霧、雲風」

 蒼雲の眼が、爛々と青く輝いている。両肩の化け猫の体がどんどん大きくなる。体から溢れ出してくる霊気が青白い風を吹き上げて蒼雲の髪を揺らす。二匹は音もなく地面に降りる。彼らの長毛の被毛も、湧き上がってくる霊気に揺らめいている。二股に分かれた尻尾が、フサフサとゆっくり振られている。

しばらくぶりに続きをアップ。

早く学園生活に戻りたいけど、まだ当分無理そう(笑)

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