SICSの若手
四人が玄関にたどり着いた絶妙なタイミングで、2台の車が並ぶようにして敷地内に入って来た。助手席に座っていた人が先に降りて、すぐに運転手も降りて来る。蒼雲達に向かって敬礼する。SICSは、1台当たり二人、すなわち合計四人の人材を、高校生の彼らのために割いてくれていた。橘と脇坂という先輩後輩コンビと、森川と佐々木という同級生コンビだ。敬礼したまま名乗る。四人ともSICSの呪術師だ。
「監視ですか?」
挨拶を交わすと、蒼雲がすぐにその話題に切り込んだ。
「相変わらず容赦ないね、蒼雲」
蒼雲の肩で、雲風が「ふふん」と鼻を鳴らす。彼の長いヒゲが全て前方に向けられている。
「監視って…」
四人の刑事の中で一番年長だと思われる橘が苦笑いを浮かべる。
「あなた方を監視する意味などありますか?」
「自分たちは、学院…というより、天御柱から実力試験を課されているんだと思いますが」
「我々がその監視だと?」
「えぇ」
言葉は丁寧だが、容赦ない切り込み。こういう時、蒼雲の立ち居振る舞いはやはり、15歳には見えない。天御柱の術者として既に数年のキャリアがある彼は、その分いろいろな経験を積んで来たのだろう。
「残念ながらそれは違います。もし監視のためであるならば、もっと優秀な術者が選ばれるはずですよ。そもそも、蒼雲様の方が自分たちより実力は上なのですから」
「そうでなければ、この時期に、貴重な人材を四人も割いてくる理由がわかりません。少なくとも、四人とも術者である必要はない」
「参りましたなぁ…」
橘が困ったように頭をかく。
「ほら、言ったろう? 蒼雲君には、いぶかしがられるって」
玄関から、別の声が外に出て来た。御鏡俊樹だ。
「御鏡副長官」
四人が弾かれたようにパッと敬礼する。
「きみが警戒するのはよく分かるけど、まぁ、僕たちもSICSもきみたちの敵じゃないんだからさ。周囲に警戒しろっていう警告を、別行動する裕樹に教えてくれたのには感謝するけど、彼らに対してそこまで緊張しなくていいよ。もちろん、きみ達は土御門典膳に狙われている可能性が高いわけだから、いざという時のためにってことで術者を揃えてるってのもあるんだけど、彼らが二人体制で来たのは、監視とはまったく逆の意味だよ。もう散々調べ尽くした事件現場から、きみたちがどんな情報を拾うか見てみたいってね。勉強したいってことだよ。特にきみの動向から」
途中で名前が出て来た裕樹は、呆然として二人のやり取りを眺めている。すっかり取り残されている。油断していたわけではないが、改めて、気持ちを引き締める。
「買いかぶり過ぎです」
蒼雲の声のトーンには少しも変化がない。
「無駄だよ俊樹。蒼雲は、ツンデレだから」
「それ関係ないだろ」
蒼雲の叱責を「ふふふん」と鼻で笑いながら、右肩で風霧が二本の尻尾を振っている。
「それでも、12歳で天御柱の術者に任ぜられたって評判はね、伊達じゃないわけよ。実際に、もう実績も上げているわけだしね。しかも、あの蒼龍の息子な訳だし」
「父上の実力と重ねて判断されるのは納得いきません。俺はそんなに、」
「まぁまぁ、そうぼやくな。身内にも心を許さないって言うのは教育の賜物かもしれないけどさ。褒められたら素直に受け取るくらいの可愛らしさがあってもいいんじゃないの?」
俊樹が、ポンと蒼雲の肩に手をかける。
「監視っていう意味なら、医療刑務所で合流することになっている蒼龍の方は、間違いなくきみの監視だと思うけどね」
蒼雲が大きく溜め息をついたのがわかる。
「ま、行っておいで。裕樹も、雅哉君も梓乃ちゃんも、しっかり仕事しておいでよ」
「はい」
蒼雲と雅哉が橘と脇坂の車に、裕樹と梓乃が森川と佐々木の車に乗ることになった。2台の車は猫風家の敷地を出て、違う目的地へ向けて走り出した。
「それで、蒼雲様。距離的には最後の火災現場が近いのですが、時系列で古い方から行った方がいいでしょうか?」
助手席に座った橘が、手元の資料を見ながら後部座席を振り返る。蒼雲達の担当は、2件目と4件目。両者の距離はおよそ10キロだ。
「いいえ。近い方からでいいですよ。それから橘さん。自分のこと、呼び捨てでお願いします。自分たちの方が年下なのですし。それに、自分たちはお二人の部下という設定なのですから、様付けはおかしいです」
「あ、あぁ、それはそうなんですが…。なかなかね」
橘が、困ったように頭をかく。年下は間違いないが、相手は上司の息子達。複雑な立場だ。
「うーん、では妥協案として、君付けにすることでどうでしょうか」
「お二人がそれでいいなら」
「俺はむしろ呼び捨てにして欲しいですが、まぁそれで構いません」
視線を向けられた雅哉も頷く。
「良かった」
「それでもし可能なら、少し周囲を見て歩きたいので、離れたところに止めていただけませんか?」
「それはもちろんOKです」
「ではお願いします」
車は大通りに出て、最初の目的地に向けて順調に進み始めていた。




